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細かいことを無視して成り立ちを理解する有機化合物命名法

大学で有機化学を学ぶときには、最初に有機化合物の命名法を習う。
これが有機化学への興味を無くすポイントになっているように思う。

なんたって命名法は非常に細かく、ややこしい。科学者にとって見ても命名法は歴史の年号の丸暗記のような感覚を覚えるので、命名法が楽しいと思っている化学者に会ったことがない。テストには出しやすい(採点しやすい)。
厄介なのは、有機化合物の名前がわからないと反応とか色とか面白い話をすることができないので最初にこれを習う。いわば有機化学の授業の体系は、歴史に例えると

まず最初に事件と年号をすべて覚え、それから事件の間の関連や中身を学ぶ

という形をしている。これが、命名法が有機化学への興味をなくすポイントになっていると思う理由だ。

実は、命名法をよく見ると、「ふんふん、そりゃ有機物に名前を付けるならそういう風につけるのが自然だよね~」って思えるような上手な名前の付け方をしている。有機化合物の種類は膨大で、とてもひととおりの手順で表せるようなものではないのに、命名法が非常に上手に整備されているので、何となく名前をつけて説明できる。
化学者同士なら、構造式が無くても口頭で化合物の話が出来るというのは良く考えるとすごいことでは無いだろうか。さらには、これまでにない官能基が新しく表れても、なんとなく命名できるのだ。

しかし、有機化学の教科書では、最初の命名法のところでは、その「有機物に名前を付けるならこういう感じでつけるのが自然だよね~」の中身を教えない。理由は簡単で、有機化合物の性質がわかっていないと、「こんな感じが自然~」というのが説明できないからだ。

ここではあえてこの「自然な感じ」を説明したい。高校や大学の化学結合論をある程度学んできている学生にとっては、この「自然な感じ」は理解できるのではないだろうか。そして、その自然な感じがわかれば、命名法のややこしさは10分の1くらいになるのでは無いかと思うのだ。

有機物の性質が1秒で説明できるように名付ける

http://chem.kyushu-univ.jp/Yuki/tmp/wp-content/uploads/2020/09/IUPAC_2013.pdf
より。

例えばこの分子に名前を付ける、ってのがある。

この時最も大事なことは、

この分子を1秒で説明するならなんて呼ぶか?

ってことだ。この分子は有機化学を学んでいる者なら答えは

カルボン酸です!

となる。この分子がカルボン酸だということがわかればいろんなことが有機化学者にはわかる。重曹で中和できそうとか、水に少しは溶けるかもとか、アルカリ性にしたら泡立つかもしれないとか、3000cm-1あたりと1600cm-1の赤外線を吸収しそうだとかアルコールと脱水縮合しそうだとか、そういうのがこのたった一言でわかる。それが命名法の一番大事な機能だ。
中級者ならもう少し情報を追加できる。一番長いところが炭素10個あり、C=C結合が1個あるので

デケン酸です!

この答えだけでヨウ素と反応しそうで有機溶媒にも結構溶けそう、においもほとんどしないだろうな、なんてことがわかってしまう。
命名法の大事なポイント、それは

分子の性質に関する最も重要なことを1秒で伝えられるようにしてある
(後の細かいところはおまけにしてある)

ってことだ。たとえば上記の分子なら、炭素の枝分かれがたくさんあるが、途中の短いところを取ってヘキサン酸だ、っていってはダメ。だいたい長い方がより脂溶性になるし、値段も高くなるし、沸点もあがる。だから一番長いところで名前を呼んだ方がいいに決まってる(ちなみに短い分子+側鎖という命名をやると分岐も多くなり、名前もややこしくなりがち)。
同様に、この分子はOH基が真ん中らへんにもう一個あるが、この分子をアルコールと読んではならない。OH基の有無より、カルボン酸があることの方がこの分子の性質をかなりの部分で決めるからだ。このように、官能基にも大事なものとあまり重要では無いものがある。ワインの性質を聞かれたとき、まず最初に応えるのは赤ワインか白ワインかであって、保存している樽の木の種類では無いことと似ているだろうか。

では分子の名前をつけるためにはどうやったら良いだろうか。まず
(1)背骨となる骨格が炭素何個でできてるか
(2) そこにC=C二重結合やC≡C三重結合があるか(いくつあるか)
が大事になるだろう。なんせ有機分子なんだから炭素の部分が背骨になる。そして次に
(3) 最も大事な官能基は何か
が大事になる。命名法はいろいろとややこしいルールがあるが、突き詰めれば【枝葉が付いた、炭素鎖いくつ、二重結合いくつの官能基の分子】
という構造になっている。

