『六甲縦走殺人事件』 第二章~須磨からナイトトレイルの始まり~
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『六甲縦走殺人事件』 プロローグ、第一章
・須磨浦のナイトトレイルの始まり
【午後21時01分】
「ここの公園って素晴らしいですね」
とスタートしてすぐ、ルカク・ルーカスが鉄平に話しかけた。
「そうなんですよ、ここは海と山が神戸の中でも最も近く、その間にある自然豊かな公園で、ここから山に向かって色んな施設があって昼間も子どもから大人まで楽しめるところなんです」
「私も子どもの小さい頃は、ここの駅横にあるロープウェイで上に登って、カーレーターとリフトに乗って広場で遊んだわ」
「里保さんも須磨が詳しいんですね」
「もともと神戸の須磨に住んでたからね」
「この階段を登っていくとロープウェイの上の駅とカーレーターの乗り場がありますよ」
「はい!そこまで頑張ります!」
ルーカスが気合に乗って言うと里保が、
「頑張りますって、まだそこ序盤も序盤よ、この階段はキツいけどね」
鉄平たちは最初の「近道」と書いている階段を一段一段無理せず登りながら、まずはみんなで一緒に行けるとこまで行く予定だ。谷山亮は「近道」の階段を行かずに、一人で走ってスロープの方へ走り出していた。
奥には清盛塚があり、須磨の桜の名所でもある。ちょうど山陽電車の姫路行きの直通特急が海側を通過し、そのスピードに負けじと坂道を谷山は必至で全力ダッシュする。右に曲がり階段の近道との合流地点が見えさらに飛ばす!
先頭にいるランナーたちが見え、そこにはまだ鉄平たちはまだだったが。
【午後21時03分】
「ゼェハァぜぇ~はぁ~」
谷山は息切れして手に膝をつき、バディの里保を待つとすぐに、ルーカスの声が聞こえてきた。
「大きな通りが見えてきましたね。ライトが無いと周りがあまり見えないくらい、この公園は暗いですね」
「そうですね。この公園は明かりが少ないですが、その分、今日は月明かりの海の明るさがキレイに映えますよ」
「本当だ~綺麗ですね~」
「鉄平さん!」
谷山が鉄平たちに必死の形相をして息を切らし待っていた。里保は怪訝そうな顔をして、
「あんた何やってんのよ?」
「何って、どっちが本当に速いか試してたんですよ。ほぼ同じくらいでしたね(笑)」
「いや、その疲労度とゼェハァは、そっちの方がハードモードでしょ(笑)」
「そおっすか?」と谷山は笑う。
「いやだって、確実に無駄な糖質消費してるじゃないですか。無駄に心拍上がって、まだこれから先も長いのに」
「そうよ、あなた私とのバディだってこと忘れてるの?」
「あ!そうでした~」
「谷さん僕とのゲイの時も最初から飛ばしていましたよね(笑)」
「だって行ける時に行っちゃわないと~」
「その考えがダメだって、前回反省したでしょ」
「そうでしたね~あの時は迷惑かけました!」
「とりあえず、まだこの階段も長いからゆっくり行くわよ」
「はい!ついて行きます!」
【午後21時05分】
鉄平たちは六甲縦走路の案内のある石碑からの階段をゆっくりと登りだした。
「ここから先はどれくらい階段が続くんですか?」とルーカスが鉄平に聞く。
「えっと、須磨からスタートですと、前半は本当に階段ばかりなんですよ。まずここの須磨の階段が、この先の鉢伏山の手前まで続きます。」
「その後も階段は多いのですか?」
「そうなんです。その先は高倉台の有名な400階段に、馬の背までの階段と菊水山の黒階段が有名です」
「そんなに階段が続くんですね~」
「だから、須磨からの場合はしんどくて、前半は抑えなければならないのよ」
