Startup Story: Giphy - 2013年創業からFacebookに買収されるまで(後半)
マネタイズに向けて
(前半はこちら)Giphyが2016年中に$127Mを調達したことで、2017年頭時点ではかなり長めの期間の運転資金があったことは想像できます。ただ、会社の方向性としても投資家からの期待値としても、早いタイミングでマネタイズを行う必要があったため、2017年3月にThought CatalogというライフスタイルメディアでChief Revenue OfficerをやっていたAlex MagninをHead of Revenueとして採用します。マネタイズの方向性として「広告」というのは皆の頭の中にあったと思うのですが、それを実際に進めて、顧客を見つけ、売上を上げる、というのがAlex Magninのミッションでした。
AdAgeという広告系のメディアが2019年5月にこのAlexにインタビューをしているのですが、その内容がとても参考になります。実際にGiphyがやったのは、Domino PizzaやGatoradeといったブランドに対して彼らの商品が入ったGIFを作ってあげ(=スポンサー広告)、それを同社のプラットフォームで展開したのです。彼によれば、主に2つの顧客タイプに刺さっており、1つは上記の例やコカコーラの様な消費財メーカー、もう1つは保険会社の様にそのGIFが表す感情(この例ではガッカリするGIF等)にうまく当てはまる業界だそうです。併せて、その広告効果を分析するためのデータインサイト・分析等の周辺のサービスも提供しているとのこと。
また、その当時メッセージングアプリにおいて絵文字やスティッカーの利用が増えてきたため、Giphyは2017年3月にアーティストと組んだスティッカー作成にも自ら乗り出し、同時にimojiというアーティスト向け絵文字作成ツールを提供しているスタートアップも買収します。
領域をGIFから絵文字・スティッカーにも広げ、Head of Revenueも採用し、実際のGiphyの売上はどれぐらいだったのでしょうか?非公開企業なので、もちろん開示データはないのですが、Owlerという企業分析サイトでは年間$5M程度と推測しています。確かに売上が年間$100M等あれば、買収金額は$400Mですむはずがないので、恐らくOwlerが推測する$5M~$10M程度なのではと思います。
次の一手とFacebook
2016年に$127Mを調達、2017年に絵文字・スティッカー分野への進出し、マネタイズは開始したものの、数字としてはまだまだ小さいという状況。トラフィックはというと、2016年10月時点では1億人だったDAUは2017年7月時点で2億人、MAUでは2.5億人でピークを迎えたものの、Fast Companyの記事によれば直近(2020年5月)のMAUは65百万人まで下がっていたようです。
肝心のキャッシュはというと、Giphyの社員数は上のOwlerでは131名、Linkedinの会社のページで見ても180名(但し、これには投資家や外部のコンサルも入る)なので、恐らく150名程度と仮定。一般的にアメリカ都市部のスタートアップでは約$12,000/人/月の運転資金を見るので、150 x $12,000 = $1.8M/月 → $21.6M/年。2016年〜2019年の4年間では$86.4M。ただ、2016年当初から150名いた訳ではなく、徐々に採用を増やしてきたので、当初はそこまでバーン(毎月使うキャッシュの金額)は高くなく、一方で買収を4件程度やっているので、それをどこまでキャッシュで払ったかですが、恐らく2019年末時点では手元のキャッシュ残高は$20~30M、1年以上の運転資金はあったのではないかと思います。
通常、スタートアップは半年程度の猶予を持って資金調達を開始するので、2020年頭にFacebookと話し始めた時にはAxiosの記事が報じている様に、本当に買収が目的ではなく、事業提携の話だったのかもしれません。ただ、推測するに、GiphyとしてはFacebookと更に連携を深めることで(Facebookの発表によれば、既にInstagram単体でGiphy全体のトラフィックの25%を占めており、他のFacebook傘下のプロダクト Facebook messenger、Whatsapp等を全部合わせると50%以上)、トラフィックの低下を最小限に抑える or 反転させつつ、売上の規模を拡大し、今年半ば以降に次の資金調達に向けて動き出す、というのが2019年頭に描いたシナリオだったのではないかと思います。
結果的にはその話が買収に発展し、$400MでFacebookがGiphyを買うことになります。余談ですが、Facebook側の発表によれば、Giphyはそのまま独立で残しつつ、Instagramチームの一員となる様です。
$400Mは高いか低いか?
