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「知っている」という思い込み…してない?『クジャクのダンス、誰が見た?』第3話

こんにちは!こやながわです。
読みに来てくださりありがとうございます。

まだまだ続く雪。
今朝も、外一面真っ白でした。
こんな日に、朝早くから長男の部活の送迎だなんて…辛すぎます。
今夜もどっさり降りそうなので、明日の部活はお休みになってほしい…
と、心の中で祈るのでした(笑)

さて、まったく話は変わりますが、昨夜放送の『クジャクのダンス、誰が見た?』第3話はご覧になりましたか?


記者の神井から、“伯母と血が繋がっていない”とDNA鑑定書を突きつけられた心麦。
それを確かめるために、伯母の自宅へ。
そこで伯母から突き付けられた言葉

 兄弟でも親子でも、相手のこと全部知るなんてできないのよ。

このフレーズ、水曜ドラマ『五十嵐夫妻は偽装他人』第5話でも登場していましたね!
 違うドラマなのに、同じようなテーマが繰り返されていて「面白い!」と思ってしまいました。

で、話は戻しますが、心麦は「私は、父の娘です」と強く言い切り、でも伯母は「春生のこと、全部知っているとでも?」と返す。
このやり取りを聞いていて、「私たちはなぜ、相手のことを知っていると思い込むのだろう?」と考えてしまいました。

たとえば…

  • 家族のことを知っているつもりだったのに、ある日突然、知らなかった一面を見せられる。

  • 友人のことを理解していると思っていたのに、実は違う価値観を持っていた。

  • ずっと一緒にいる相手でも、心の奥底まではわからない。

でも、なぜか「知っている」と思い込んでしまう。
どうしてなんでしょう?

これは、おそらく「予測ができる方が安心できる」という心理があるからかもしれません。
 相手のことを理解していると思えば「こういう人だから、こういう行動をするはず」と考えられる。
 そうすれば、急な変化に戸惑うこともなく安心できるから。

でも、現実にはそんなにシンプルじゃないですよね。
人は変わるし、隠していることもある。
「全部知っている」と思っていたら、いざ違う一面を見たときに驚いてしまう。

相手を「知っている」と思い込まず、「もしかしたら知らないことがあるかも…」という前提で向き合う。
自分が安心したいという気持ちもあるかもしれないけれど、本当の真実を知りたいのであれば、自分の思い込みを常に疑わないとですね。


『信じる』
という言葉が、何度も登場していましたが、何が真実なのでしょうねぇ~。
謎が多くて、面白いです!

心麦はこれからどう向き合っていくのか、そして真実はどこにあるのか…。
この先の物語の展開を、楽しみにしていたいと思います!!

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