里保が補足するとルーカスが鉄平にアドバイスを求める。せっかくこの仲間と出会えたのだから、ここは頼りにしたいとと積極性が表に出る。
「階段をしんどくない登り方とかってあるんですか?」
「まずは、トレイルランナーによくありがちなパワーウォークで行かないことですね。階段に置いた前足を踏んで力を入れるんじゃなくて、置くだけで姿勢は前かがみではなく起こして、後ろの足を上げることに意識するんです」
「なるほど~こうすると力が入らず筋肉を無駄に使わないから楽に登れるんですね」
とルーカスは自分で試しながら納得する。
「ハイカーさんにパワーウォークをしてる人いないでしょ」と里保も付け加える。
「いや~僕はいっつも鉄平さんの言うこと忘れてパワーで行っちゃいます」
「だから筋力使うと酸素が必要になって、ゼイハァするし、糖質エネルギーを無駄に使ってしまうんです」
「なるほど、だから脂質エネルギーを使いながら行くって言うんですね」
とルーカスが理解して答える。
続けて鉄平が登りの説明を加える。
「階段がしんどいのは自分の体重分を力で上に持ち上げようとするからですよ。こうやって力を使わず淡々と登れば実は階段は楽なんです」
【午後21時9分】
そうして話しながら、夜の須磨浦から続く木々に囲まれた暗い階段を登って行く。ここの階段はギザギザと折れながらも結構急な階段が続き、途中に展望台のちょっとした広場に出たところで少し立ち止まった。
「素晴らしい景色ね」
「何回もここに来ましたけど、須磨の海はキレイですよね~」
ここでは他のキャノンボーラーのグループもいて盛り上がっていた。いきなりスタートからの階段がキツくて長く、1つ目の頂上である鉢伏山前までに一息つきたいから、ここで一休みする人も多い。
「ここまで来たら何分の一、来たかな?」
そこにいた若い女性が冗談半分で聞くと、一緒にいた男性が真面目に答えた。
「ぇ?なんの何分の一?」
「宝塚までだよ」
比較的軽装の普段着スタイルで来ていた女性が重装備の登山スタイルの男性に真面目に返す。
「そんな、何分の一ってレベルじゃないよ」
その展望台の横で会話してた2人に鉄平が割り込んで、「次の旗振り山までここは、半分くらい来ましたかね~」
「ぇ?まだここで半分なの?長いな~」
「ええ、六甲縦走はそんなことの繰り返しですよ、いつの間にかそんなことを繰り返してたら宝塚です(笑)」
鉄平が答えると里保が、
「パワーはまだ先は長いわよ」
「そうですよね~のんびり行きましょうか」
と谷山も同意した。
【午後21時12分】
最初の階段は全部、走らずに歩いて、ようやくロープウェイの鉢伏山頂上駅に来た。このロープウェイは昔から神戸の住民や観光客に親しまれ、1957年に開業し、今も人気となっている。
「来ましたね~ルーカスさん、ここからの景色も絶景ですよ。一気に階段を登った感があります」
「本当ですね、鉄平さん!あっという間にこんなとこまで登ったんですね。ここから見える須磨の海も綺麗です。ところで、この横のは何ですか?」
「この乗り物はカーレーターって言うんですよ。昭和レトロな乗り物で今ではもうなかなかない珍しい感じですよ」
「僕、何回も須磨に来てるけど乗ったことないっす!これどこ行くんですか?」
「山さん、実は僕も(笑) これは鉢伏山の山頂広場に行くんですよ」
「そう言えば、私も乗ったことないし、鉢伏山の山頂に行ったこともなかったわ」
「確かに里保さん、キャノンボールではショートカットして、この階段の先はトレイルで行きますからね。ここを左に行くと鉢伏山山頂です。ほら看板にもあるでしょ」
「こんばんは!」
階段の上には小田麻友が心配そうな顔をして待っていた。