さっきの分子なら枝葉を取り除くと、デケン酸だし、

http://www.scc.kyushu-u.ac.jp/Hiheikou/img/file1.pdf  より。

この分子なら炭素が6個のケトンだ。大学ではケトンは”オン”をつけるのでヘキサノンと呼ぶ。この分子はケトンでありアルコールでもある。でも1秒で応えろと言われたらケトンです!と答えなさい。というのが命名法なのだ。


官能基の大事さは酸化数で決まる

http://www.scc.kyushu-u.ac.jp/Hiheikou/img/file1.pdf  より。

先ほど、この分子はケトンでありアルコールでもある。でも1秒で応えろと言われたらケトンです!と答えなさい。といった。それでは命名法で大事な官能基か、それほど大事では無いかをどうやって決めるのだろうか。

大学の講義では次に、重要な官能基かそうで無いかの優先順位表が突然出てくる。

http://chem.kyushu-univ.jp/Yuki/tmp/wp-content/uploads/2020/09/IUPAC_2013.pdf  より

こんなの覚えられるか!

ってみんなが思ったところである。大学1年生の最初にまず覚えるべき事はそこじゃ無い。官能基の重要度の順番には、実は非常に簡単な原則があるのだ

官能基の重要度は酸化数の順番で決まる。

酸化数という考え方を習っていない学生のためか、有機の最初の命名法で全くやっていないんだが、これが良くないことと思う。
まずは酸化数という考え方をザッと説明しよう。二重結合を二本の結合と数えれば、たいていの場合、1つの炭素原子は4本の結合を持っている(オクテット則)。一本の手がO,N,ハロゲン、Sなど炭素より電気陰性度が大きい原子と結合しているとき、この結合電子はO,N,ハロゲンなどに持って行かれていると考え、炭素が電子不足になっていると考える。CH3OHなら酸化数は+1と数える。二重結合がある時は二本の手が持っていかれていると考える。アセトン CH3-C(=O)-CH3 の真ん中の炭素の酸化数は+2だ。このときC-H結合やC-C結合は電子のやりとりが無いと考えている。
H-C≡Nなら、三本の結合の電子が炭素にもっていかれているので酸化数は+3となる。H-C(=O)-OHでもH-C(=O)-OCH3でもH-C(=O)-O-C(=O)-Hでも+3だ。

さて、ややこしい話をしたが、さっきの表をもう一度見よう。
1番目のカルボン酸は、CのとなりにOが一個、二重結合のOが一個あるので(書かれていないところはCかHが来る予定)、酸化数は3になる。カルボン酸から酸無水物、エステル、アミド、ニトリルまで酸化数が3だ。
アルデヒド、ケトンは酸化数が2だ。
アルコール、アミン、エーテル、ハロゲンまでは酸化数が1だ。
ということで、酸化数がおおきい官能基、つまり手の先にOやNがいっぱいついている官能基が重要な官能基、ということになる。先ほどの例なら

http://www.scc.kyushu-u.ac.jp/Hiheikou/img/file1.pdf  より。

この分子はアルコールでもケトンでもあるのだが、ケトンの方が重要なので、ヘキサンケトンと呼び、ちょっとかっこよくヘキサノンと呼び換え、最後にOH基もついているという情報を付け足すと
ヒドロキシヘキサノン
という名前を無事つけることができる。あとは官能基が何番目についているかを説明するのだが、そこは自分で勉強して欲しい。何なら知らなくたって楽しい有機化学の勉強ができる。

(おまけ)細かい話で恐縮だが、カルボン酸、アミド、ニトリルの重要度の関係も同じ原理で説明できる。酸化数というのは、ザックリいうと炭素の電子がどれくらい他の原子に奪われているか、というパラメータである。つまり、命名法的には電子がより失われている官能基ほど重要である。そう考えると、同じように電子を取られるといっても、酸素の方が窒素より電子を引っ張る性質が強いので、酸素がたくさんついている官能基の方が窒素が多いものより重要度が高くなる

上記の細かい話より、有機化学としては、酸化数が同じ官能基間では変換しやすいということが重要だ。カルボン酸、アミド、ニトリル、さらにはエステルも加えて、この4つの官能基の間は互いに変換しやすい。有機化学の教科書ではだいたいこの4つが同じところに書かれているのはそういう理由だ。

