轉戦記 はじめに

これは一兵卒の立場から観た 工兵第三七聯隊の、一部分の実戦の記録である。高度な作戦の意図や、大局の推移等(なぞ)と謂う様な事は、兵卒の身の及びも知らぬ所である。従って、限られた視野の観点に立って、書かれていることは否めない。終戦後復員して、あの混沌とした世相の中にあって、仕事の余暇を偸(ぬす)み乍ら、戦野に在りてメモしたものに拠り、五年間かかって纏め上げたものである。原文が当時の旧送り仮名や、旧漢字を用いているので、殆ど訂正せずに、そのまま複写した。 写実や言葉の不足、地名の間違いや誤字も多い事と思うし、文語文法上の誤りがあっても、諒とされたい。 原文を若干削除した項もあるが、これは私の判断に因るものである。文中実名で登場される方々には、甚だご迷惑な描写部分もあるかも知れないが、戦後三十年を経た今日、却ってユーモラスにも感ぜられると思い、敢えて原文通りに掲載した次第である。 ご寛容を乞う。

本書に由り、嘗つて難苦を共にした戦友諸兄が も早や忘れ去ろうとしている、古い懐しい思い出を、幾何でも、更に新たに甦らせる事が出来るならば これに勝る喜びはない。

昭和五十年 七月十日

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