カタール旅行その5 つつがなく帰国(11/25〜)
◇朝と悪態
最終日、ついに二度寝した。慣れたし朝は眠たい。
この日は観光と帰宅の日。差し迫った時間がないのでダラダラと準備をする。
鍵を返して、ニコニコしているだけで手続きは終わった。
サインひとつ求められない。さくら水産の飲み放題から帰る時の方がもっと色々確認されるはずだ。荷物とか。
なんか、本当に良いんですか?俺が爆弾作っていたらどうするんですか???と言う気持ちになった。
入国審査もザルだったし地下鉄も乗り放題だったりと、ドーハは基本的に人をあまり管理しない。
ただまあ懸念だったチェックアウトもするっと終わり、気分はかなりご機嫌だった。
宿舎の敷地内をうろうろしながら、punpeeの一番好きな曲を歌い踊る動画がスマホに残っている。
かなり恥ずかしいので死んでも人には見せられないし、天気も良くてとても素敵な景色なので死んだら葬式で流して欲しいなと思う。
昨年、祖父の葬儀があった。
祖父は「故人は生前、全力で仕事に邁進し...」と紹介されることで、へらへらとサラリーマンをしている孫たちを震撼させた。
僕も「故人は生前、機嫌が相当良い且つ周りに人がいないときはpunpeeをkickし」とお坊さんに紹介されることで、こいつを弔う必要は無かったなとみんなをがっかりさせたい。
もうこの時期になるとカタールにも完全に慣れてきてしまい、電車の中では東京で一人で過ごすのと同じペースで携帯をいじるようになった。
インターネットを介して見る日本では、ワールドカップの話題で持ちきりだった。
普段からサッカーの話しかしない僕もご多分に漏れずそうなるはずだったのに、僕は殆ど誰ともワールドカップの話をしていない。
現地にまで来ていて、今までで一番距離の近いワールドカップなのに。不思議だなと思う。
本田圭佑が爆ウケていて、そこだけは本当に最悪だったので、ほとほと現場に居なくてよかったと思う。
近年の本田圭佑はサッカー選手としての偉大さと比較して、あまりにつまらなすぎる。とにかく、普通のことしか言わない。
かつて憧れていた選手がスターを降りてしまっているのは、とても寂しい事だ。
◇ラスト観光
荷物を預けられないか確認するために空港に向かってはみたものの、はちゃめちゃに混み合った民間の預かり屋がひとつあるのみだったのですごすごと退散する。
乗り遅れたら一大事なので、国際線乗り場も少し下見した。
その後、昼食代わりに路面のカフェで信じられないほど甘いチョコレートかけチーズケーキを食べ、スークと言う市場にお土産を買いに行った。そこで時間が合えば友人とも落ち合う予定だった。
それにしても言葉に自信が無いと、手前の棚に入っている欲望しか口に出せなくなる
カフェでも本当は、
①チーズケーキが食べたくて②チョコレートもかかっていると嬉しく③甘すぎると厳しいのでなるべくビター目で④半分くらいかけたくて⑤サイズもなるべく小さいほうが良かったのに、僕が口に出せたのは②までだった。
店員さんは明らかに良くしてくれていて、チーズケーキをかなり大きいサイズにカットし、たっぷりのミルクチョコレートをかけてくれた。
それはほとんど小さな子供に対しての対応で、ありがたく感じつつも、飽きてきた。
辛くてもいいから手応えのある受け答えがしたい。そろそろ仕事での最悪のコミニュケーションも、取りたいなと思うようになってきた。
日本語を浴びたいと思い、お笑いのチケットを予約した。
スークは賑わっていて、金のポコチンも生えていた。お店もどこも綺麗だ
治安はよく、呼び込みも押し売りもなかった。
それはマナーが良いと言うよりかは、無関心に近い温度感だった。この期間中、現地の人からは常に冷めているような印象を受けた。
お土産を見て回って、自分用にもターバン的なものを買った。本当は全身の民族衣装も欲しかったのだけど、さすがに帰国後のゴミになり過ぎてしまうと思ったので我慢した。
もう28歳だ。
最後の1時間で友人と合流した。
見知らぬ国の待ち合わせはとにかく難しく(視界が全て中東っぽい建物なので何を目印にして良いかわからない)、会えた時にはかなりホッとした。
しばらく1人で動いていたので、誰かと歩けるとこんなにも安心するんだなと思った。
◇サラバ!
