今の日本バレーに必要なのは「痛いの痛いの飛んでけー」!?
残念ながら、バレーボール日本男子は、リオデジャネイロ五輪への出場はかないませんでした。悲しいです。特に石川、出来田、柳田あたりの若い選手でありながら、チームの大黒柱として、さらにはそれゆえの重責を背負っての頑張りは、これから絶対無駄にしてはならないですし、彼らの今後の将来性を、いろんな目で育ててやらねばいけないと思います。
さて、今回もまた、「サーブミスで負けた」みたいな言われ方をしていて、誠にがっかりしているという話です。
一部の人が言うのはまだいいとしても、それがテレビで何度も既成事実のように流されたり、試合を観ている大勢の観客がサーブミスに落胆したり・・・それらが、選手にも伝わって、消極的なサーブにつながっているように思えて残念な思いがしています。
「サーブミス」の本数が多いだけで負けることはありません。
仮にサーブミスの本数が減らせたとしても、負けるときは負けます。
特別なことではありませんよね?誰でもわかる普通のことです。
「サーブミスで負けたと思う」 のはなぜでしょうか?
それは、「相手にブレイクされる機会を与えている」からです。
「ブレイク」というのは、ラリーポイント制において、サーブを打つ側が得点をする状態のことを指します。もし、サーブを受ける側が得点をすれば、それは「サイドアウト」と呼ばれます。
ですから、どちらのチームがラリーの中で得点を決定するか。得点が入る場合の展開をみていかねばなりません。
最速でポイントが入る順として順当な場合でいうと、(当たり前ですが)
① サービスエース(サイドA)
↓
② サーブを受けてスパイクする=レセプションアタック(サイドB)
↓
③ ブロックでシャット(キルブロック)(サイドA)
↓
④ ブロックから守り攻め返す(トランジション)(サイドA)
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ってな感じの応酬となってきます。
バレーボールのゲームで1セットの中で、いわゆるサービスエースというものは、そんなに多くはありません。ですから、大部分はサーブ以外での得点力が重要になってきます。ですから、この時点でサーブミスで落胆する必要もなければ、サーブミスで負けることなど言えないはずです。
それで次の得点チャンスが巡ってくるのは、レセプションアタックです。これはサーブでの得点とは比べ物にならないほど、得点できる可能性が高いです。
ですから、もし「サーブミスで負ける」となると、実は問題は、その後にやってくるレセプションアタックからのサイドアウトの力が欠乏していると言うことができるはずです。実はこの現象は、小中学生のようなアンダーカテゴリをみているとよくわかります。まだまだスキルが完成していない子どもたちの間では、まずサーブによる得点が多いです。レセプションアタックがより不安定なのです。ですからそれと同じ現象だと言えます。
サーブミスをしても、相手のサーブからの攻撃を決めて、サイドアウトを繰り返す、つまりは「相手のブレイクを許さない」展開ができれば、そう簡単に負けないはずです。ですから、サーブミスが痛いのではなく、「簡単に相手にブレイクさせてしまう」ということが問題です。
過去記事でこういったものを書きました。↓
日本のバレーボールには戦術面での課題や、育成やスケジューリング、組織体制やマネジメントなどの戦略面での課題など、各方面山積なんだと思いますが、今回取り上げたいのは、それ以前の、「バレーボール観」と言ったらよいのか、バレーボールに対する思い込みの問題です。
「サーブミス」に代表されるように、日本のバレー観は、
「ミス=失点=失点悪」ということになっています。
ですから、失点を生み出すものは、すべてマイナス因子だととらえられています。
そこから、「ミスはしてはならない」という発想が出てきます。
次に「ミスの許容範囲が狭い」という問題もあります。これは、「Aパス」と言われているところの、セッターの定位置にねらってセッターを動かさずにピンポイントで返球するという指標なのですが、バレーのゲームで、終始Aパスを維持していくのはむしを至難の業です。なのに、試合中もスタッフ陣からAパスの精度を要求され、選手もその必要性にプレッシャーをもちながらゲームをする。いいことないと思います。練習で精度を上げるべく練習するのは必要です。ですがゲームを制する際に過度なプレッシャー因子になっては意味がありません。
いかに「失敗をしない」ではなく、いかに「失敗にしない」かが強さだと思います。
とにかく日本のバレーは、よく痛がります。
サーブミスは痛い。今のミスは痛い。セッターへの返球が短いから痛い。セット(トス)がネットから離れたから痛い。1点の失点が痛い。ブロックでシャットできないから痛い。
あまりにも「痛がり屋」が多いです。そんな見方・考え方しかできない人ほど痛い人だと思います。
テレビの実況や解説そして報道、会場で観ている観客、そしてその影響を受けたスタッフや選手。みんな痛い痛いと思って試合をしています。そんなんで戦えるはずがありません。痛い痛いと言いながら委縮してプレーをしても、最終的にはゲームを制することはできません。相手が攻勢をかけてきます。結果負けてしまいます。これが一番痛いです。本来。
「痛いの痛いの飛んでけー!」が必要です。
ちっちゃい子どもが転んで泣いても、大人が「痛いの痛いの飛んでけ!」と言ったら、コロッと笑顔になって走り出しますよね?何か思い込みだけで痛がっていることが、日本のバレーにはたくさんあるような気がします。
積極果敢にサーブを打ち込んで、アウトになったっていいじゃないですか?痛がる必要などありません。次のサイドアウトにそれこそ「集中」し、1点ずつ積み重ねればいいわけです。
次に考えるのは、レセプション(サーブレシーブ)からの攻撃決定を確実にすることです。ここでも「痛い」考え方が芽を出します。それは、「Aパス」というやつです。日本ではセッターを動かさない定位置への返球を良しとし、セッターのセット位置がネットから離れるなどのような返球を嫌います。Aパスだと練習通りの攻撃ができますが、A,パスでなくなった途端に攻撃システムが狂ってしまいます。非常に脆弱で、得点の可能性を狭めています。「Aパスじゃない=痛い」と戦術面でもメンタル面でも決めつけず、Aパスじゃない場合でも、十分仕掛けられる攻撃展開があるということは、海外の特に男子のバレーをみていたらわかると思います。ブラジルが広めたパイプ攻撃やビック攻撃がみられるのはそういうことだと思います。イラン男子などは、ハイセット(二段トス)からの攻撃もいいと思いました。セッターに返球が返らなくても得点できる能力も磨いておけばいいわけです。いずれにしても、日本は少しのことで痛がり、失敗と思わなくていいことを失敗と感じ、どんどん劣勢に自らしていくのだと思います。こういったことは、個別のスキルだけじゃなく、選手起用や交代、そしてセットを見越したビジョンなども生かされてくるわけです。
「相手のブレイクを許さない」戦い方を追求していけばいいわけです。
ですから、時にはレセプションは無理してAパスのプレッシャーと戦う必要がない時だってあるわけです。そしてやっぱりブロック戦術は肝になってくるわけです。そう考えれば、サーブミスがこの世の終わりみたいなため息をつく必要なんてないはずです。
(2016年)