いいとこを見せようとして
休日のある日、いぬうた市の、きゅん君と、
ぐーちゃんは、車でどこかに向かっているようです。
運転手は飼い主であとママが乗っていますね。
あれ、あともうひとりいらっしゃいますね。
可愛い女の子がおひとり。
この方はどなたですか?
きゅん君、教えて下さいな。
「いいよ。教えてあげるよ。この女の子は僕のいとこだよ。ということはママの姪っ子さんだよ。どうだい、可愛い女の子でしょ」
本当ですね。ママの姪っ子、甥っ子さんは、
前にも何人かいらっしゃいましたが、
また別の方なんですね。ぐーちゃん。
「そうよ。キアラちゃんって言うのよ。1番末っ子さんでいらっしゃるの。だから1番お若いのよ」
そうなんですね。ぐーちゃん。
で、そのキアラちゃんと、
どこにお出かけするんですか?きゅん君。
「ノーズワークのレッスンだよ。車で1時間ちょっと行ったとこの、僕らがちょこちょこ通っているレッスン会場だよ。今日はそこにキアラちゃんと一緒に行くんだ。何でもキアラちゃんが僕らのレッスン姿を見たいんだってさ」
と、とても嬉しそうに言う、きゅん君です。
そうなんですね。
ノーズワークとは鼻を使って、
いろいろな匂いのモノを探す、競技のひとつで、
きゅん君も、ぐーちゃんも、何年か前から、そのレッスンに、定期的に通っているのでありました。
「ノーズワークは何てったって、僕、得意中の得意だからさ。ぜひ、キアラちゃんに僕のいいとこ見せて、いっぱい褒めて撫で撫でしてもらおうと思うんだ!」
と、きゅん君、意気込んで、
いざレッスン会場に乗り込んだのですが、
結果から言うと、今日はさんざんでした。
何しろ、キアラちゃんにいいとこを見せないと、
という気持ちが終始空回りしてしまい、
全く集中力を欠いて、全然匂いが取れず、
それがまた焦りを呼んで、
関係ない方向ばかり匂いの元を探してしまい、
時間だけが虚しく過ぎていったのでした。
「あーあ、何であんな失敗してしまったんだろう。いつも通り、落ち着いてやれば、すぐに探せるハズなのに」
終わって、きゅん君、帰りの車中で、
ずいぶんと落ち込んでしまいました。
そんな、きゅん君を見て、ぐーちゃんが言います。
「きゅん、そんな顔してたら、キアラちゃんが心配するじゃない。ぐーだって、今日はあんまり上手く出来なかったけど、キアラちゃんが見ていてくれていると思うだけで楽しかったわ。いいとこ見せたかったのは分かるけど、今日はこれでお別れなんだから、ウソでも楽しそうにしなさいよ」
そんな、ぐーちゃんのアドバイスも、
きゅん君には痛いほど分かっていました。
けれどなかなか元気が出せません。
そんな時、キアラちゃんが優しく、
きゅん君を撫でてくれたのです。
それがどうにも心地よくて、ぼろぼろになった心に沁みて、
そして疲れを相まって、きゅん君はすっかりと、
寝てしまいました。
なんとも言えないふわふわとした優しい夢を見ていたようで、
気がつくと、ぐーちゃんの声で目が覚めました。
「きゅん、キアラちゃんとはもうバイバイしたわよ。途中でお車を降りてお帰りになったわ。きゅんがあんまりよく寝ていたから起こさないでって言って」
それからの帰りの車中のずっと、
更に元気がなかった、きゅん君なのでありました。