「あら、おだまゆちゃん。元気?みんな心配してたわ」
「はい、何とか。でも、いつ何があるか分からないんで一人では不安で…」
「じゃぁ、行けるとこまで一緒に行きましょ~この先、夜に女の人ひとりじゃ危険なんで、みんなで」
「ありがとう、山さん」
「ここからはゆっくり走りましょ~」
鉄平たちは分岐から明かりのない真っ暗なトレイルをヘッドライトを照らしながらゆっくりと走り出した。鉢伏山の山頂には行かず、横に繋がっている未舗装路のトレイルを行くと坂を登らないで比較的楽な道を行ける。
【午後21時15分】
そうして鉄平たちはスタートから一体となって列に連なりながら、最後の旗振り山までの階段にやってきた。
「もうすぐ、これを登ったら最初の山頂ですよ~」
「おお~見えてきました~ちょっとした広場みたいなところになってますね。なんかお店みたいなところもあります」
「ルーカスさん、あれは旗振茶屋と言って、六甲縦走路には色んな茶屋が途中の道にあるんです」
「ここで店おが空いてるときはビール飲んでる人もいますよ。僕、ももう飲みたいです」
と鉄平が笑いながら答えた。
「山さん、いいですね、山頂でビールとは優越感あって」
とルーカスがうらやましそうに言うと、小田が山頂広場について柔軟をしながら周りを見渡しながら説明した。
「ここって、須磨側の海岸と淡路島側の明石海峡大橋も見えて絶景のスポットですよね」
「そうよ、おだまゆちゃん。太陽がある時間に登るんじゃあなくて、暗くなった夜だからこそ、夜景も見えて最高よね」
里保は須磨のナイトトレイルには何度か来たことあるので、この光景は良く知っていた。
「サイコーっす!こんなとこが日本にもあるんですね!来て本当に良かったです」
初めて来たルーカスはスマホを取り出し、360度周りながらいろんな角度から写真を何枚も撮りだした。
旗振山の山頂は標高252mの小高い山で、江戸時代に、大坂の堂島米会所の相場をこの山頂が見渡せる西国に知らせるため、旗振り通信の中継地として、その名前が付いたと言われている。茶屋の側には、モチノキがあり、「小金に恵まれる(コガネモチになれる)という言い伝えのある縁起の良い木」がある。
・須磨トレイルから住宅地への下り
【午後21時17分】
後ろの夜景に後ろ髪を引かれつつ、前には明かりのない暗闇の森の中に続くトレイルの入り口があり、鉄平たちはゆっくり足を踏み出し、前へ進み始めた。
「そろそろ行きましょ~か。これから少し下りになりますのでライトを足元にちゃんと照らして慎重に進みますね」
「はい!分かりました!今日もできるだけ鉄平さんに付いて行きます!」
「あなた、いつもそう言って途中で、はぐれちゃうんでしょ?」
「何とか摩耶山までは!」
「摩耶山ってあとどれくらいですか?」
「ルーカスさん、摩耶山までまだありますが、その登り口の市ケ原で、六甲縦走のちょうど半分くらいですよ」
「なるほど、鉄平さん。1つ1つ地点とおよその距離を覚えて行けば、全体が見えて来るんですね」
「人生と同じっすね~」
「あなた何も先が見えてないじゃない」
「そおっすか~、里保さん。僕だってちゃんと考えてますよ!」
「里保さんと谷山さんって仲良いですね」
「小田さん!そおっすね~僕ら一緒に暮らしていますんで、もうすぐ家っす!」
「ぇ、家に帰るんですか?」
「まさか(笑) 家のすぐ前を通るんです。この先の坂を下りて歩道橋を渡ったら二人で住んでる家があるんです」
【午後21時20分】
鉄平を先頭に、暗く細いトレイルなので1列になって軽いジョギングのスピードで暗闇の中、ライトを照らすと木が生い茂る中を進んでいく。木の丸太で支えられた土の階段の下りが続く。鉄平のリュックに付けた熊鈴が「シャンシャンシャン」と小刻みにリズム良く奏でながら、暗い闇にどこまで見響き渡るように。
