
坂本拓也インタビュー#03
TENSELESSの木下和重です。
#01、#02を読んでいただき、ありがとうございました!
お待たせしました。今回の#03では、ひたすら音楽を聴き続けた彼が自ら曲を作ることになったり、loop-lineが誕生したり、analogicというユニットで本格的にパフォーマンス活動をすることになります。
では、早速、お楽しみください!
8. 坂本拓也が、音楽を作った〜
坂本 日本の音楽をちゃんと聴き始めたのは大学に入ってからなんですよ。ボアダムズだったかな、最初は。
木下 誰かの影響?
坂本 そうです。中学の後輩です。大学時代にやってたバイト先で、偶然彼に出会ったんですよ。僕がビートルズの『アビーロード』のアルバムジャケットがプリントされたTシャツを着てたら、「ビートルズ好きなんですか?」って向こうから声をかけてきてくれて。それで色々話をして、意気投合しました。
木下 出会いはビートルズ!なんか運命感じるね。何のバイトしてたの?
坂本 荷物の仕分けです。その職場はミュージシャンが多く働いていたんですよ、生活のために。同僚からはメルツバウや灰野敬二を教えてもらいました。それで他にも色々知りたくなって、大学の購買部に売ってたミュージック・マガジン増刊「日本のオルタナティヴ・ロック」という本を買ったんです。それを参考にして、新宿ピットインなど色んなライブハウスに週一で通ってました。オルタナだけでなく、フリー・ジャズやノイズ系のライブにも行ってましたね。
木下 一人で行ってたの?
坂本 いや、その後輩と二人です。それで、彼に誘われて音楽を一緒に作ることになるんです。
木下 おお!ようやく作り始めた!機材は何を使ってた?
坂本 ほとんどサンプリングだったので…
木下 サンプラーかな?
坂本 いや、カセットテープです。彼がカセットテープのMTRを持ってて。
木下 手法がサンプリングってことね。テープには何を録音してたの?
坂本 ビデオテープに録画してあったお笑い番組やアニメの台詞とか、テレビの音を直接録音したりもしてました。
木下 ミュージック・コンクレートというか、テープ・コラージュって感じ?
坂本 そうですね。
木下 テープ・コラージュをやるのもビートルズに運命感じるなあ。(インタビュー#02を参照)
坂本 ビートルズもやってたから自分もやってみたいっていうのはありましたね。具体的な影響みたいなものはないですけど。大学時代は映画サークルに所属してたので、先輩に頼まれて映画のサウンドトラックを作ったこともありました。それには後輩のドラムや僕が弾いたギターも素材にしています。
木下 なるほどな、SEGMENTS GENESisの坂本君の音源も生活音なんかのサンプル素材をコラージュしたものだったけど、昔からやってたんだね。
坂本 自分の音じゃないっていうか、既にある物ってそこに自分の個性が乗っかってないのでしっくりくるんですよね。
木下 ファウンド・オブジェクトってことね。編集っていう行為が坂本君には合ってんだろうな。
坂本 楽器を弾きたいって欲は無かったですしね。やっぱそこはゴレンジャーの話に通じるというか、裏方的な立場の自分が好きなんですよ。
木下 なるほどな。でも、そもそもレッドになるのが嫌なのはなんでだろうね?
坂本 目立ちたくなかった。
木下 目立つとなんで嫌なんだろう?
坂本 うーん、いじめられるから?幼稚園の出来事が強く残ってるのかもしれない。でも、独自の路線が好きで、みんなと同じことをするのが好きじゃないということだと思います。
木下 でも、自分が前に出たら周りと同じことしなくてもいいんじゃないの?
坂本 隠れて目立ちたい、隠れることで目立ちたいってのはあるかな。それはなんでかわからないですけど。
木下 隠れたら目立たないよね。
坂本 でも逆に目立たないことで目立つってあるじゃないですか。みんなが前に出てて、一人だけ隠れてたら目立つじゃん。
木下 それは存在を知られてこそでしょ。知られなければ誰も気づかない。
坂本 うーん、どこでこういう気持ちが養われたんだろうか。リーダーとかあんまり好きじゃないからな。
木下 責任を負いたくないから?
坂本 そう言うわけじゃないです。自分のやりたいことをやりたいから。集団を率いたりするのが好きじゃないだけで。
木下 集団が苦手って言ってたもんね。幼稚園時代の名言。
坂本 自分の中でこそこそやれる環境があるのが好きなのかな。
木下 最初は自分のやりたかったことでも、前に立って集団を率いると自分を殺さなきゃいけない面も多分に出てくる。
坂本 それに自分がやってることを他の人に強要はしたくないし、自分もされたくはない。自分は自分の世界を作って、自分のやりたいことだけをやりたい。
木下 サンプリングは素材になるような音を探して、どの部分を使う使わないか判断するからリスナー視点っていうか、聴くという行為が非常に重要だし、やるよりも聴く方が楽しいっていう坂本君の性分に合ってる。加えてプレイヤーとして前に出ないから坂本君の裏方精神みたいなものとも合致する。心地いい表現手段として、それが坂本君らしい帰結だったんだろうね。
坂本 そうかもしれないですね。言われるまで気づかなかったけど。
木下 自分の性格がちゃんと制作に反映されてるなあと思ったな。テープ・コラージュは大学時代ずっとやってたの?
