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ニュートンの知られざるダークサイド2~闘争編~

ニュートンのダークサイドその1はこちら

最初に断っておくと、ニュートンは争いが嫌いでした。

私は、論争を起こしかねないような事柄に関してペンをとることには、成人したあらゆる人間のうちで最も尻込みする者です。
(ニュートンが友人に宛てた手紙より)

人からの批判にとてもナイーブなニュートン(だからロクに発表もしなかった)。そのニュートンを、もしも公の場に引きずり出し、攻撃したらどうなるか? 答えは…

ものすごい執念で、完膚なきまでに叩き潰される!!

Case#1. ロバート・フック(王立協会事務局長)

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フックは、学会にデビューしたての新人ニュートンの論文をいきなり批判し、発表嫌いにさせた張本人。
学会の実験主任として、顕微鏡や望遠鏡を制作するほか、ロンドン再建にも携わるなど、イングランドのレオナルドと言われるほど様々な業績を立てた人らしいのですが、その実績と肖像画をニュートンに消され、歴史からしばらくの間忘れ去られました…(プリンキピアの第2版、第3版からも名前が消された)

Case#2. フラムスティード(初代グリニッジ天文台長)

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もともとニュートンとは尊敬し合う仲だったのに、これで決定的に決別しました。
データが自分の理論に合わず、被害妄想を抱くニュートン。しかし実際は地球と月の関係はニュートンが考えたより複雑で、決してフラムスティードのデータが不完全ではなかったようです。(フラムスティードも、プリンキピアの第2版、第3版からも名前が消されました。ニュートン先生、分かりやすい...w)

このときフラムスティードが自費出版した本がこちら。その後1世紀近く使われたそうです。報われて良かった…。

Case#3. ライプニッツ(ドイツの哲学&数学者)

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ライプニッツが微分積分を発見したと公表したとき、ニュートンはそれより20年以上も昔に、微分積分(ニュートンの言う流率法)を発見していたのに例によって公表していませんでした。。

当然面白くないニュートンですが、本人は静観しており、論争はニュートン信者が、ライプニッツを批判する形で始まったようです。しかし、蓋を開けてみると、実はニュートンが裏で文章の下書きをしていた(!)そしてキールが書いた事にして、何食わぬ顔で見物していたという。。。ライプニッツは自分が本当は誰と戦っているのか、途中まで気づいていなかったようです。

この論争の決着、本人たちの死後も続いており、調べてみたのですが結局どうなったのかよくわからず...ただ、今はライプニッツの記号法が使われています(∫ ←インテグラル)。ニュートン先生のは、丸をつけただけで、分かりにくかったらしいw

この論争、英国 vs 欧州大陸にまで発展し、その後長い間、イギリスと大陸の関係が悪くなってしまったようです。他の学者にはいい迷惑...(_ _;)

闘う男は、赤に囲まれていた

論争嫌いなはずのニュートンが、晩年やたら怒りっぽいのは、インテリアのせいという説。なんですかこの真っ赤な家は…w

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おわりに

ニュートン先生、容赦ない。。。しかし、色々読んだ結果、ある共通点が。それは、「必ず相手から攻撃を仕掛けてきている」こと。

争いが嫌いな眠れる獅子を、わざわざ起こしてしまった結果、起きた悲劇。相手に必死に噛みつくニュートンにも、弱さが垣間見える気がしました。(でもどっちにしても面倒くさい!)

闘争編は、人間的な一面が垣間見えて面白いものの、これが続くと、書くのも読むのも結構ヘビーですね...(^^;) (読んで心が疲れた方は、是非別の綺麗な話をお読み下さい!)

私も、この孤独な科学者について、何かしら救いのある話が書きたくなり、twitterでちょこっと上げているので、そのうちnoteにもupします!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

<参考文献>
ニュートンの海―万物の真理を求めて
専制君主ニュートン―抑圧された科学的発見
ニュートンに消された男 ロバート・フック

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