年明けnote
気が付けば、1月も半ばを過ぎている。
年明け、地震のニュースを耳にした。
まず、被災された方々またそのご家族の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
noteの皆さまは無事だろうか。
家族は大丈夫かと連絡をくれたクラスメートがいた。
また、別のクラスメートの親族が日本を旅行中だと聞いた直後だったので、慌てて無事を確認する。
海外にいるとはいえ、日本はいつも私の近くにある。
アンダルシア田舎から今日も皆さまの無事を祈る。
第一学期終了後
昨年12月23日に最後のクラスを終え、翌日から年明けに提出すべき課題と格闘した。
しかし、年末にはマドリードに行かねばならなかった。
日本大使館に用事があったからだ。
叔父に頼まれた資料の件だ。なぜ今なのだと思いながらも、小さいころからかわいがってもらっている叔父の頼みを断るわけにはいかない。
旅費は出すぞという言葉に誘われ、一泊二日で行ってきた。
大使館に一歩足を踏み入れると、そこは日本だった。
表記が全て日本語だ。
職員の方たちの話し方や笑顔が我らが日本人のそれだ。
大都会マドリードできょろきょろとして落ち着かなかった私も、職員の方たちのあたたかい対応を前に日本の区役所にいるような不思議な気持ちになった。
書類に拇印をすると、ティッシュを出してくださった。汚れがもしまだ気になるようならお手洗いで手を洗ってきていいですよという提案まで。感動してぽおっとしたままお手洗いに向かう。ぴかぴかのトイレでも日本を感じた。
アンダルシア田舎から来た私を不憫に思ったのだろうか。
最後にはおすすめのレストランをいくつか教えてくださった。
翌日、おすすめ頂いた中華料理屋さんに行ってみた。
開店前からすごい行列た。1時間ほど待っただろうか。
大都会ではスペイン人も並ぶのだなと興味深かった。
その後、慌ただしくお正月を迎え、今月の15日までに何とか全ての課題を提出した。途中、自分のスペイン語力に嫌気がさし、5つある課題を何度も投げ捨てそうになったのと、最後の課題であるミニ修士論文は滑り込みセーフだったが。
このミニ修士論文がかなりやっかいだった。
まだ大学院が始まったばかりだが、研究テーマだけでなく仮説やら目的やらMarco Teóricoやらフィールドワークの方法などを書かなくてはならず、私これ自転車の漕ぎ方あってますかと何度も聞きたくなった。最終的に30枚弱にまとめたものを夜中3時に提出したところで私の記憶は途切れている。
翌日から始まった第二学期については改めてまとめようと思う。
話しは少しさかのぼるが、元旦、散歩から帰ってきたら下の階のルイスが言う。
「おおい!君に預かりものや!」
日本語クラスの学生さんが年賀状とプレゼントを持って訪ねてきてくれたようだ。残念ながら私は不在だったが、嬉しいサプライズだった。そして、年賀状がなぜか手渡しするものと理解されているのはどういうことだろう。
日本ではあれか、年明けにカードとプレゼントを持ってくる習慣があるのかとルイスが不思議そうに聞く。
その後、じゃあこれ持っていけ!と抱えられないほどたくさんのレモンをもらった。
コートを着て震えている私の隣で、ルイスは半袖でレモンの木の世話をしている。80歳、かっこよすぎる。
眼科にも行った。
変わりなしと聞き、安心した。
今学期は毎日大学に行かなくて済むはず。
少しゆっくりしたいと思う。
精神的な余裕ももう少しほしいところだ。
グループワーク、その後
グループワークの課題は、カルロスが提出したようだ。
アナは、私が書いたパートを勝手に何やら変更しただけでなく、ロシオの書いたレポートを丸写しして提出するという技をやってのけた。私のパートは、オリジナル版を教授に別メールで提出した。ロシオはアナの出したレポートを見て烈火のごとく怒り、大学院のコーディネーターに相談に行った。
その後グループラインで、ロシオはアナに聞いた。
「あなた、私の原稿丸写ししてるけれどどういうことかしら。先生が何も言わないといいけれど」と。
アナは、何を言ってるのだ、あなたがパソコンの操作を間違えたに違いない!、私が丸写しなどするわけがない。嘘を言っているのはあなただ!、と大いなる逆切れをした。
その模様がグループラインに送られてくる。音声メッセージもついているので聞いてみたが、聞くだけ無駄であった。アナはあの分では女優にはなれないだろう。
どうか教授による正当な評価がなされますように。
二度と彼女とは組むまい。
ロシオと私は心にかたく誓った。
今学期はグループワークがないものを選択した。
心穏やかに過ごせることを願う。
電車の君
先学期から毎日のように電車で顔を合わせる人がいる。
私の利用している電車は座席指定だ。何度か隣り合わせになったときにどちらからともなく話し出したように思う。名をマヌエルという。
それからというもの、席が隣になるたびにマヌエルと話すことが習慣になった。マヌエルの仕事、私のクラスの話、スペインと日本の社会やら政治やらマヌエルの好きなテクノロジーの話。
ときどき、ああ今日は課題の論文を電車で読みたかったなあと思うこともある。また、スペイン語で難しい話をしたものだから頭が疲れており、授業中に寝そうになることもある。しかし、博識なマヌエルとの話はおもしろく、別の町に住むスペイン人が何を考えているのかを知るよい機会である。マヌエルは日本の事情にも興味を持っている。私の受講中のクラスについても、彼なりのアドバイスをくれる。人類学はね、まず仕事ないよという余計な一言と一緒に。
やあ、唐草。
こんにちは、マヌエル。
そう言って、お天気の話からゆるやかに話が始まる。
お互いのことはそれほど知らない。
スペインだなあ、アンダルシアだなあと思う。
電車の君との会話は今学期も続くだろう。
私の癒し
ロバにも定期的に会いに行っている。
先日、トマトを持っていったらとても喜んでくださった。
皆さんの大好きな青梗菜とトマトを持って、今年もたくさん会いに行こう。
ブロッコリーとニンジンも忘れずに。
マドリードでは、フムスも食べた。
久しぶりにおいしいフムスが食べられて喜ぶ。
エルサレムの友人たちに思いをはせる。
どうか皆、今日も無事で。
年明け、友人からの荷物が届いた。
かれこれ一カ月ちょっと、税関でとまっていたのだ。
あまりに嬉しくて、その場で踊り始め万歳を繰り返す私を夫はビデオにおさめた。
ロバとフムスと日本の力は偉大なり。
今回も、いつものようにまとまらないnoteになった。
アンダルシアの空は、冬でもくっきりとどこまでも青い。
そんな青い空にオレンジの木が映える。
アンダルシア暮らしに慣れた私は、寒いのが苦手になった。
布団乾燥機とともに春を待っている1月である。
遅すぎるnoteのスタートでしたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
にゃー!
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