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【小話と】『だいこん』の物語【レジンクラフト】

ありがちな異世界転生魔王系の小話と、最近作ったレジンを使ったアクセサリーの紹介です。第2章は『へちま』の物語。色々書きましたが、雰囲気だけでも感じ取って頂けたら幸いです。


信頼というものは、何にも代えがたいものであり、そして何よりも繊細である。
統治は信頼の元に成り立っている。異次元の世界に来て、その民を束ねる王になって改めて思う。信頼されているからこそ、『決定』という重要な役割を任され、『責任』という重りがつく。基本的に心理的負荷が高い行動であるが故に、かつて居た現実では決定権を持つ者への報酬は他の従業員のそれより高く設定されていた……その金額がそれぞれ適正なものかどうかは置いておいて。さらに信頼は一度でも裏切ってしまえば全て地に堕ちる。

空を見上げた。真昼の陽を浴びた紅い鳥がゆったりと羽ばたいている。確か彼はこの世界の果てにある鉱山に住む、気まぐれな鳥の魔物。【運び屋】をしていて、彼がこの世界の魔物が作った【夜彩】を他の世界に運んでいる。彼の仕事も信頼の元に成り立っている。物資が必ず届けられると信頼しているからこそ依頼が来る。例えば彼が物資を(鳥類の彼にふさわしい単語なのかはわからないが)懐にしまうような鳥であったら誰も頼まず、仕事は成り立たないだろう。
自由を謳歌しているように見える翼。しかしその脚にはしっかりとした重りがついている。自由には信頼が伴う。信頼があれば、ある程度の自由を受け入れてもらえるからだ。逆に信頼がなければ自由は生まれない。

と、そこまで考えて青年は一つ大きな息を吐く。自らへの責務とした採掘や加工の現場の視察を終えて、魔王ノ城の近くをあてもなく歩いていた。今日も皆は当然のように課せられた働きをこなしていた。視察するのは信頼していない訳ではない。様々な出来事があり統治を任された以上、その世界のことを知らなければ何もできない。純粋な知識としての勉強のためでもあり、直接現場の声を聴くためでもあった。

「こんなことならもう少し政治の勉強でもしておくべきだったか……」

呟きながらあてもなく歩く。ふと見知った塊が視界に入った。
魔王ノ城の近くにある広い池。澄んだ水がやさしい風に揺れていた。そのほとりに鎮座した、あたたかな秋のひざしのような橙。近づいてみれば、それは蛸のような太い無数の触手の塊だった。かまくらほどの大きさや形。ドーム状に収納された触手の一本が、その先に眼球を浮き上がらせて青年を見る。

「魔王様、お疲れ様です。お仕事帰りですか?」
「ああ。気晴らしの散歩だよ」

……どこから出しているのかわからない声は従者の少女のそれである。これが従者の触手少女の本来の姿なのだ。人間の少女の姿は擬態でしかない。初めて会った時は面食らったが、今ではすっかり慣れてしまった。青年はその隣に腰を下ろす。

「気晴らしをしなければならない問題がありましたか?」
「いや、ないよ。ただ僕にとって朝早く起きて仕事をすること自体が、途中で気晴らしでも挟まなければやってられないことなんだ」
「いつも言ってるじゃないですか。魔王らしく玉座に座っておけばいいんですよ。魔王様は働きすぎです!」
「一応やっているだろう。たまに、昼寝として。だが皆と信頼関係を築くためには玉座に根を生やしても意味はない」
「……一理あるかもしれませんが、魔王様がそれで身体を壊しては意味がないですよね」

青年は触手の言葉に口をつぐむ。そして「じゃあ、お言葉に甘えて寝ようか」と草の絨毯の上に身を投げ出した。
いいんじゃないでしょうか、とくすくすとやはりどこから聞こえてくるのかわからない笑い声を零す触手の隣で目を閉じる。