さて、$400M(約440億円)という価格は高いのでしょうか、安いのでしょうか?絶対金額で見れば決して低い数値ではありません。立場によっても変わるので、買い手・売り手、それぞれの目線で見てみたいと思います。
Facebookはつい先日2020年第一四半期の決算を発表していますが、3ヶ月間の売上は1,770億ドル(約1.9兆円)でMAUは2,600億人でした。雑な計算ですが、MAU一人に対し、四半期で$0.68、年換算で$2.72の売上を上げていることになります。Giphyの直近MAUは6,500万人なので、単純計算では65M x $2.72 = $177Mの価値、ピーク時のMAU 2.5億人では$680M、$400Mから逆算するブレークイーブンMAUは1.5億人。この計算に基づけば、FacebookはGiphyのトラフィックを2倍強(65百万人→1.5億人)まで復活させることができれば買収の採算が取れることになります。
しかし、Giphyのユーザーは既に半分以上はFacebookユーザーなので、これは必ずしもapple-to-appleの比較ではありません。実際にはGiphyのプラットフォームが加わることで将来的にFacebookのAPRU(一人当たり売上)をどれほど伸ばすことができるのか、というのがFacebookが考えるべきことです。
もう一点、Facebookが考えなければいけないのが、仮に他社(例えばSnapchatやTiktok)がGiphyを買収し、FacebookやInstagramでGiphyが使えなくなった場合に起きる影響、特にユーザー離れです。Facebookにとってはユーザーの減少は絶対に避けたく、恐らく今回の買収は多分にディフェンシブな側面、他社に買収されるぐらいであれば自社で買うというメンタリティがあった様に思います。手元現金が$60Bn(約6.6兆円)あるFacebookにとっては$400Mは0.6%に過ぎず、その金額で将来のユーザー離れが未然に防げるのであれば安い買い物と言えるかもしれません。
投資家&従業員の視点で考える
一方で、売り手側としてはどうでしょうか?これも大きく分けて、創業者や従業員が該当する普通株主、バリュエーションが$80M以下で入れている初期の投資家=優先株主A&B、バリュエーションが$$300M~600Mで入れているレイター投資家=優先株主C&D、で大分、変わります。
優先株主は名前の通り、優先されるので買収金額の受取も普通株主よりも優先権があります。恐らくレイター投資家の一部は、買収価格($400M)がバリュエーション($600M)を下回っているので、順当に行けば投資した金額がそのまま戻ってくる程度(通常は倍率 1.0xのLiquidation Preferenceを条件に投資)、要はリターンはほぼゼロで元本回収程度。ただ、トリッキーなのは、レイターステージほど投資家のプロテクションが個別に折り込まれていたりするので(例:倍率 2.0xのLiquidation Preference等)、本当のところは当事者にしか分かりません。
初期の投資家、特にSeries Aで投資をした投資家は恐らく投資時のバリュエーションが$10~20M程度だと思うので、$400M / $15M = 26.7x前後。ただ、実際には大型の追加投資で持分が希薄化していますので、リターンはもう少し少ないと思いますが、それでも十分なリターンです。最初から入っているBetaworksにとっては30xを上回るリターンが出たのではないでしょうか?