付いて行く後陣は鉄平のライトが照らす先とと、その鈴の音のリズムを聞きながら頼りに連なって足並みを揃えて行く。
「正面に見えるのが鉄拐山の登り口ですが、キャノンボールでは何故かここを迂回します。なので左の緩やかなトレイルを進みますね~」
「そうなんですね、正式な六甲縦走路は登るんですか?」
「そうよ、ここは階段が登りも下りもキツいの。それを避けて迂回する。いわゆるショートカットね」
「なるほど里保さん、『迷ったらキツイ方!』って格言もありますが、なるべく楽な道で楽しめるのも魅力ですね」
【午後21時25分】
ライトを照らす前方が少し開け、これまで多かった木々が少なくなり、やや見下ろすようなゆるやかな階段が現れた。そこを淡々と下って行くと鉄平が後ろに声を掛けた。
「ここは通常の六甲縦走路では、このまま真っ直ぐ行って、おらが茶屋の休憩所を過ぎて階段を下るのですが」
「知ってます!ここを左に行ってスロープを下るんですね」
「前回一緒に、ここは行きましたね、山さん」
「こっちを下った方が良いんですか?」
「はい、ルーカスさん。真っ直ぐ行くと少し登るのと、その先の階段がクネクネでスピードも落ちるので、このスロープの下りを淡々と走った方が、少し遠回りですが、こっちの方が速いし楽なんです」
「なるほど、急がば回れですね」
鉄平はルーカスの言うことに、面白く感じた。
「ルーカスさん、色んな日本語知ってますね(笑) 将棋でも一気に攻めるよりも、守りを固めて筋道を作りながら攻めていくのが定石ですしね」
「はい!将棋も知ってます!王手をかけて行く過程が好きで、詰め将棋とかよくします」
谷山が間に割って、言った。
「へぇ~日本が大好きなんですね」
さっきまでの土の地面からコンクリートのスロープに変わり、シューズの足音を立てながら静寂とした道を駆け下りて行く。左手には街の明かりも時より見えている。高倉台の街並みだ。
「急なロードの下りでは、足を前に出してブレーキを掛けながら行くのではなくて、なるべくブレーキが掛かる前に足をすぐ上げて小股で行った方が負荷が少ないですよ」
「なるほど、こうすると楽ですね。下りでも足を下すんではなく、逆に上げるんですね」
ルーカスは身体で体験してすぐに習得する。
【午後21時28分】
スロープを下り切り、右を見ると急な階段が見え、通常ルートでおらが茶屋から降りて来る合流地点となっていた。左に曲がり歩道橋を渡ると、高倉台の住宅地に来た。
さっきまでの森の中とは景色が一気に変わり、薄暗い中でも立派に白く佇む団地が立ち並んでいる。
「ここの5階が今、私たちが住んでいる家よ」
里保がそう言うとルーカスが羨ましそうに、
「へぇ~良いとこですね、六甲縦走行まくりじゃないですか(笑)」
「トレランする人はね、みんなそういうのよ。でも、駅や街から少し離れているから、神戸市街地に出るのは少しめんどくさいのよね」
団地通りを抜けていると、さすがに住人はもうほとんで見かけなかった。その先のさくら橋を越えて、少し小さな商店街のような広場に来た。もう夜の22時前にもなるが、ここには何人かの人がいたりして、走る人を応援している人もいる。
「この辺に住んでいる住人さんたちは、我々たちのようなランナーをいつもどう思っているんでしょうかね~」
と、ルーカスが疑問に思う。
「それは、僕らランナー側からも、感じるところですね。初めて夜を走る人を見た人はビックリするでしょうね。ちょっとここで一休みして自販機で飲み物でも買っていきましょう」
