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なぜ「試行錯誤」なのか?(勉強会2019より)

実は「学ぶ」機会が少ないバレーボールコーチ

 バレーボールの勉強会を企画、実施しました。各地から立場やキャリアの違う熱心な方々がディスカッションをしながら進める会となりました。
 題して、
  明日からの練習がワクワクになるバレーボール勉強会
  育成現場指導における「イノベーション&アップデート」

午前は、座学の参加者全員によるディスカッション
午後は、オンコートレクチャー

内容は、大変多岐な話題に及び、情報が多すぎてまとめきれないのですが、これからのバレーボール界特に育成現場のコーチングの発展のために有益だった情報をまとめておこうと思います。

なぜバレーボールで「試行錯誤」が言われるのか?

 日本のバレーボールでは、小学生という年代の早い段階から、熾烈な競争と勝利至上主義の風潮がある中で、コーチ(指導者)は、コーチングではなく、ティーチングさらには、インストラクティングやオーダリングとも言える強制的な指示命令で選手が動かされていることが多かったわけです。
 なぜかというと、それぞれのカテゴリ内の競争は、2~3年スパンの中で結果を出さねばならず、その実情は学年の代替わりがある以上、単年度つまり1年限りの育成の取組しかなされていないことが多いわけです。そのような短いスパンで、「バレーボール」というゲームを成立させ、他に勝ることを追求する時、それは何よりも、勝利最短主義ともいえる効率化を求める傾向が強いわけです。 
 バレーボール界の競技としての衰退の一番大きな課題は、競技人口の減少、チーム数の減少です。それは、少子化というありきたりな看板で済まされるものではなく、まさに日本のバレーボールの育成現場で追求してきた、勝利最短主義による、遅咲き選手の芽を摘む選手をふるい落としてしまう、育成期間の薄さにあるわけです。

 早期のポジション固定による分業化、限定的な動きやフォームの画一的な型はめ、バーンアウトも辞さない過度な追い込みある練習量の追求、対応力なきワンパターンな戦術の完成・・・。これらは、そういう背景で生まれてきたものです。その結果、選手はまるでロボットのような指示待ち状態になってしまったのです。自ら考え、複雑な状況を判断し決定し、あらゆる展開に対応して打開しようとするような力が育っていない。これは、海外の選手と比較されるフィジカルの差よりも致命的な問題なのです。

 ですから、近年「試行錯誤」というものが言われてきているわけです。
 誰でも乗れる自転車は、何度も転びながら自らが乗り方を獲得したように、そもそも運動というものは、誰からの指図や操縦によって習得するものではなくて、やっている本人自らが習得していくものである。つまりは「試行錯誤」による習得は、本人の思考判断や創意工夫というものを生かしながらなされるものです。
 選手自身による「試行錯誤」による習得やスキルアップの考え方は、勝利最短主義で起こってきた様々な弊害に対しての警鐘であると言えると思います。

あるべき「試行錯誤」と不毛な「試行錯誤」

 「試行錯誤」をさせようとすると、ともすると放任に近い、ただやらせっ放しの状態になってしまう場面や、やっているようで実はオートパイロット化した思考停止状態になっている事例を多く見受けます。それは不毛な試行錯誤であると言えると思います。そのような状況にしない、あるべき「試行錯誤」に導くためには、
 ・選手のモチベーション
 ・適切なコーチング
 ・時間と思考の確保
 ・自己評価と自己分析
 ・情報や知識への理解
こういった事柄への留意なしでは、あるべき試行錯誤にはならないと思います。

【モチベーションを高める】
 エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)が提唱した「自己決定理論」(Self-Determination Theory:SDT)によると、モチベーションを高める内発的動機づけには、上達(有能性)、主体的に(自律性)、一緒に(関係性)3つの人間のもつ基本的な欲求が影響しています。