「信頼と言えば……子守唄代わりに聞き流してください。【夜彩】の【だいこん】の物語です」

瞼は閉じたまま、青年は触手の少女の声に意識を向けた。


あるところに弱い魔物がおりました。
魔界は強い者が最も上に立ちます。その典型が世界を支配する魔王の存在です。
その魔物は自分の弱さがコンプレックスで、弱いものは支配され搾取される側だと思い続けておりました。
ある日いつも通り鉱山で採掘作業をしていると、乳白色の鉱石を見つけました。
それだけでは特に価値もないものです。しかしその鉱石をうっかり飲もうとしていたあつあつのお茶の中に落としてしまった時、なんと乳白色が氷のように透きとおったのです。魔物が何度か試みた結果、その鉱石を熱いお湯にさらすと美しい透明になるのだとわかりました。
これは凄い発見だ!と当時の代の魔王に報告しようとしました。
しかし、寸出のところで他の魔物に出会います。

見つかってしまったら手柄を奪われる、何故なら自分は搾取される弱者なのだから。

そう思い、鉱石を魔王ノ城の池に隠しました。
無事他の魔物は気づかず去っていきました……が、鉱石が透明であるが故に、完全に水の中に溶け込んで見えなくなってしまったのです。
魔物は無我夢中で池の中に潜り、鉱石を探します。誰かに見つかっては横取りされると思っていたため、誰の助けも呼ぶこともなく。ただひとりぼっちで。
やがて探し続ける内に魔物は体力を失い、やがて溺死してしまいました。彼の見つけた鉱石は二度と発見されることはありませんでした……


しゃらん、という軽やかな音に青年は瞼を上げた。そこには触手の脚と、装飾品。水色から緑へ、そして透明へと変わる美しい氷の柱のような石がついている。

「これが【だいこん】……堕ちた泉に混ざりあう……【堕泉混】と書きます」

【だいこん】を仕舞いつつ、触手は話を続ける。

「いま【夜彩】に使っているのは同じ乳白色でお湯にさらすと澄む石です。しかし、水の中に溶け込んでしまうほど洗練されていません。その魔物は何かしらの唯一の技術を持っていたのでしょう。もう少し他の魔物を信じていれば、この石もそんな透明なものになっていたかもしれませんね」

青年は頷く。「なんとも悲しい話だな。そして難しい話でもある」触手も肯定の意を示して脚を曲げる。

「はい。それを行うにあたり困難な立場であればあるほど、信じるという行為は難しくなります。しかし魔物はひとりぼっちでは生きていけません……」
「想像の域を出ないが、その魔物にとっては寄りかかることも弱さの証だと考えてしまったのかもしれないな」

一瞬の躊躇しているかのような間の後に、触手はひかえめに、しかししっかりと意志のこもった声音で言葉を選ぶ。

「……魔王様もあまり一人で無理をせず、私達みたいな従者や民を信じて頼ってくださいね。信頼は一方向から寄せられるだけのものではない筈です」

青年は身体を起こす。「起こしてしまいましたか?」と慌てる触手に対して首を横に振ると、その大きな身体に身を預けた。あたたかい弾力のある触手がその身体を受け止める。悪くはない……が、やわらかめの巨大なこんにゃくをクッションにしたような感覚である。まあいいか、と再び瞳を閉じた。

「いまは、これでいいかい」
「……はい。おやすみなさい、魔王様」

信頼というものは、何にも代えがたいものであり、そして何よりも繊細である。
足にはめられた重りは大きく、常に歩く道は薄氷の上に、自由に無限に広がっている。
しかしついてきてくれる者が、理解して隣を歩んでくれる者がいれば、弱い人間でも少しずつ進んでいけるかもしれない。だが今はただ、あたたかさを感じていよう。こうして歩みを止めても、大丈夫だとお互いに信頼している仲間がいるのだから。


「ところで、僕は君を信じているよ。今日の晩御飯には焼き立てのパンがついてくると……心から信じている」
「それパンが食べたいだけじゃないですか、魔王様ぁ!」


(これからもたぶん魔王の仕事はつづく)


さて、夜彩シリーズ第二弾『だいこん』のご紹介です。寒色系で透明感があるものを作りたかった結果です。だって大根って茹でると少し透明になるじゃないですか。こんな感じの切り方もしますし。
……少し無理があるのは自覚しています。
ここ最近は急に暖かくなったり、冷たい風が吹きつけたり、季節の変わり目を感じる日々ですね。
お身体に気を付けて、無理はせず過ごしていきましょう。
閲覧ありがとうございました。



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