鉄平の声にみんなが同意し、ここを寄らずに通り過ぎていくランナーを横目に自販機の前に集まる。
「これから眠くなってくるからやっぱりブラックコーヒーでしょ!」
「私はコーヒーダメなんでお茶にするわ。おだまゆちゃんは?」
「私、いつもあんまり飲まないので、今はまだ大丈夫です。」
「え~走る時は水分取らないとダメっすよ」
鉄平が心配そうにアドバイスすると、里保が小田のザックに目が付き聞いてみた。
「でも、ザックにパンパンなほどいっぱい入ってるわね。水分じゃなくて何があるの?」
「ぇ、これは・・・お菓子いっぱいと、今日は寒いけど、明日の折り返しで着替えるためのチャイナドレスです」
「そんなに入れてるんですね~僕なんていつもノースリですよ!着替えも無し!」
谷山は自慢げに言う。
「あんた、よくそんなんで山走れるわね。ライトもスタートで無くしたし、危機管理なさすぎだわ」
里保があきれた様子になり、鉄平も続けた。
「まぁまぁ、そんなこともあるかと思って、僕はいつも水分もライトも治療系グッズに、ハチはこの時期でないかもしれないですけど、念のためエピペンまで持ってるんですよ」
「まぁ、それくらい準備して充分なほどね。私も同じく持ってるわ」
「もう何か忘れ物がないか考えながら、行きましょうか。いよいよ400階段から馬の背ですよ」
「そうなんですね。ここからがキツいんですよね。まだ余裕ですがこれからが不安です」
「ルーカスさん、今まではウォーミングアップです」
・栂尾産の400階段から馬の背へ
【午後21時32分】
商店街の自販機前から順に出発し、郵便局を通り過ぎて、また橋を渡って行く。渡っている橋の上から左前方の山合いに点々と光る、しかもゆっくりと上に登って行く明かりが見える。連なって動いているのでとても綺麗な光景だ。あれが六甲縦走の前半部分、須磨地区で有名な『400階段』である。その明かりを見ながら少し緩やかな登りの歩道を過ぎて、また歩道橋を渡る。今度は一番大きな歩道橋で、須磨多聞線を越えてこれが最後だ。
「いよいよ400階段ですね~」
「この細い道を真っ直ぐ言ったらもうすぐよ」
「400階段って凄いんですか?」
「ルーカスさん、見上げるほどの、先も上も頂上が見えないほどの階段が続きます」
【午後21時35分】
左側には先ほど歩道橋で渡った大きな道路が見え、その先には色んな店舗の明かりで神々しく、少し高台にあるこの通路からは広く見渡せる。 しかし、右を見上げると、先ほどの下から見ていた点々としたライトの繋がりが次第に近づいてきた。
階段に差し掛かると鉄平を先頭に後ろに連なって、ゆっくり一歩一歩登って行く。上にはまた、何個もの明かりが灯って共に上に動いて行く。
「ここの階段は右手でシッカリこの手すりを持ちましょう。これで体重を支え、できるだけ脚の力を使わず、ひざの曲げ伸ばしを使わず淡々と上へ一歩ずつ登って行きます」
「上が全然見えないですね」
ルーカスが初めてと言うことで、スタートから次第に鉄平のすぐ後ろに付いて、教えてもらいながら進んでいくようになった。
途中でルーカスが後ろを振り返ると、
「ワオ!ワンタフォー!美しい!」
階段の上段から振り返った、須磨の景色は圧巻だった。これまで登って降りた須磨の旗振り山から、おらが茶屋の山が見え、右に淡路島と明石海峡大橋、そしてその間に先ほどの高倉台の街並みを挟んで見える。
「とっさの時の驚きは英語になるのね」
里保は少し微笑んだ。
「はい、でもこの階段はハードですね。どこまで続くんですか?」
ルーカスが聞くと
「確か、400階段とは言われていますが、正式には342段ですよ。この階段の一番上に看板があります」
