「内緒になってないやん、もー」冒頭公開『まつげにかかる灰』
『まつげにかかる灰』
作:和田見慎太郎
〇登場人物
山口透
山口優子·····透の母
山口茜·····透の妻
宮下洋司·····優子の弟
須賀節司·····エウタナシア協会の委員
舞台上にはベッド、そしてその周りに椅子があるスペースとリビング。
事務所などになる机が置いてあるスペースがある。上手奥がキッチン、下手奥に廊下。
下手前には玄関がある。
シーン1
優子の家。優子がベッドに寝ている。そこに透、茜、洋司が入ってくる。
優子 「おはよう」
透 「かぁさん、おはよう。起きる?」
優子 (うなずく)
透、宮下洋司が入ってくる。
茜がおかゆを持ってくる。
優子 「今何日目?」
透 「3日目」
優子 「そう…」
透 「苦しくない?」
優子 「夢をたくさん見てる」
透 「どんな?」
優子 「ジャムが私をなでる夢」
茜 「ジャム?」
洋司 「昔家で飼ってた猫」
優子 「気持ちいいっていったらジャムが秘密だよってランドセルみせてくるの」
洋司 「ランドセル?」
優子 「うん、だからありがとうって」
透 「須賀さん今いないからすこし待ってくれる?」
優子 (うなずく)
洋司 「おなかはどう?しんどいか」
優子 「なんもわからない」
洋司 「ならよかった」
茜 「おかぁさん、体ふいちゃいましょうかね」
優子 (うなずく)
洋司 「今骨とかもだいぶ弱ってるはずやから慎重 にな」
茜 「はい」
洋司 「おむつもかえるやろ」
茜 「おかぁさんどうですか」
優子 「どうやろなぁ」
透 「かぁさん、自分で自分のお世話するんやろ」
優子 「いじわるやな」
茜 「ねぇおかぁさん」
洋司 「寝てる優子ねぇにもいたずらしとったで」
透 「してないよ」
洋司 「じゃあちょっと見ててくれるか」
茜 「私もいきます」
透 「見とくわ」
洋司 「すぐ戻ってくるから逃げたらあかんで」
優子 「ありがとうね」
二人が準備をしにほかの部屋に行く。
優子 「夢みたいやな」
間
透 「ご飯はどうする?」
優子 「そやなぁ…」
透 「食べないんやったら俺がかわりにぐずぐずのおかゆさん食べなあかん」
優子 「みせて」
透 「なに?」
優子 「あんたがおかゆさん食べるとこ見せて」
透 「じゃ食べへん?」
優子 「うん」
透 「じゃあおいしそうに食べたるから。ほしくなってもしらんで」
優子 「えぇよ」
透 「じゃいただきます」
透がおかゆをゆっくり食べる。
透 「ぬるいわこれもー」
優子 「温めなさいよ」
透 「熱いのおかんは苦手やろ」
優子 「食べもんは冷たいのが一番おいしい」
透 「それだいぶ変わってるけどな」
優子 「お酒も」
間
透 「な、ちょっと飲む?」
優子 「あかんやろ」
透 「ちょっと口付けるだけ。な?」
優子 「…無理やり飲まされたら抵抗できひんからな」
透 「にやけてるよ」
優子 「はよせんと二人が戻ってくるで」
透 「うん待ってて」
茜が入ってくる。
茜 「お待たせしました。さぁ気持ちいいお時間ですよ。(背中を拭きながら)おかぁさんの気持ちいところはどこやろかなぁ…?ここ?ここでしょ。ここがかゆいんと違う?」
優子 「全然ちがう」
茜 「(笑いながら)うそやん、気持ちいいって顔してるよ」
優子 「してないよ」
茜 「ほんとかなぁ(おかゆが減ってることに気づく)ねぇたべれたんですかおかゆ」
優子 「透がおなかすいたって食べてもうた」
茜 「えぇ…?もう…。(明るく)なんだ」
優子 「茜さん、なんか焦げ臭いにおいしない?」
茜 「え、しませんよ」
洋司が入ってくる。
洋司 「着替えおいとくで」
茜 「ありがとうございます」
優子 「…。」
洋司 「もう体ふいた?」
茜 「はい」
優子 「あれ、焦げ臭いにおいするなぁ」
洋司 「え?してないよ」
優子 「…してるよ」
茜 「なに、なんかしようとしてます?」
優子 (首をふる)
洋司 「まぁ一応キッチン見に行ってくるわ」
茜 「じゃあお願いします」
優子 「茜さんも見に行ったほうがいいよ」
茜 「やっぱなんかしようとしてるわ」
洋司 「なに?でていってほしくて焦げ臭いとかいうてんの?そんなことあるか?」
茜 「さすがにね」
優子 「…」
洋司 「え、なんかわらってる?わらってるなぁ」
茜 「なんで笑ってるの?」
優子 「わらってないよ」
茜 「うそや」
洋司 「まあでもあんなこてこてのこと言うなんて恥ずかしいことせんわな、一生の恥や一生の。なぁ」
茜 「うん」
優子 「(観念して)透が内緒でお酒持ってきてくれるの」
茜 「それって大丈夫?薬の副作用とか」
洋司 「そやな、あんまよくないけど」
優子 「内緒やからいいの」
透が日本酒をいっぱいコップにいれて出てくる。
透 「内緒になってないやん、もー」
茜 「ねぇ大丈夫なん」
透 「湿らすだけやから」
洋司 「ちょっとだけにしてな」
透が優子に飲ませてやる。
透は自分も少し飲む。
透 「ほんとおいしいなこれ」
茜 「高かったからな」
透 「もう一口?」
優子 「もうえぇ。須賀さんには内緒やで」
インターホンが鳴る。
透 「いったそばから来たな」
洋司 「おれ出てくるわ。タオル片付けとくからお茶の準備してくれるか」
茜 「わかりました」
茜と洋司が去る。
優子 「あんたこれ(お酒)ばれるで」
透 「直してくる、ちょっとまっててな」
優子 「ありがとうな」
透 「うん」
透も去り、舞台上には優子だけになる。
人が終わりに近づく頃に、暖かく笑みがこぼれるシーン。
(制作・本田哲男)