・有能性(competence)の欲求
 自分はできる!という自信からステップアップしよう心。環境に自ら働きかけて、それが確認できると意欲が高まる。

・自律性(self-determination)の欲求
 自律性あるいは自己決定能力は、自分の意思で自由に選択することを指す。

・関係性(relatedness)の欲求
 誰かと結びついていたいという人間の傾向。関係性の欲求を単独で満たしても、意欲は高まらず、関係性の欲求は意欲が高い段階では、あまり影響はないようで、同時に自律性の欲求、有能性の欲求を強める必要がある。一方で意欲が低い段階では、関係性が強く関わりがある。

バレーボール指導で足りない動作原理への理解

  人間本来の理にかなった動きを、言葉での伝達や型にハメるようなやり方をしても限界や無理が生じてきます。同じ指導やドリルをやっても、選手によって習得の差があるのも当然のことです。
 逆に、動かし方を意識しない方がいい場合が多いのではないかということも議論されてきています。「インナーゲーム」などでも話題にされています。
 体に試行錯誤させ、体に理にかなったやり方を選んでもらうべきなのではないか?という考え方が試行錯誤にはあります。バレーボール動作の原理・メカニズムを理解し、試行錯誤を導く手順を身につければ、どんな選手でもスキルアップのレールに乗ることができるのではないか?
 これまで多く言われていた「カタチ」や「型」の思考から距離を置き、「動作原理」への理解という視点は、主体的な「試行錯誤」を促すためにも必要なツールだと考えます。

●選手の試行錯誤
 ・目標達成に向かうモチベーションがある
 ・目指す姿をイメージ、視覚化できている
 ・挑戦しているプレーの動作原理を理解している
 ・自分の今に「何が起こっているか?」が理解できる
 ・外からの、試行錯誤を邪魔する介入がない
 ・試行錯誤を促進するフィードバックが得られる
 ・精神的ゆとり、時間的ゆとりが確保・保障されている

 不毛な試行錯誤にせず、あるべき試行錯誤に導くためには、相応の環境整備や働きかけが必要になると思います。
 試行錯誤のプロセスは、短時間でスキルの完成には時間がかかるかもしれませんが、選手自ら変わっていく様子を観察できる意味では、ワクワクできるものであるかもしれません。
 
●ゲームも試行錯誤
 「バレーボールの試合かくあるべき」という思考がコーチ(指導者)は強すぎるのではないでしょうか?
 基本スキルができないとゲームが成り立たない。ゲームは基本ができてからでないとやる意味がない。初心者はまずは基本スキルの反復をやればよい・・・。さらには5-1、または4-2システムによるポジション分業システムを今すぐやらねばならない・・・。それでは、バレーボールのビギナーの門戸を狭めるどころか閉ざしてしまうことになりかねません。
 バレーボールは、ネットを挟んで、ネットを越えたボールの往来で成立するスポーツです。まずは大前提があることで、バレーボールの世界を体感することができるのではないでしょうか?

自分たちの手でゲームを成立させる

 仮に、目指すゲームの理想像や、目標としているプレーの完成が達成できていないからといって、ゲームをやってはいけないということにはなりません。
 選手たちが、自分たちの「今できること」を把握し、それらの情報を吟味して、再構成や再構築を図る。自分たちのできることの最善を尽くして、より良いゲームを目指していく。そのためには、選手たちの中にPDCAサイクルが確保され、それらを議論するコミュニケーションスキルも必要になってきます。
 自分たちの手でゲームを成立させようという営みが試行錯誤そのものだとも言えますね。 

「高校生からのリーダーシップ入門」(ちくまプリマー新書、日向野 幹也 著)

ゲームライクにおける「神の見えざる手」

 一方で、コーチ(指導者)がゲームの成立のためにああだこうだと言ってしまいがちです。大事なことは、選手たち自身の手でゲームを成立させることです。では、コーチ(指導者)は、どのように介入していけばいいのか?
 オーバーパスが飛ぶか飛ばないか、サーブが入るか入らないか、3回以内で返球できるかできないか・・・これらの違いによって、バレーボールのゲームの大前提を崩すとは言えないと思います。
 目の前にいる選手たちが、最大限に思考を働かせ、試行錯誤によって個人も組織としても成長が促進されていく「ゲーム成立のお膳立て」は、選手たちの観察によって、ゲームの条件や設定を、修正、調整していくことでなされるはずです。
 その積み重ねが、ゲームにおけるプレーの難易度を上げたり、ラリー攻防の継続をうながすことにつながるのだと思います。

