劇伴音楽の作り方実践編④ニュートラルサス編【動画解説あり】

こんにちは。
作曲家の天休です。

今回はサスシリーズが続いてしまっていますが、「ニュートラルサス」編です。

劇伴音楽を作り始めて間もない方が結構つまずきやすいジャンルなので、しっかりと解説していこうと思います!

まだ劇伴音楽の作り方を呼んでいない方は、先にそちらをお読みください!

1.おすすめの「ニュートラルサス」

「ニュートラルサス」は雰囲気を掴むのがとても難しいので、参考曲から聴いていきたいと思います。

まずはニュートラルサスの巨匠、トーマスニューマンの超名盤「American Beauty」から1曲目「Dead Already」

このアルバムは以前僕がツイートした「劇伴作曲家を目指すならこれだけは聴いておけ」の中にも入れました。

後半は若干趣味が入っていますが、おそらくどの作曲家に訊いても「American Beauty」だけは入ってくると思います。
それくらい超名盤です。

何がそんなにすごいのかというと、「American Beauty」にしかない独特の雰囲気があるためです。
なので、監督やプロデューサーが「American Beauty」を参考曲として挙げることがとても多いのです。
しかもアルバムに収録されている曲、全曲です。
監督に「"American Beauty"みたいな曲」を依頼されたら、「はいはい、あの感じね」といってサッと作れるようにならないといけません。

さてその1曲目「Dead Already」ですが、この曲が一体何回参考曲として提示されたことか……笑
これこそまさにサスペンスとニュートラルの中間「ニュートラルサス」です。

いかがでしょうか?
日常にしては暗すぎる。
ニュートラルしては感情が入りすぎている。
サスペンスにしては明るすぎる。
しかし、映像に合わせるとバチっとハマっている。
これがニュートラルサスの魅力です。

とある方はこんな風に表現していました。
「いつの間にか曲が始まっていて、それがキャラクターの雰囲気をうっすらとまとわせている。決して心情や表情を直接描写するのではなく、そのシーンの雰囲気をうっすらと混ぜるのだ」

「Dead Already」もそんな雰囲気をまとった曲です。
別になんてことない日常、でも何かが起こりそうな雰囲気をまとっている。
冒頭のマリンバも、中盤のベースも、どことなく不思議な雰囲気をまとっている。
この感じを把握してみましょう。

3曲目「拒否の力」もめちゃくちゃ頻繁に参考曲として挙がります。
これもニュートラルサスですが、「Dead Already」よりもややサス感が強いですね。
ベースの音色がぶっとくてカッコいいです。

8曲目「American Beauty」もニュートラルサスです。
これが一番典型的なニュートラルサスかもしれません。
長調とも短調とも言えないような雰囲気、哀しみにしては明るすぎるし心情にしては暗すぎる。
かといって回想にしてはニュートラルすぎるし、サスペンスには聴こえない。
この微妙な雰囲気、なんとなく分かりますでしょうか?

ちなみに「American Beauty」は映画音楽のドキュメンタリー映画「すばらしき映画音楽たち」でも特集されています。

これだけだと雰囲気が分からないと思いますので、別の参考曲も見ていきましょう。

同じくトーマス・ニューマンの映画「The Help」より「Mississippi」

また絶妙な雰囲気ですね。
サスペンスでもなければニュートラルでもない。
何か心情を表現しているわけではなく、そのシーンの雰囲気を描写している感じです。

ちなみにその次の曲「Heart Palpitations」は「Dead Already」に雰囲気は似ていますが、こちらは日常寄りですね。
「Dead Already」に比べて明らかに長調であることが分かるのがポイントです。
逆に言えば、ニュートラルサスは調性をぼやかすことがポイントとなってきます。

次はフランスの大家アレクサンドル・デスプラ「COCO Before CHANEL」より1曲目「L'abandon」

これも美しいニュートラルサスですね。
冒頭のピアノのメロディ、AmなのかFM7の転回系なのか……?
そのどっちつかずの感じが、まさしくニュートラルサスです。
デスプラのフランスらしい女性的な和声、楽器使いが映える1曲です。

日本の劇伴の曲も見ていきましょう。

まずは佐藤直紀さんのアニメ「もやしもん」のサウンドトラックより「樹研究所」

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1-%E3%82%82%E3%82%84%E3%81%97%E3%82%82%E3%82%93-%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF-TV%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9/dp/B000WPD2VC

もう完全に「Dead Already」の影響受けてるでしょ笑
こういう「American Beauty」に影響を受けたっぽい曲は探せばいくらでも出てきます。
テンポ早いですが、ニュートラルサスです。