鉄平は何度もこの階段を登ってきたので、もう息も上がらず一緒に行く人たちの適度なペースで先導しながら、説明しながらゆっくりと歩足を合わせて登って行く。
【午後21時40分】
いよいよ最後の階段を登って行き、木が生い茂る中に入って行くと、最後の段の右手に看板があった。
「本当ですね、ここに342段と書いてあります」
「そう考えると意外とないのよね。毎回登っているとあっという間だわ」
「でもここから、馬の背まで結構また登りありすよ」
そう言って鉄平たちは、濃い緑深い森の中で、根っ子が無数に張りめぐらされたトレイルを登って行く。
さっきまで街中にいたのに、一旦山に入ると、まるで街中から遠く離れた森の中にいる。この感覚が六甲縦走路の醍醐味だ。神戸の街並みと山が近い証拠となっている。
ここからは、六甲縦走の西側では有名な須磨アルプスと言われ、花崗岩のゴツゴツした岩肌の登山道が続く。ナイトトレランとなると暗くて地面が滑るので速く走れず、ゆっくりみんなで歩くように走る感じで進んで行った。
【午後21時55分】
「もうすぐ見えてきますよ! 馬の背が!」
「初めて何でワクワクします。しかも夜に、こんなくらい中で見えますかね?」
ルーカスは少し不安になった
「確かに暗いと全貌は見えないけど、ある意味では特別な雰囲気で馬の背の良さを感じられると思うわ」
里保が馬の背の欲の魅力を伝え、その近づく道中は、岩肌が激しくガレた地面が多くなり段々と近づいてくる雰囲気が分かり異世界に入って行く様子が自然と感じる。
最後の岩場の段差を下りると、目の前には遮るものがなくなり、一気に視界が広がった。しかし、周りに明かりがないため、目の前は暗闇の中にいる感覚のままだ。しかし、ライトを照らすと地面は岩肌が多くなり、馬の背に来たことがここを知っているものには分かる。
「さあいよいよこの階段を下りれば馬の背の景色が広がりますよ~」
「まだ何も見えないけど、先にランナーたちの明かりが点々としているのが移動していて良く分かりますね」
ルーカスが答え、鉄平を先頭に階段を下りて行くと、向こう岸の周りは真っ暗なのに、そこだけ明るさが浮かぶような向かいにある岩山を登るランナーたちのヘッドライトの明かりが点々として、とても神々しく綺麗な世界が広がっている。
「ここは右に注意して渡ってくださいね」
「なかなか危険な場所ですね」
ルーカスがそう言うと里保が親切に答えた。
「ナイトだと明かりだけが頼りだから、速く行けないので焦らずゆっくりで良いわよ」
岩山を足元に注意しながら鉄平たちは列をなしてゆっくりと歩いて進んで行く。 目の前に先ほど見えていた岩山がまたすぐ近くに見え始め、それを登り始めるが、足の置き場があまりなくロッククライミングのように登って行く。
「ここは手も使ってちゃんと手か足のどれか3点を確実について重心を支えながら登りましょう」
「こういうのも山の楽しみですね。普通の山ではなかなかない経験です」
ルーカスは楽しそうに岩登りをして上に進んで行く。
【午後21時59分】
いよいよ最後の岩山を越え、目の前に岩がなくなり視界が一気に広がった。少し遠くには街の明かりが見え、ここが高い位置にあることが実感できた。登り切ったと同時に北強い風が吹いた。少し気温も低く今日は昨日の前線通過の雨が過ぎた後の西高東低の気圧配置で、冷たい空気の北風が強い冬型の気候となっていた。
「さっきまで森の中にいたのに、一気に視界が360度広がりましたね!」
ルーカスが元気に、はしゃいだ。
「何回来てもここは良いですね~鉄平さん」
「山さん、この前に馬の背に来た時は逆から来たので景色の移り変わりがまた違って良いですね」