坂本 やってましたね。
木下 今でも音源は残ってる?
坂本 いや、持ってない。
木下 捨てたの?ほんとは残ってんじゃないの?
坂本 いや、全部整理しました。後輩は持ってるかもしれないけど。
9. loop-line爆誕!
木下 坂本君たちが作ってたテープ・コラージュ作品は先輩の映画音楽以外に、どこかで発表しようって思った?
坂本 発表したかったんだけど、どうしたらいいかわかんなくて。でも、ピットインで知り合ったミュージシャン、芳垣安洋さんとか片山広明さん、加藤崇之さんにデモテープを渡したことはあります。加藤さんには褒めてもらえて嬉しかったですね。
木下 そういうのって聴いてくれるだけで嬉しいよね。俺も上京したての頃、ドキドキしながらキース・ロウにCD-Rを渡したことあるよ。坂本君はミュージシャンとして世に出たいって夢はあったの?
坂本 世に出たい(笑)。なかったですね。ほんと作ってて楽しかったから、これをずっと続けられたらいいなって思いはありました。
木下 お金になったらいいなっていう気持ちは?
坂本 商売にしようという気持ちもありませんでした。積極的にデモテープを渡してたのは後輩で、僕は横にいたって感じでしたね。ライブに行こうって誘うのは僕の方だったけど。そうそう、僕が大学三年生の時に親父がライブハウス事業を始めるって言い出したんですよ。僕と母親は、それだったら映像とかメディアアートとか色々できるギャラリーの機能を持たせようって言ったんです。でもまあ色々あってそれは実現されませんでした。その後に母が独立して、loop-lineができたんです。
木下 おおおお!loop-line爆誕!それは何年?
坂本 2003年、僕が大学を卒業した後ですね。
木下 大学を卒業してからは何してたの?
坂本 バイトです。元々父親の店で働く予定だったので就職活動をしてなくて。
木下 宙ぶらりんになっちゃってたんだね。その時期も後輩と曲を作ってた?
坂本 はい、もうサンプラーを使ってました。僕のギターや後輩のドラムやリズムマシンも素材にして、この頃のサウンドはエレクトリック期のマイルス・デイヴィスやフリージャズの影響を受けていましたね。
木下 ライブはやったことあった?
坂本 3回くらいやりました。
木下 大学時代もやってた?
坂本 大学時代は後輩の知り合いに誘われて、1回だけ吉祥寺でやりました。でもドン引きされたんです。
木下 ドン引きは今も変わらずだ。
木下 坂本 (大爆笑)
木下 どんな音楽をやったの?
坂本 その当時流行ってたドラムン・ベースのビートの上にCMとかアニメのセリフのサンプルを…
木下 ちょ待って、オシャレやん。
坂本 他の対バンがメロコアとかやってたんですよ。場違いな感じがありまして…
木下 なるほどね。でも、坂本君がそういうことしてたって全然知らなかったな。
坂本 言ってないもん。
木下 教えてよ。
坂本 やだよ。
木下 なんでよ。黒歴史なの?
坂本 聞かれてもないし。黒歴史でもないけど自分からは言わないです。恥ずかしいから。
木下 俺が最初に坂本君と出会った時はanalogicをやってた時期だから、ヴィジュアル・アート的な活動をしてる人だと思ってたよ。
坂本 じゃあanalogicの話をしましょうか。
10. analogic
木下 analogic結成はいつなの?
坂本 2003年、loop-lineがオープンした年です。あ、analogicは僕が中村修君と二人で始めたユニットです、説明しとかなきゃ。
木下 結成のきっかけは?
坂本 中村君が通ってた大学の人が、ダンスがメインのイベントをloop-lineで企画したことがあったんですよ。詳細は忘れたんですが、その企画の人にダンサーと中村君と僕で何かやってくれってオファーがあったんです。その頃の中村君は既に映像を使ってパフォーマンスをしてたし、僕もメディアアートが好きだったから、そのイベントがきっかけで、これからも二人でやろう!って盛り上がったんです。
木下 analogicって名称はどっちが考えたの?