●コーチ(指導者)も試行錯誤
・目標設定と見通し
 設定する目標や課題が、選手個人やチームにどのような影響を与えるのか。重要なポイントの一つです。また、目標や課題が達成された場合、されなかった場合、何を考えどうアクションを起こすかも重要です。
 目標や課題の設定は、単なる看板を掲げたりアドバルーンを打ち上げるようなものではなく、設定によってどのようなプロセスを歩むことが期待できるか、その「見通し」も重要になってきます。
 目標や課題の設定には、それらをクリアしたり到達することで成果が得られるものと、仮にクリアや到達できなくても、それらを目指す過程によって得られる成長や成果がえられるものとがあると思います。ですから、目標や課題の設定における修正は敗北でも失敗でもないわけです。
 ・まずは、コーチ(指導者)が見通しをもつこと。
 ・次に、選手もその見通しを共有できていること。
 ・さらには、設定した課題や目標が見通し通りにならない場合の修正。
 ・修正に対して、どのようなマインドやモチベーションをつくるか。

 「思い通りになる」というのが、イコール、成功とか指導力ととらえるのではなく、コーチ(指導者)もまた、さまざまな見通しの可能性の中で試行錯誤をしていくものである、という認識が、選手へのアプローチを変えるきっかけになるかもしれません。

・「待つ」、「我慢」にワクワクできる
 なかなかできるようにならない、なかなか勝てるようにならない・・・こう思いついつちイライラし、選手に命令的支持を出してしまう経験がある人は少なくないと思います。
 目に見える結果が出るまで「待てない」、「我慢できない」というのは、どういう原理のもとで、今何が起こっていて、これからどんなことが起こって、それにはどれくらいの時間が必要なのか・・・そういったものが少しでも理解できれば安心できるのだと思います。
 試行錯誤における、観察もまさに、イライラになるのか、ワクワクになるのか・・・それを分けるのは、どのような情報を得ているかが重要になりそうです。

【OODAループ】
・観察(Observe)
 ↓
・情勢への適応(Orient)
 ↓
・意思決定(Decide)
 ↓
・行動(Act)
 ↓
・ループ(Feedforward / Feedback Loop)

 ↓
・・・・
によって、健全な意思決定を実現するというものであり、コーチの思考に資するものだと思います。

 特に「観察」は、このループの出発点として重要であり、何を観察してどう把握するかでその先が変わってしまいます。場合によってはゴールにたどり着けない方向性に迷い込むことだってあるわけです。ですから、試行錯誤における動作原理の理解はその方向づけのためにも重要だと言えます。

●「試行錯誤」と環境
 選手もコーチ(指導者)も、安心して試行錯誤に取り組めるようになるためには、
・ゆとり
・時間
・見通し
・情報や知識
などが必要になってきます。
 そう考えると、小学生から過密な大会スケジュールがあって、常に熾烈な競争の中で結果を目に見えるものにしなければならないとなると、試行錯誤をワクワクして待つということがなかなか難しいのではないでしょうか?
 また、スタッフが一人でチーム全体を管理しなけれなければならないことも普通に行われています。
 大会の在り方持ち方の改革はもちろん、複数の眼で見守ったり、手分けをして少人数での分担にするなど、時間的にも見る眼にしても幅を持たせていく環境づくりも、試行錯誤の実現には必要と思われます。


このような勉強会を通して、貴重な情報シェアやアップデートがなされ、いろんな人とのつながりが持てることは、大変有意義な機会であり、ぜひ全国のみなさんともこういう場を共に出来たらいいなと思います。


(2019年)