そして、恐らく損をしているのは従業員等の普通株主と思います。今回の買収価格も総額は$400Mですが、そのうちの一部は会社幹部のリテンションに回されたり、将来的な事業上のゴール達成(例:2年後に売上$50M)が条件になっているものもあると思うので、$400M全額が株主に分配されることはありません。そして、先に優先株主に支払われ、残ったものを普通株主が受け取るので、実際の$400M x 持分比率で計算された金額よりも少ない金額が支払われていると思います。今回は買収価格が最後のバリュエーションよりも低い金額なので、そのしわ寄せが結局は普通株主に行っているということです。
Implications
ランダムですが、Giphyの軌跡を辿ってきて感じたことをいくつか。
1つ目はGIFのマネタイズは思った以上に難しいという点。まず、GiphyのMAUがこの3年程度で2.5億人から65百万人へと約1/3に減ったのが驚きです。これには恐らく欧米における絵文字・スティッカーの利用頻度が増えた結果、GIFの利用度が下がったものと思います。とは言っても、GIFの利用頻度は絵文字やスティッカー(スタンプ)と比べても大きく遜色ないレベルと思いますが、スティッカーの販売でLINEが(少し古いデータですが)年間約300億円ぐらいの売上を上げているのに比べると、Giphyの売上が10億円程度というのは雲泥の差があります。GIFは映画やテレビの映像を短くカットしたものがベースになっているので、オリジナリティは低く、また著作権の問題もあるので、コンテンツとしての販売も難しい。そうすると、スポンサー広告に頼らざるを得なくなり、マネタイズのオプションがかなり狭まるというが大きいと思います。
2つ目はGiphyというブランドとユーザーの質です。GIFを使うプラットフォームと言っても、半分以上のユーザーがAPI経由でGiphyを使っているので、結局Giphyのサイトやアプリは使わず、その名前すら知らずに使っている人が大半だと思います。MAUが65百万人いながら、実際にGiphyのサイトを使っているダイレクトなユーザーは多分、半分以下な訳です。ユーザーの素性も分からないので、ユーザー情報を活用したマネタイズができず、例えばMAUが65百万人いるBtoCのアプリに比べるとユーザーの質も落ち、ブランド力も低かったため、マネタイズも苦労し、結果的に$400Mでの買収に落ちついてしまった感が否めません。
少し不思議なのは、そこまでAPIに頼っていたのであれば、API単位で課金をすれば良いのに、なぜそうしなかったのでしょうか?実はしていたのかもしれませんが、もし内情をご存知の方がいればぜひ教えてください。
最後に、創業者・投資家にとって、この$400MでのFacebookへの売却というのはベストな結果だったのでしょうか?売り手としては、単純に考えれば目の前に提示された$400Mと、このまま独立で行った場合の生存可能性&将来的なExitの大きさとそれが起きる確率(の現在価値)、を比較して決めることになります。もし、売上が今後、飛躍的に伸びるであろう目処が確度高く立っていれば、将来的な生存可能性も高く、Exitも大きくなると容易に想像が付くので、投資家や経営陣がここをどう見ていたかが鍵だと思います。
悲観的に見れば2017年頭からHead of Revenueを採用し、3年間取り組んできて、売上の規模感がまだ$10M程度というのは良いサインではありません(特にバリュエーションが$600Mの会社としては)。一方で楽観的に考えれば、担当者を変え、戦略を変えれば、売上が拡大できる、と考えることもできますが、少なくともその様な成功の兆しや方向性が見えている必要があります。最終的には経営陣も投資家も、このマネタイズを拡大する、ということに確信が持てず、目の前の$400Mを取ってしまったということなのかと思います。
今回はStartup StoryとしてGiphyを取り上げました。7年間の奇跡を見ても良い時もあり悪い時もあるのが分かると思います。このように、1つ1つの会社には創業ストーリーがあり、背景があり、ドラマがあります。結果だけ見ると「Giphy、$400MでFacebookに買収」という見出しは成功の証にしか見えませんが、裏では創業者、後から入った経営陣、立場が違う投資家、と様々な関係者が絡んで1つのユニークなストーリーがあります。Startup Storyは、外部からの視点ではありますが、過去の記事や発表資料を遡ることで、その1つ1つのストーリーをできるだけ詳細に紐解いて行きたいと思います。
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