「Dead Already」との違いは、日本の劇伴に使いやすいよう、編集しやすくなっている点です。
構成や編集ポイントが分かりやすいので、参考にしてみると良いかも知れません。

もう1曲、またまた佐藤直紀さん「シムソンズ」より「Roll Out」

こちらはバンド形式で、アンニュイなニュートラルサスです。
これよりも心情が入ってしまうと、回想や哀しみにカテゴライズされそうです。
ちなみにこのサントラの1曲目「8 Ender」もやや「American Beauty」に似ていますが、分類的には行動になるかと思います。
テンポ感や、情緒的なバイオリンがニュートラルサスっぽくないためです。
どこからどこまでがニュートラルサスになるのか分析しながらサントラを聴くのも面白いですよ!

***

いかがだったでしょうか?
なんとなく雰囲気はつかめましたか?

ちなみにニュートラルサスの参考曲を探すなら、アニメよりもドラマや実写映画のサントラがオススメです
以前にも書きましたが、アニメは実写よりも情報量が少ないため、音楽で情報を強調する場合が多いです。
なので、アニメだとニュートラルサスのような微妙な雰囲気の曲は使いづらくなってしまうのです。

「ニュートラルサス」はそのどっちつかずの雰囲気から、割とどんなシーンにも合いやすいです。
乱暴な言い方をすれば、選曲家さんが付ける曲に困ったときに使いやすい曲でもあります。
なので、監督からの要望が無くても、1曲くらい作って提出しておくと選曲家さんが使いやすいと思いますのでオススメです。

2.ニュートラルサスを作るコツ

いろいろニュートラルサスを見てきましたが、「じゃあ具体的にどうやって作ればいいのよ?」と思った方もいらっしゃると思いますので、個人的に意識している具体的な手法についてご紹介します。

a.主和音の第3音を使わない
主和音は1度の和音ことです。
すなわち、CメジャーキーならCコード、AマイナーキーならAmコードです。
これの第3音を使わないようにします。
第3音はその調性がメジャーかマイナーかを決める重要な音です。
これをあえて使わないようにすることで、調性をぼかします
第3音を使わずに空虚五度を使っても良いですし、sus2やsus4などでぼかすことも可能です。
個人的にはsus2を使うことが多いです。

b.ドミナントの和音を使わない
普通に音楽を作っていたらまず考えられないことです。
ドミナントの和音はいわゆる5度の和音です。
CメジャーキーでいうところのGコード、AマイナーキーでいうところのEコードです。
ドミナントやドッペルドミナントは、解決した和音の明るさや暗さを強調する働きがあります。
なので、それを使わないようにすることで調性をぼかすのです。
ジャズでよくあるようなII→V→Iなんてもってのほかです。

c.4度堆積、5度堆積和音を使う
これも調性をぼかすテクニックです。
通常の和音は音を3度ずつ重ねていきますが、これを4度や5度にする手法です。
これについてはSoundQuestさんの記事が素晴らしいのでそちらをリンクさせていただきます↓

和風の音楽によくみられるアプローチですね。
やや古い本ですが坊田寿真著「日本旋律と和声」新日本和声という名称で使い方が詳しく取り上げられています。
それ以外にも日本旋律についてかなり詳しく書かれていますので、和風な曲を作る方にはオススメです。

https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%97%8B%E5%BE%8B%E3%81%A8%E5%92%8C%E5%A3%B0-1966%E5%B9%B4-%E5%9D%8A%E7%94%B0-%E5%AF%BF%E7%9C%9F/dp/B000JAB2EE

ちなみに4度堆積は久石譲さんもよく用いるテクニックですので、久石譲さんのスコアを分析するのもオススメです。

d.モーダルなアプローチ
これは教会旋法や、5音音階などを使うアプローチです。
こういった民族的な旋法を使うことでも調性をぼやかすことができます。
ただ、5音音階に頼りすぎると、途端に和風になってしまったり、ドリアン旋法だとケルト音楽っぽくなってしまったりするので注意が必要です。
オススメはそれらを混ぜることです。
僕はドリアン旋法の第3音を使わない音階をよく使います。
5音音階とドリアン旋法を混ぜたような使い方ですね。
そうすることでどっちかの印象に寄らないようにしています。

3.制作例

さてここからは僕が実際に制作した「ニュートラルサス」を解説しながら、具体的にどのように作っていくのか、どのような音源が必要なのか、動画で解説していきます。

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