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佐野テンパ恋愛物語〜その心に触れて〜第1シーズン 第1話

今、podcastスタンダップコメディ第5位の
「売れない若手芸人の現状ラジオ」で
話題沸騰中のトーク企画「佐野テンパ恋愛物語〜その心に触れて〜」がネット小説になりました!!

プロローグ

僕は久しぶりに惰性で起きた。
自然に目が覚めるのがこんなに気持ちいいとは。

週に6回バイトをし、月に7回ほど、
浅草漫才協会で漫才を修行し、
週に1回は4時間ほどラジオを収録してる。
売れないながらも時間で管理されてる
日々。
毎朝、無慈悲に鳴るアラームで起きる。
寝坊は許されない。

僕は口ではお笑い芸人と言ってるが、
実際はアルバイトで割いてる時間の方が
多い。
この時間が全てお笑いに使えたら。
そう思いながら惰性で働き、
居心地が悪いバイト先。
あの子の心に触れるまでは。


もう朝か。
先程までの出来事が嘘のようだ。
隣ではスースーと一定のリズムで寝息を立てていて、それを聞いていて心地いいと感じた。
僕は戦った。
異性同士会えば行う行為はただ欲望を
満たし、お互いの命をたらしめるためだけの
ものだと思った。
でも違った。
彼女にとってのその行為は、
主導権を握り相手の心理を司るだけの
合理だった。
その合理との戦い。
ただ、少しは彼女の事を知れたのかも知れない。

「佐野くんはこんなもんじゃないよね?」

第1話 雪解け

「おはようございます。
何か引継ぎありますか?」

これがその女の子との唯一の会話だった。
そこは24時間営業のバイト先で、
僕が日勤でその子は夜勤だ。
僕は24歳になる。その子は僕の2個下。

僕が中学3年生の時はその子は中学1年生。
僕が高校2年生の時はその子は中学3年生。
そう。.............僕の2個下だ。


正直、その子は可愛いし引継ぎする時、
緊張する。
別に僕自身、恋愛経験をしたことないわけでは
ない。
緊張するけど好きな人には好きだと告白できるし、体を重ねたことだってある。
女の子の家に歯ブラシ置く時、
色違いだけでは間違って女の子に使われてしまいお互いちょっと嫌な気持ちに可能性も
あるから、
根本的に形が違う歯ブラシを置く必要があるってことも知ってる。

だから、別に女の子と話すこと自体も
緊張はするが苦ではない。
でも引継ぎ以外で、
会話したことはほぼほぼない。
心が読めないのだ。

特別に暗いわけではないが、
明るくはない。
それがその子の第1印象だった。
たまに隠れて休憩室で泣いてるのも
見たことある。
大丈夫かな?って思うが、
その心にどう触れていいかが分からない。

下心でも恋心でもなく、
その寂しさの1番近くにいたい。
悲しんでる人がいるとそう思ってしまう。
それが僕がお笑い芸人をやってる意味なのかも
しれない。
そう思うだけで何も起こらない日々が
続いたが、
ひょんなことでいきなり物語は進む。
それはある朝のこと。

チリチリチリチリチリ。
無慈悲なアラームで起きた。
朝7時20分か。

朝7時20分!?
その日は朝8時出勤で、
家からそのバイト先までどう頑張っても1時間かかる。
一瞬頑張れば間に合うかな?って思うが、
5秒後には間に合わないことに気づき、
急いでお店に連絡する。

「すっ、すっ、すみません。
 えっ、あっ、お疲れ様です。
 さ、佐野です。
  おっ、えっ、今起きて到着するのが、
 8時30分になります。
 ご、すみません。」
そう言うと画面が笑った。
「そんな焦らなくていいのに。
 いいよ。私が30分残るから。」
新鮮だった。

いつも強張っていた口調が柔らかくなると、
こんなに人間らしさが出るものなのか。
てか、急にタメ口!?
とも思ったが、寝坊してるので、
そこはどうでもいい。
歯医者さんに怒られるような歯磨きの仕方で
急いで歯を磨き、
美容師が見たら顔が青ざめるような
ヘアセットをし、
出発。
家から駅までは短距離走。
そして電車というインターバルを挟み、
駅からバイト先までまた短距離走。
ただ本当はダメだが、コンビニに寄った。

普通にお腹が減った。
あと、純粋にコーヒーが飲みたい。
コーヒーとメロンパンとクロワッサンを
抱え、レジで並んでた時に、
これだけを買ってバイト先に行ったら、
ブラックコーヒーメロンパンマンって
あだ名がつくかもしれない。
急いでお礼のあったかいココアを買った。

バイト先に着くと、
真っ先にその子が僕の元に来た。
「もう佐野くんはお寝坊さんなんだから。」

ん?お寝坊さんってなに?
なんか僕のおばあちゃんが言ってた気がする。
とも思ったが、とりあえずお礼のあったかいココアをあげた。

「えっ、そんなんいいのに〜。
 大事に飲ませていただきます。」

そう言われると僕も嬉しい。
ちょっと何かを喋って言葉を交わしたいと
思った僕は、
「そのあったかさ、勤務終わって
 飲む頃には冷たくなってるかもしれないよ。
 だから、今のうちにその温もり体感して。」

笑ってくれた。

ちなみにこのくだりを相方の三木ふとしに
言ったら、不評だった。

朝8時30分出勤し、その日は20時までで、
20時から夜勤のその女の子が出勤して
入れ違いになる。
こんだけ話したら、
引継ぎだけの会話じゃなく、
色んな会話が出来る。
そんな期待をし感謝の気持ちを伝えて
眠そうにその子はお店を出た。

そして、20時。
僕ともう1人、その夜勤の女の子のことに
想いを寄せてる男の子と働いてる時に、
その子が出勤してきた。


え?泣いてる?
すかさずもう1人働いてる男の子が
下心剥き出しで大丈夫と駆け寄る。
しかし、その子は何も聞こえなかったかのように僕の方に来た。
その光景を見て言葉を失っていると、
その子は泣きながら僕の顔を見て、
「佐野さんの......あったかかったよ。
 佐野さんの.......良かったよ。」

それだけ言うと、ちょっと笑って、
休憩室に行ってしまった。


一瞬の出来事で何が起きたかわからなかった。
その子に想いを寄せてる男の子は何故か
僕のことを睨んでる。
ん、あぁ、ココアのことか。
僕が勤務終わって飲む頃には、
冷めてしまってるっていうのに対しての
言葉だったのか。
てっきり、僕のポコのことを言ってると
思った。

ん?

僕のポコのことに対して言ってる?
そうか。その子に想いを寄せてる男の子は
僕とその子が関係を持ったと勘違いしてるのか。
えっ、じゃあ何故あの子は、
わざわざあんな発言をしたのか。
「どう言うことだ!!佐野!!」
と鬼の形相で詰め寄ってくる男の子に、
僕は何も言葉を返さず逃げてしまった。

ただ、逃げた。
夜道を走ってたら妙な息苦しさが
心地よかった。

それが初めてその子の心に触れた日だった。

〜続く〜

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