空港に着いた瞬間に目当てにしていたキオスクに寄って、会社やお客さん宛のお土産を買い込む。開けていたスーツケースの片側にピッタリ収まった。素晴らしい。
素晴らしい計画性で買い込んだジンジャー味のチョコレートやデーツのお菓子は、驚く事に日本でかなり不評だった。
カタールまで行ったお土産が、不評なんて事があるのかよ。
荷物を詰め直し、1ページも読まなかった中東版地球の歩き方を捨ててチェックインに向かう。
ここでも手続きはとてもおおらかで、すぐに出国ラウンジに入る事ができた。
飛行機を待ちながら、旅行の事を振り返っていた。
コミュニケーションが出来ない時間が長かったからか、少し暗いことばかり考えていた。
言葉が伝わらなくても、文脈や体でもっとコミュニケーションが取れるのではないかと、高をくくっていたのだけれども、総じて本当に難しかった。
やっぱりもっと英語を勉強してから来たらよかったなと思う。
聞き取る事はなんとか出来るのだけれど、とにかく話せない。周りは皆親切に話しかけてくれるのに、お返しができないのがもどかしかった。
最低限話すことを決め打ちして、質問を英語で投げかけられるように考えておくべきだった。
この店のおすすめのメニュー、どの国から来たのか、君の国は勝ったのか負けたのか。
質問が出ないと、コミュニケーションは難しいんだなと改めて感じた。
もう一つ痛感したのは、自己紹介の拙さだった。
僕はカタールの地で、日本の東京から1人で来たこと以外に、自己を表現する言葉を持っていなかった。
僕に話しかけてくれた人たちは、自分はどこからきて何を思っているかをたくさん話してくれた。僕もそうしたかったけど、言葉を持っていなかった。
もっと振り返ると僕は日本にいた時も、自分がどの様な人間かを積極的に周りに示すをことが無かったなと思った。
正直に物事を話さないと、生きていくことは難しいんだなと感じた。その訓練が必要だ。
飛行機に乗り込む直前、Twitterでは季節の変わり目を感じるスリムクラブ内間botが冬の訪れを告げていた。外はすっかり寒くなってもう冬なんだ、楽しみだな。
◇帰宅!
旅行慣れしているわけではないのに、2度目ってだけで帰りの行程はとてもスムーズだった。
イスタンブールでの2時間のトランジットも、両替屋と喧嘩をしてハンバーガーを食べたら一瞬だった。
飛行機では音楽も読書も睡眠も全て諦めて、ひたすらにポケモンと気絶のような睡眠を繰り返す事で10時間超のフライトを乗り切った。
飲み会帰りの中央線と同じくやり口だ。たかが移動に多くを求めてはいけない。
ポケモンは相当な時間をかけたのにストーリーの半分も進まなかったので、帰国してからじっくりクリアした。
羽田空港に帰ってくると、職員の方が皆マスクをしていて帰国を感じる。1年半、特に違和感もなくつけていたマスクだったけど、6日間外して改めてつけ直すとかなり煩わしかった。
東京は空気がからりとしていて、内間が言うほど寒くはなかった。そした不思議なことに、あんなに飲みたかったはずのビールが今はあまり飲みたくない。
食べたいものも思いつかなかったので、富士そばでかけそばだけそそくさと食べて家に帰った。
行きのドタバタとは打って変わって、カタールからの帰りは、本当に、ただただ筒がなく帰宅しただけだった。
久しぶりに帰ってきた自宅はとても狭く感じた。
雑な感想だけど、総じて楽しい旅行だった。そしてともかく生活を頑張るぞ!と思った。
◇そんな決意とは裏腹に半年近く呆然と過ごしてしまって、運動せずに食べ飲みを繰り返していたらかなり太ってしまった。
この日記も書きかけでずっと放置していたのだけど、2週間前から運動を再開したと同時に元気になってきたので、拙くともとりあえず最後まで書き終えることが出来た。
毎日ダラダラ過ごしている時は半年書けなかったものが、月100kmペースで走りながらだと1週間で書けてしまうのだから不思議だ。
マジで毎日ジムに行くぞ!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?