坂本 analogicの名称は僕が考えました。アナログとロジックを合わせた造語です。映像と音の関わり方って、映像が最初にあってそれに見合った音を付けるか、逆に予めある音に映像を付けるか、あとは別々に制作されたものを同時に流すとか、大きく分けたらそうじゃないですか。僕たちは、映像と音のどちらかが主体になるわけでもなく、並列な関係でやる方法ってないかなって考えてて。それである時、僕がオーディオミキサーのアウトプットをビデオミキサーのインプットに繋げて、ビデオミキサーの映像信号のアウトプットをオーディオミキサーのインプットに繋げてみたんです。そしたら、「ビバキガバブゲキ!」ってノイズ音がスピーカーから出てきて、映像も線がぐちゃぐちゃで色んな模様が出てきてたんです。「ワオー!」って僕たちは興奮しちゃって。「これは音でも映像でもあるぞ!」って言ってね。それで、オーディオミキサーのEQのつまみを回したら音だけでなく映像も連動して変化するし、同じようにビデオミキサーのエフェクト機能で映像を変えると音も変化するもんだから、「これこれ!これじゃん!これやろう!」ってなったんですよ。
木下 熱い!熱いよ!その時の二人の興奮が伝わってくるね。
坂本 ビデオミキサーを中村君、オーディオミキサーを僕が担当しました。当時代々木で「OFF SITE」を運営していた伊東篤宏さんのイベントに誘われたり、他にも色々ライブをやりましたね。
木下 analogicは面白かったし好きだったんだけど、なんか気づいたら解散してたんだよね。なんでやめちゃったの?いきなり解散話ってもなんだけど。
坂本 いえいえ。簡単に言うと、飽きちゃったんです。ミキサーのフィードバック・システムから出力されるもののパターンが大体わかってきちゃって。それと、フィードバック・システムを手放したのは、ヴァンデルヴァイザーの影響も大きいです。見た目の面白さよりも無音だったり構造だったりに興味を持ち始めて、僕たちも音はいらないんじゃないか、光の点滅だけでいいんじゃないか、って思ったんですよ。中村君もライブを観て、「ラドゥ・マルファッティすごい!」「マンフレッド・ウェルダーやばい!」とか言ってましたね。それで実際に、色んな場所に電球を置いて、光の点滅だけでパフォーマンスをやったりしました。analogicが木下さん主催のシリーズ企画「Segments Project」(2008〜)に出演したことあったじゃないですか。
木下 analogicが出演したのは、2009年1月30日、Segments Project vol.2『visual experiment』だね。私が作曲した、2色で時間構造を作り出す「48segments - blue / black - for television」と、複数の色で時間構造を作り出す「colorful segments」という2曲をパフォーマンスしてもらったよね。映像はブラウン管で出力して。
坂本 僕らがちょうどヴァンデルヴァイザーに影響受けた時期だったから、SEGMENTSの時間構造だけを提示するってコンセプトとバッチリ合ってたんですよ。
木下 そうだったんだ、二人がそんなに興味を持ってやってくれてたって印象はその時はなかったけど(笑)。それはもっと言ってよ(笑)。analogicの活動は他にはどんなことをやったの?
坂本 analogicはフィードバック・システムを使って、他のミュージシャンとのコラボレーションもよくやってました。「death-logic」という名義でドラムの進揚一郎さんとユニットを組んだり、ギターの大島輝之さん達ともよく共演しました。彼らの音をanalogicのオーディオミキサーにぶち込んで。
木下 みんなanalogicが好きだったもんなー。坂本君はコラボレーションについてどう思ってたの?
坂本 傍観者ですね。こっちが何もしなくてもミュージシャンの音がトリガーになって映像が変わるので。もちろんエフェクトやEQをいじれば映像も変化しますけど。こういう音や映像を出したいっていじってるわけでもないですし。
木下 観察者になって結果を受け入れるってことね。そこはケージと似てるね。
坂本 似てるかどうかはわかんないですが、ミュージシャンが出す音やタイミングで映像が変化するから、飽きることはなかったです。
木下 まだコラボしてる方がマシだった?
坂本 ですね。analogicの活動終盤には大城真君も参加してたんです。その後、真相はよくわからないんだけど、中村君が活動自体をやめることになって。ミキサーもいらないから僕にあげるって言って。実は僕もその頃、loop-lineに出入りする権威主義的な連中にかなり気が滅入ってしまって……。
木下 人間不信。坂口征二だね。
坂本 それが原因で人間社会の価値観がすごい嫌になってしまって、数学とか存在論とかに興味を持つようになったんです。大学で神話学を学んでたから、そこは繋がってるとは思うんですよ。形而上学的なものに対する興味はもともとあったから。それでanalogicの活動を終えて、プロジェクターを使ったソロ・パフォーマンスを始めるようになるんです。
木下 お、では#04は坂本君のソロ・パフォーマンスの話から始めようか。