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新前トナカイ奮闘篇
さあて、いよいよ、いぬうた市のクリスマスイブの夜です。
いやあ、今年のクリスマスはサンタがママで、
きゅん君と、ぐーちゃんが初のトナカイ役を、
なさるということで、これはこれは大変に楽しみではないですか。
あれ、おふたり、せっかくのイブの日なのに、
ずいぶんと浮かぬ顔ではないですか?
あれだけこの間まで楽しみにしていて、
トナカイの練習もがんばってなさっていたのに。
「だって、だってだよ。そのせっかくのイブの日なのに、そのクリスマスプレゼントを運ぶ相手がよりによって飼い主だなんて。顔が浮かぶ訳ないじゃないか」
とは、浮かぬ、きゅん君の言い分です。
もっと浮かぬ、ぐーちゃんはこう言い放ちます。
「ぐー、初めてトナカイさん役やって、ママサンタをがんばって引っ張ろうと思っているのに、その行き先がまさか飼い主のところだなんて、ぐートナカイがあまりにもかわいそう」
うーん、別にプレゼント先が飼い主とは、
まだ決まってはないですよ。
しかし、何故か、そう決めかかってしまっている、
おふたりトナカイでありました。
「僕の勘は外れたことないよ。プレゼントの行き先は飼い主に間違えないよ」
えっ、きゅん君、失礼ながら、
きゅん君の勘は外れたことしかないではなく?
あっ、おふたり、ショックから立ち直れずに、
耳に入っていないようですね。
「ぐー、ここは我慢だ。我慢しかないよ。考えてみれば仕事とはそうゆうもんだ。時にイヤなこともやらなくてはならないんだ。どんなにイヤな相手でも運ぶモノは運ばなくてはならない。引っ張ると決めたからには絶対引っ張らなくてはならないんだ。それがトナカイの役目であり、僕らの役目でもある」
「ぐー、分かった。我慢して我慢して我慢して、どうにかママサンタを引っ張る」
そこまで、きゅん君も、ぐーちゃんも
思い詰めなくて、いいんじゃないですか。
所詮、トナカイをやりたくて、
好きでやろうとしただけですから。
「いや、決めたことは最後まで、やらないと。ママにも迷惑かかるし」
そこは聞こえていたんですね。きゅん君。
じゃあ、せいぜい、がんばって、
ママサンタを引っ張って下さい。
そうすれば、きっといい事もありますよ。
で、いよいよ、きっと君、ぐーちゃん、
トナカイ初仕事の瞬間がやって来ました。
とは言っても、ママにすれば極めて通常の、
夕方の散歩なんですけどね。
それでも、きゅん君と、ぐーちゃん、
ママが持つリードをいつもより激しく引っ張っぱります。
でも肝心な曲がり角ではママはふたりの自由にはさせず、
行き先はママが決定を下します。
そして散歩は着々と終盤に向かい、
どんどん自宅に近づきます。
「ああ、やはり行き先は自宅かあ」
と、きゅん君、ぼそり、ため息をつきます。
でもそれはそうでしょう。
今もママには普通に散歩なのですから、
自宅に帰るのは当たり前です。
「となると、やっぱりプレゼントをあげるのは飼い主なのね」
とは、限りませんよ。ぐーちゃん。
ほら、家に帰ると、そこでは、おふたりに、
美味しい夕食が待っていて、
それはいつもよりゴージャスな、
クリスマス仕様のチキンがごっそり乗った、ごちそうで、
こうして、きゅんトナカイと、ぐートナカイは、無事に初仕事を終えて、
ママサンタから一足早いプレゼントをもらった、
素敵なクリスマスイブの夜なのでした。