「確かにさっき登った横尾山から降りて来て見下ろす馬の背と、東山側から見上げる馬の背はまた違ってステキよね」
里保は前回の秋のナイト縦走を思い出しながら思った。
鉄平がヘッドライトで前にある木の立て標識を照らすと「馬の背」の文字が浮かび上がった。暗い中でこそ、この存在感がより際立つ。
「せっかくだから、思い出にこの馬の背の看板で集合写真、撮りましょうよ~」
谷山が提案してカメラを持って、鉄平たちも一緒にワイワイと馬の背の柱の前に集まり、それぞれ思い思いのポーズを決めた。
「で、誰が撮るの?」
里保が横にカメラを持ってポーズをしている谷山に睨むように聞いた。
「ぁ、考えてませんでした~」
「バカなの、あんたがカメラ持ってたら、せっかくのあなたが入らないじゃない」
「真っ暗だと自撮りは難しいですね~」
「里保さん、意外と優しいですね。そうですね、あの人に撮ってもらいましょう」
そう鉄平が言って、谷山は先ほど登ってきた岩山から上がってきた2人の女性に声を掛けた。
「すいませ~ん、もし良かったら、ここで僕たちの集合写真を撮ってもらえませんか~ええっと、僕入れて5人です。お願いします!」
「はい、イイですよ、撮ったら私たちもお願いします」
「はい~」と答えて、谷山も馬の背の輪に入った。
「ありがとうございます~、次はお2人を撮りますね。はい、スマホ交換で」
「お願いします、馬の背の看板をライトで照らしてください」
「あ~、僕手持ちライトしかないから、鉄平さんライトをお願いします!」
谷山が2人に渡してもらったスマホのカメラで構え、鉄平が馬の背の看板と両側の2人の女性が映えるように、ヘッドライトで上手く写る角度と範囲を合わせてライトを照らす。
「ありがとうございます~皆さん往復ですか?私たちはナイトスピードなんですよ」
「はい!僕たちは、」
と、谷山が言いかけたところで、里保が制止し、説明を加えた」
「私たち男女2人で往復のバディの部なのよ。
こちらの鉄平さんは一人で往復のパワー、そしてこの外国人のルーカスが初めてのナイトスピードよ。あなたたちは、夜の片道のナイトスピードは初めて?」
「はい、前回スピードを完走したので、次はナイトスピードかなと」
「で、その次はパワーってわけね」
「いや~パワーなんて考えられないですよ、ここまで来るだけでも大変だったのに」
「それじゃあ、宝塚までまずは今日頑張ってね」
里保は2人に手を振って、その手で谷山の肩をトンと叩き、
「行くわよ!」
「はい、行きましょ~」
【午後22時3分】
今度は里保が先頭で馬の背の奥へ歩いていく。鉄平が後ろから声を掛ける。
「そこ暗くて狭いので、両端気を付けてくださいね!ルーカスさんも僕の後ろを、気を付けてゆっくり来てください」
4人は開けた馬の背の岩場を抜け、再び暗い森のトレイルの中へ入った。この先はロードの長い区間に、鵯越駅を越えて菊水山と鍋蓋山の2つの難関のアップダウンがある。鉄平たちはまだ前半の序盤、ここからそれぞれに巻き起こるかもしれない暗闇での出来事をまだ知る由もなかったが、それぞれの思惑があり、ルーカスは何か不思議なものをこの前半で感じていた。
↓第三章はこちらから
第三章~西縦走路後半の山場で市ケ原へ~https://note.com/teppeijuku/n/n9827f021a43d
現在、執筆で1章ごと書きあげたらブログでアップしていきます。
最後の結末章は2024年春のキャノンボールの日までに公開。
これを読んでもらって反響があれば、出版を予定しています。
どこか良い出版社があればご紹介ください!
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