ペペと大根おろし、そしてクルミだけに3
今日の朝食はちょっと特別だった。
なんといっても、半年以上ぶりに大根が手に入ったからだ。
昨日市場に行き、ぺぺのお店で野菜をたくさん買ってきたのだ。
「ぺぺ、仕事はどう?」
「まぁな。ちょっとはよくなったかな」
という挨拶からはじまり、他にお客さんがいなかったので世間話となった。
「お前の家族はどうだ。みんな元気か」
「元気だよ。母親は亡くなったけれど」
何気なく言った瞬間、ペペは目を見開いて、その後少し呼吸困難みたいになった。
何か言いたそうだけれど、口をぱくぱくしていて声にならない。
野菜の代金を払おうとしたら、ペペは胸の前で十字をきり、はぁはぁ言っている。
そういえば、ぺぺは母親に会ったことがあるのだった。
言わなきゃよかったかと思ったが、毎回嘘をつくわけにもいかない。
何か一人でぶつぶつ言いながら、ぺぺは私の顔を見ている。
他のお客さんが来た。
「なすびと玉ねぎを2キロと……」
お釣りを受け取り、仕事の邪魔をしないように「じゃあね!」と行こうとした。
「お前らは元気でいろよな!!!」
いつもは物静かなペペの大きな大きな声が背中に届いた。
びっくりして振り返った。
「お前らは元気でいろよ!! なぁ!!!」
ぶんぶんと手を振るぺぺの姿が見えた。
ぺぺがあんな大きなリアクションをするのかとびっくりする。
“Siiiiiiii!!!”
声を張って、ペペの言葉にこたえる。
この土地で、母親のことを知る人は数人だと思う。
ペペも母親に会ったのは一回きりだ。
でも、ペペのあの祈りはきっと母親に届いたことだろう。
よかったねぇ、お母さんと思い、ペペの温かさにじーんとなる自分がいた。
この街の人は外国人の私にもあふれんばかりの愛情をもって接してくれる。
ときどき暑苦しくて、そのお節介ぶりにもういいわ! となることもあるけれど、ロックダウンの時はそのどうしょうもない暑苦しさが恋しかった。
10代の若者にいたっては、いつもはバカにして「お前だっさ!」とか言うくせに、その裏ではそれなりに私のことを大事に思っていてくれることがよくわかる。というか、ばればれである。なぜかホワイトデーのときにサプライズで手作りケーキを届けてくれる男子たちだ。
そんなこんなで、今朝は台所に大根が2本もある。
どうやって食べようかなと悩んだ結果、やっぱり和食がいいなと思う。
すっすっとすって、大根おろしにしてみた。
お醤油をちょっとたらす。
ご飯と一緒に食べたら、日本が見えた!!
おいしさを噛みしめていると、始まった。
「ねぇ、ハワイのリスはどこでクルミを食べると思う?」
「えーどこだろ、ハワイにリスっているのかな」
「ハワイですよ。トロピカルなイメージですよ!!」
「ごめん、わからないわ」
「ここ なっつ!!!」
「……」
ハワイ
↓
トロピカルな気候
↓
ココナッツの木がある
↓
ココ ナッツ
↓
ココ
↓
ここ
↓
なっつ
↓
nuts
昨日のちょっと湿っぽかった空気は、ココナッツとともに一気にどこかに飛んで行った。
にこにこして褒め待ちの夫を見ると
まぁいいかと思えてきて、褒めることにした。
大根おろしはおいしいし
夫は今日も冗談をとばしている。
ありがたいことだ。