また、有機化学の教科書はたいてい、
(1)酸化数0の炭素と水素だけの化合物
(2)酸化数1のハロゲン、その後アルコール
(3)ケトンとアルデヒド
(4)カルボン酸、エステル、アミド
という順番で並んでいる。これも酸化数の感覚が頭の中にあるからだ(芳香族がどこに来るかは著者の趣味によってかわる)。
もう気付いている人も多いだろうが、有機化学は重要で無い官能基から重要な官能基へと教える順番になっている。

ここまでわかると、応用も出来る様になる。例えばチオール類(CH3SHなど)は、アルコールと似た順番にくる(実際にはアミンの次)とか、チオケトン(CH3C(=S)CH3など)はケトンの近くに来るとかいうのが予想が出来る様になる。

重要な官能基は名詞に、おまけの官能基は形容詞になる

1秒で化合物の名前を説明するために、もう一つ重要なことがある。

http://www.scc.kyushu-u.ac.jp/Hiheikou/img/file1.pdf  

この分子はケトンでありアルコールである。しかしアルコールケトンです、と呼ぶとアルコールが大事なのかケトンが大事なのかわかりにくい。そこで、おまけの官能基はおまけとわかるように形容詞にしておく。つまり

こいつは(アルコールがついている)炭素六個のけとんですよ~

って言う名前にする。(アルコールがついている)という形容詞がヒドロキシ、だ。なので、正式な名前がヒドロキシヘキサノンとなる。

つまり、OH基が一番重要な官能基である分子(エタノールなど)なら、分子の名前がOH基になる。それが”オール”だ。
それに対し、もっと重要な官能基がある場合は、その分子(名詞)の補足説明になるので、形容詞になる。それが”ヒドロキシ”だ。

このように、官能基にはメインになる(つまりこの分子がアルコールですよ~とか、カルボン酸ですよ~などと分子の名前になる)ための名詞形と、
分子の名前のおまけになるための形容詞形の2つの呼び方があるのだ。

別の分子を見てみよう。

この分子には官能基が2つあり、アルデヒドでありニトリルである。酸化数(4本の手のうちNやOがいくつついているか)を考えれば、重要なのはニトリルであることがわかる。なので1秒ルールで行くとこの分子はブタンニトリルである。そして、おまけの官能基がアルデヒドなので”オキソ”をつけてオキソブタンニトリルとなる。

名前がいろいろ出てきてややこしくなってきたと感じるかもしれない。はっきり言って官能基名を今全部覚える必要は無い。化学の学生なら、教科書でその化合物を扱い、学生実験でさわっているうちに自然に覚えてしまう。だから表を見ながらかければそれで全く問題無い。
大事なのはむしろ、アルデヒドやケトンがオキソになるのは、より重要な、つまりより酸化数の大きな官能基があるときだということだ。そしてアルデヒドより酸化数の大きな官能基はそんなに多くないので、あまり見かけないのだ。同様にカルボン酸の形容詞形なんて、イジワルな試験問題でなければあまり見ない・・・って言いたいところなんだけど、実際にはカルボン酸はとても大事な官能基なのでよくみかけはする。

逆にアミンやアルコールは、形容詞形(アミノ-やヒドロキシ-)という形をよく使う。そして塩素やフッ素は重要度が低すぎて、もはや名詞形を使わないことになっている。CH3OHならアルコール(メタノール)だが、CH3Clなら(塩素がついた)メタン、と呼びましょう。ということだ。形容詞形はフルオロ、クロロ、ブロモ、ヨードで、聞き覚えがあるかもしれない。

まあ、でもとりあえずはこのあたりまでわかっていれば、初学者の命名法の理解としては十分だ。大学生なんだから、試験勉強よりも勉強を楽しくやることが大事で、ドンドン先に進むことをおすすめする。有機化学は楽しいのだ。








以下、時間がないので見出しだけ並べておく。

1.化合物の名前は「メインの部分」と「おまけ」でできている
・ オクタンに枝が生えている?ヘキサンに枝が生えている?
→ 長い方がメインでしょ!
・ カルボン酸に水酸基がついてる?アルコールにカルボン酸がついてる?
→ 酸化数の大きい方がメインでしょ!
・イオンか中性かって一番大事でしょ!
・ どっちが頭でどっちがしっぽ?
→ 官能基がついてるところが大事でしょ!
・環状化合物はどう数える?
→ もう環はまとまりとして考えよう!

1.命名法のキモチ

http://chem.kyushu-univ.jp/Yuki/tmp/wp-content/uploads/2020/09/IUPAC_2013.pdf
より。

この分子に名前を付ける、ってのがある。この時最も大事なことは、

1秒で言うならこの分子は何か?

