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高齢化団地で「2040年の介護危機」を先取り解決

(この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年8月9日掲載の記事です 無断転載を禁じます)

高度経済成長時代、都市部で就職した地方出身の人たちの多くが家庭を持ち、首都圏の集合住宅、いわゆる「団地」に住んだ。現在その団地の多くが、住民の高齢化や1人暮らしの増加などの課題に直面している。団地は「日本社会の課題を先取りした場所」ともいえる。団地の課題解決は、日本社会が抱える課題解決にもつながる。団地の空き室を活用し、新たな地域コミュニティーを作る試みを取材した。

団地の「部屋」に居宅介護事業所

JR東海道線辻堂駅(神奈川県藤沢市)からバスで北に十数分の郊外に、介護事業所「ぐるんとびー」が入居する独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)の団地「湘南ライフタウンパークサイド駒寄」(239戸)がある。

「ぐるんとびー」は2015年、理学療法士の菅原健介さん(29)が開いた。小規模多機能型の居宅介護事業所で、通所介護と訪問介護、宿泊(ショートステイ)の三つのサービスを提供している。

事業所は、団地6階3LDK(93平方メートル)の部屋だ。団地の住民らが利用者として出入りし、おしゃべりをしたり、テレビを見たり、ベッドで眠っていたりする。それぞれが自由に時間を過ごしている。

ベランダには洗濯物がはためく。筆者が訪ねた日は天気がよく、昼食を団地の前にある公園でお花見にしようと、いなりずし作りが始まった。手伝い始める利用者もいる。他の人が飲むお茶を用意したり、台所で洗い物を始めたりする人もいる。誰がスタッフで誰が利用者かよく分からなくなる。利用者の多くは認知症を患っているという。

いなりずしができると、ある女性は「ちょっと寒いから上着を取ってくる」と言って部屋を出ていった。「家で食べるからよろしくね」と自宅に戻る女性もいた。2人とも団地内で暮らす。こうした利便性にひかれ、「ぐるんとびー」を利用するために団地に引っ越してきた人が10人ほどいる。

利用者が、同じ団地で暮らす住民同士であることが「ぐるんとびー」の特色だ。団地住民の輪の中心に事業所があるというイメージ。菅原さん自身も家族とともにも団地の5階で暮らし、29人のスタッフのうち4人が団地に移り住んだ。職住接近なので非常時には緊急対応もできる。事業所を中心とする地域コミュニティーが新たに生まれたともいえる。

設立のきっかけは東日本大震災

菅原さんが地域コミュニティーを軸にした活動に関心を持ったのは、東日本大震災がきっかけだった。神奈川県内の病院で働いていた菅原さんは、ボランティアコーディネーターとして8カ月間、津波の被害を受けた宮城県石巻市や気仙沼市で活動した。そこでは、高齢者や子どもなど、年齢で支援内容が分断されていると感じたという。

特に高齢者は体の不自由さや病気から人付き合いが減り、もともと所属していたコミュニティーから離れてしまうことが多い。日ごろのつながりがなければ、いざというときの助け合いも難しい。菅原さんは「自立生活をサポートできれば、年を取ってもコミュニティーとの関係を保てるのではないか」と考えた。

「ぐるんとびー」開設前の12年9月、菅原さんはJR藤沢駅前のマンション一室を使って、小規模多機能型居宅介護事業所「絆」を開いた。マンションには、子どもを持つ共働き世帯が多く暮らしていて、子どもを一時的に絆に預ける人もいるなど、子どもと高齢者が自然と交流する場所になった。

絆を運営する中で課題が見えてきた。それは低所得者の介護の問題だった。特別養護老人ホームは民間の有料老人ホームに比べて費用が安いが、入所待機者であふれている。都市部は地価が高く、新たに特養を建てることも難しい。そこで、高齢化が進む「団地」活用を思いついた。

