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能登ボランティア2日目

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8/19   まずはやったことmemo✏︎

作業:2軒のおうちの家財分別。

1軒目▶︎
燃やすゴミ出し。
玄関隣の物置きの中身仕分け。
畳剥がし。(バール初めて使った!)
2軒目▶︎
靴棚の仕分け。
ピアノを買取業者に出すため綺麗に拭く。
金属の棚の中身仕分け。

夕方、被害のあった輪島と珠洲市を見てきた。

輪島▶︎
火事があった街。業者が入り更地になった区画もあるけれど、まだまだ黒い炭のようなものが転がっていたり、鉄筋がそのまま残されている状態。
珠洲市▶︎
津波の被害があった街。一階部分が潰れていたり、車が埋もれている様子が分かる。
1/1から全くの手付かずのように見える。

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朝7:00    ひとりごと。

私をいつも包んでくれる大切な人がさらっと、"今の優里は人助けをしていて"…
とLINEで応援してくれたの。なんだかその言葉が気になっている。

人助け。確かにそうだ。だけどなんだか言葉がしっくりこない。

まだ人助けというほど役に立ててないって感じるからか。うーん。多分、今の私にとって"人助け"って言葉が一方的に感じるんだろうな。言ってみれば、
ボランティア"してやってる感"
を助けるという言葉に感じてしまう。きっと、私自身が助けるに一方的な意味を感じるのは、私が誰かを助けるときに見返りをくれない、欲しい、と感じてしまっているからなんだろうな。私ってまだまだや、、、、。
もっと今の私にぴったりの言葉があるんだろう。

日本という同じ土地に住む同志として、今苦しいから私があなたに助けてもらう、逆にあなたが苦しい時、私が助ける。そんな持ちつ持たれつ支え合う関係が、心の奥底で繋がっていたら素敵だ。
私自身が人と人の支え合いを常に信じることができた時、あるいは私の行いに見返りを求めなくなった時、人助けって言葉が偽善に感じなくなるのかも。ひとりごと。

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16:00 おつかれさま!

2日目となった今日は、料亭だったお家の家財整理。昨日よりも作業に慣れて分別もすぐ分かるし手がさくさく動く。
だからかな、人の想いの乗ったものを扱っているという気持ちが鈍くなる感覚がした。

可愛い名古屋帯を発見したんだけどね、ゆいさんが"捨てるものだから気に入ったら持って帰って良いと思う"って。その言葉でバンバン物を捨てる手が止まってはっと人の心に戻った気がしたの。恐ろしい。

大切なものを大切に目に映す。優しく触れる。その心をずっと持ち続けたいのに。悔しい。

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昨日から変わらず感じることは、一人一人のひとつひとつしか、能登の景色を変えられない。ってこと。でもだからこそ、能登の現状を知った中のひとりである私だからこそできることをやりたい。
やる。
今できること。やっぱり、同志の現状を受け止めて発信することだろうな。私たちは同じことを繰り返しちゃいけないから。自分のときめいて買ったものを、"もういらん"と無理に言う人を増やしたくない。

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作業後は、車で震災の時火事の被害のあった輪島へ出発した!
セカダイで前から知っている空気感が好きな2人と、可愛い弟みたいな子1人。年齢も地元だってばらばら。だけど

今をしかと見つめるまっすぐな目

はおんなじで。そんな、丁寧な人たちと出逢える最近の流れが好きだ。

着くと、すぐに被害があった街だということが伝わってくる。輪島、火事があった街だって。知らなかったね。業者さんが入っている建物は既にあって更地になっていたり、火事が本当にあったんだと思わせるような、黒い炭のようなかけらが沢山転がってた。

8/19 輪島。鉄筋丸出しの建物が生々しい。


何というか、この光景を知っていた。テレビや他の火事の写真を教科書で見てたからだよね。知識そのものが目の前にある感覚で、受け入れられない私を感じた。

目の前にあるのに、ないみたい。

まだ私はこの目で見ても、まるでテレビの外で見ているかのように感じてしまう。そう思うことで私を守ってしまうのかな。
ただ現実逃避はしたくない。今の私には見ることしかできないんだから。その、見ることから逃げてどうするんだろう。

考えて見たの。
今は跡形のない建物たちも、震災前はひとつひとつ名前があって、この道はきっとこんな風に見えていて、人がこんな風に歩いていて。

8/19

…。更地よりも少し瓦礫が残っていたり、看板の文字が読める区画の方が思いを馳せやすい。そんな自分が嫌だなぁ。

だけど事実だった。
想いはカタチがないと感じにくいものなのか。

そんなことないはずだ。
そんなことあってはならない。嫌だ。

ただ、確実に私の心を捉えたものがあった。

夕陽が綺麗。

建物があった時よりもきっと、ここの空は広く美しいんだろう。


あぁ。そういえば、私ってこの地球が大好きなんだ。自然が大好きなんだ。
人も好き。だけど、私にとって人はこの地球に生かされている生き物。人類は、人として生きているから己が住んでいる建物、暮らしだって大切だよね。
だけれどそれ以上に、私は人の想いを簡単に無かったことのようにしてしまう地球の莫大な力に、美しさまで感じてしまうんだなぁ。


もう、なんだろ。いいじゃん。今地球の美しさを感じられたならば。
他のメンバーのようにこの街の復旧復興の話がすぐに頭に入ってこなくても。

自然は美しい。主観でもなんでもない。
変わらない、これは事実だと思う。
私は今、とても場にそぐわないこと言っている。ただこの光景を前にして、それでも空を心から美しいと感じられた私が嬉しくもあるの。

今をしかと見つめられる目に感謝する。
ありがとう。

今日は寝よう。おやすみなさい。

8/19 珠洲市。屋根が触れる位置にある。

輪島で既に景色に言葉をなくし、頭で考えることと感じることを諦めた私。ただただこの目で"見る"ことに専念した。

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