ってことだ。この分子は有機化学を学んでいる初心者なら答えは

カルボン酸です!

となる。いいですか。こいつはカルボン酸てことがわかればそうとういろんなことが有機化学者にはわかるんです。重曹で中和できそうとか、水に少しは溶けるかもとか、アルカリ性にしたら泡立つかもしれないとか、そういうのがこの一言でわかるんです。それが命名法の一番大事な機能なんです。

中級者ならもう少し情報を追加できる。一番長いところが炭素10個あり、C=C結合が1個あるので

デケン酸です!

この答えだけでヨウ素と反応しそうで有機溶媒にも結構溶けそう、においもほとんどしないだろうな、なんてことがわかってしまうのだ。
命名法の大事なポイント、それは

分子の性質が1秒でわかるよう、最も重要なことを正しく伝えられるように(後の細かいところはおまけに)してある

ってことだ。たとえば上記の分子なら、炭素の枝分かれがたくさんあるが、途中の短いところを取ってヘキサン酸だ、っていってはダメ。だいたい長い方がより脂溶性になるし、値段も高くなるし、沸点もあがる。だから一番長いところで名前を呼んだ方がいいに決まってるんだ(ちなみに短い分子+側鎖という命名をやると分岐も多くなり、名前もややこしくなりがち)。
同様に、この分子はOH基が真ん中らへんにもう一個あるが、この分子をアルコールと読んではならない。OH基の有無より、カルボン酸があることの方がこの分子の性質をかなりの部分で決めるからだ。ワインの性質を聞かれたとき、まず最初に応えるのは赤ワインか白ワインかであって、保存している樽の木の種類では無いことと似ているだろうか。

では分子の名前をつけるためにはどうやったら良いだろうか。まず
・ 背骨となる骨格が炭素何個でできてるか
・ そこにC=C二重結合やC≡C三重結合があるか(いくつあるか)
が大事になるだろう。そして、
・ 最も大事な官能基は何か
が次に大事になる。

2.官能基の大事さは酸化数で決まる
・ 炭素の酸化数とは
・ 酸化数が3の化合物:
  ニトリル、カルボン酸、エステル、酸無水物、アミド)
  多くの教科書でひとまとめになってるのは酸化数が同じだから
・酸化数が2の化合物:ケトン、アルデヒド
・酸化数が1の化合物:
  ハライド:Iodide、Bromide、Chloride、Fluoride
  アルコール、アミン、チオール
  エーテルはちょっと特殊

さっきの例ではカルボン酸が大事でアルコールはそんなに大事じゃ無いという話をした。それでは命名法で大事仮想で無いかをどうやって決めてるのだろうか。実は非常に簡単な原則がある。

官能基の重要度は酸化数で決まってる。

酸化数という考え方を習っていない学生のためか、有機の最初の命名法で全くやっていないんだが、これは非常に良くないことだと思う。
まずは酸化数という考え方をザッと説明しよう。二重結合を二本の結合と数えれば、たいていの場合、1つの炭素原子は4本の結合を持っている(オクテット則)。一本の手がO,N,ハロゲン、Sなど炭素より電気陰性度が大きい原子と結合しているとき、この結合電子はO,N,ハロゲンなどに持って行かれていると考え、炭素が電子不足になっていると考える。CH3OHなら酸化数は+1と数える。二重結合がある時は二本の手が持っていかれていると考える。アセトン CH3-C(=O)-CH3 の真ん中の炭素の酸化数は+2だ。このときC-H結合やC-C結合は電子のやりとりが無いと考えている。
H-C≡Nなら、三本の結合の電子が炭素にもっていかれているので酸化数は+3となる。H-C(=O)-OHでもH-C(=O)-OCH3でもH-C(=O)-O-C(=O)-Hでも+3だ。

官能基が2種類ある時は、片方がメイン、もう片方がおまけ(枝葉)となる。そして、官能基の呼び方は、メインの時とおまけの時とで違う。この表には、全部で13個の官能基が出てくる。多くの学生にとっては半分くらいが初耳だろう。その名前の変化を、大学の講義では10分の説明で全部覚えることになる。またハロゲンのように主にならないのでおまけ名だけあるものがあり、(さらに昔は主になることもあったのでそっちも何となく聞き覚えがあったりする)おまけにならないものがあったり、例外も多々あるのである。

3.官能基には「おまけ」の時の名前がある
・三級官能基がおまけになるときのためにアシル系の名前がある
・ハロゲンは主にならない

4.芳香族は特別な名前がある
5.構造異性体を示すための符号

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