団地の中に小規模多機能施設を開き、住人に利用してもらえば生活が継続でき、空き住戸問題も解決する。また介護施設が暮らしの中にあれば、最後まで安心して地域で暮らせる。一から建設することもないので開設費用を安く抑えられる。

URや団地自治会と話し合いを重ね、開設にこぎつけた。菅原さんは団地自治会の役員を務め、自らも積極的に地域と関わる。

さらに、菅原さんは来年1月、看護小規模多機能型の施設も近くに開設する予定だ。街づくりを主な活動とするNPO法人設立も考えている。「高齢者を支えながらの街づくり」を、さらに加速させるつもりだ。

UR団地にサービス高齢者住宅も

東京都日野市では、UR都市機構の団地を活用して高齢者向け住宅が整備された。高齢者向け住宅を運営する株式会社「コミュニティネット」が、団地「多摩平の森」の2棟を借り受け、全室をリフォームし「ゆいま~る多摩平の森」としてサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を運営している。

コミュニティネットが運営する高齢者向け住宅は、大阪市や名古屋市など、オープン予定を含めて全国13カ所。「多世代が共生する地域コミュニティーの拠点」を掲げるのが特色だ。「ゆいま~る多摩平の森」は4階建ての団地。2棟に全63戸がある。11年10月に開設した。

もともとは1958(昭和33)年完成の「多摩平団地」(日本住宅公団)。エレベーターはなかったが、改修時に新設。1階に小規模多機能の介護事務所を置き、住民の交流スペースとして利用可能な食堂も併設した。食堂は誰でも利用できるため、乳幼児を連れて訪れる人もいる。同じ団地内には若者向けシェアハウスや菜園付き住宅もあり、ゆいま~るの居住者も参加する交流イベントも開かれる。

居住者の平均年齢は83歳。コーラスやハンドベル、草花を育てる会などサークル活動も活発だ。居住者同士で助け合おうと、買い物同行などちょっとした頼まれごとを1時間500円で請け負う「ちょこっと仕事の会」も誕生した。

会で活動する細井信子さん(68)は、以前は近所のマンションで暮らしていたが、夫が亡くなったあと、移り住んだ。地域のボランティア活動にも参加する細井さんは「家族のようなお付き合いもでき、独りぼっちではないと感じています。亡くなるまでお世話になりたい」と話していた。

14年12月オープンの「ゆいま~る高島平」(東京都板橋区、42戸)は、築40年のUR都市機構の団地内にある空き室を利用したサ高住だ。居室はまとまった場所になく団地内に分散している。同じ棟内でも階数が違ったり、隣り合っていなかったりする。

スタッフは、別棟の1階空き店舗を改修した事務所に常駐し、食事会やジャズ演奏会なども催して、利用者と他の住民との交流を促している。利用者の安否確認は警備会社の機器を利用。介護や医療が必要なら、入居者が個別に介護事業者や医師と契約する。ゆいま~る多摩平の森ハウス長の清水敦子さんは「団地はすでに街ができていて、買い物や通院などいろいろな面で便利。その特性を生かしたい」と話す。

国土交通省が18年度に実施した調査によると、5ヘクタール以上の大規模な住宅団地は全国に約3000カ所ある。その約半数は東京、大阪、名古屋の3大都市圏に立地。入居開始後30年以上経過した団地が約1300カ所あり、40年には30年以上経過した団地で高齢化率が40%を超えると予想されている。

高齢化が進み、空き家や空き店舗が増え、人の往来が減ってバス路線を維持できなくなるなど利便性が低下する団地も多い。条件が悪いため若い家族が団地に入居せず、さらに空き家が増える悪循環もある。

いま、団地で起きている問題を解決する道のりは、急速に高齢化する日本社会が抱える課題を解決するヒントになるはずだ。団地で展開される数々の支援の試みは、さらに注目を集めそうだ。

(この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年8月9日掲載の記事です 無断転載を禁じます)

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