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屋内で声を出す活動の新たな日常に向けて
はじめに
この内容もブログからの移行版で、5月段階で書いたものであることを予めお断りしておきます。事実関係が今では異なる部分については注釈を入れました。
COVID-19について様々な分野で出口戦略が検討される中で、屋内で声を出す活動の再開をどうするか、多くの方々が動向を見守っているところでしょう。最終的には○○連盟的な団体が再会に向けたガイドラインを出して、それに沿って活動を順次再開していくことになると思いますが、今はいろいろな意見があり、なかなか統一的な見解を出す段階に至っていないのかもしれません。私自身、医学の専門家ではありませんし、声の専門家でもありませんし、答えは持っていません。ただ、こんな論点でエビデンスを示していけば、こんな形で再開できるのではないか、という交通整理くらいは頭の体操としてやってみよう、というのが今回の投稿の趣旨です。
現状認識 世界で起きたこと
合唱の練習でクラスター感染が報告されています。日本では岐阜県での小規模なものでしたが、米国・ワシントン州、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ベルリンで数十人規模の感染、しかも参加者の半数以上が感染するという大規模なクラスターが発生しています。ワシントン州の事例は米国のCDC が感染研究として重要として詳細な報告が下記にあります。
様々な分析も始まっているようですが、大きく分けて、合唱練習そのもので感染が広がったという分析と合唱練習以外の社交的接触が主な原因ではないか、という分析があります。海外の状況については下記のブログも参考になります。
残念ながら、このような事実に向き合い、新たな日常を模索していく必要があるのでしょう。
このような大規模クラスターと、日本の専門家会議の特筆すべき発見との関係を整理してみます。感染者の多くは他人に感染させておらず、一部の感染者が多数に感染させることで、感染拡大を左右する再生産数を大きくしているという事実を見出しています。さらに大規模クラスターの事例を分析することで、3密という概念を提唱しました。WHOを含め海外では、social distancingと手洗いの徹底は呼びかけていますが、換気の悪い密室での会話、発声を避けろという呼びかけはあまり一般的ではないようです。(注釈、その後日本の3密は3Csとして世界で共有されるようになり、WHOにも下記の資料があります。)
なぜ換気の悪い密室で感染が起きるのだろうか、というところで、教科書的な飛沫感染とは違うメカニズムを考えるようになったかなと思います。このあたりの事情は、national geographicにわかりやすい説明がありますので、こちらをお読みいただければと思います。
飛沫感染と空気感染
SARSーCoV-2ウィルスの感染経路として接触感染と飛沫感染があり、空気感染はないとされてきました。これは今でもWHOもそう言っていますし、あの岩田先生もそのスタンスです。(注釈、WHOはその後空気感染の可能性除外できない、というスタンスに変わっていますし、米国のCDCもつい最近そのスタンスになりました)(注釈、と書いたそばから、CDCはこの報道発表を否定する声明を出しています、ちょっと混乱気味ですね)
確かに、麻疹の空気感染のようなことは起きていないでしょうし、もしそれが起きていたら今の対策は根本的に見直さないといけないのでしょう。世の中の過剰な反応を避ける意味でも空気感染はない、というスタンスを取り続けたのはある意味理解できます。しかし、飛沫感染と空気感染との中間のようなことが起きているのではないか、という懸念は様々なところで指摘され、3密を避けることの重要性が世界で共有されるとともに空気感染が否定できないというスタンスに変わりつつあります。
雨は降ります、すなわち上から下へ重力により落下します。一方、霧は漂っています。雨と霧との違いは粒の大きさです。粒が大きいと重力が支配的で落下しますが、粒が小さくなると空気抵抗が支配的になって落下速度が遅くなって、直径10ミクロンで落下速度は毎秒3mm、直径数ミクロン程度になるとほとんど漂う状況になります。ゆっくり落下、あるいは漂う状況になると霧です。これと同じように、人の口から出る大きな飛沫は重力により落下しますので、口から出る時の勢いで飛べる距離しか届きません。それがソーシャルディスタンスと呼ばれる1.5mとか2mという距離に相当します。
しかし、数ミクロン程度以下の飛沫核になると、落下せずにしばらく空間を漂います。人間の体温で温められた空気は軽くて上昇しますので、上方に向かうものも少なくないはずです。換気の悪い密室でこのような飛沫核が次々と排出されると飛沫核の濃度が次第に上がっていきます。
感染症の教科書では、麻疹ではこのような飛沫核で感染するが、インフルエンザでは感染しない、ということになっているようです。ただし、病院内での患者の治療措置で高濃度の飛沫核が発生する場合には感染のリスクがあり、これをエアロゾル感染と呼んでいるようです。密室で飛沫核の濃度が高くなると、同じことが発生しうるということだと思います。
福岡に勤務していた時、毎日、天気予報のようにPM2.5の情報があってちょっと驚きましたが、中国等の工業活動により生成されたPM2.5が海を渡って九州に流れてきているのです。PM2.5とはまさに2.5ミクロン以下の大きさのエアロゾルで、飛沫核と同程度の大きさです。PM2.5が健康上懸念されている一つの理由として、この大きさの粒子は気管支を通って肺の奥に届くという特性があります。この観点でもマイクロ飛沫の感染は要警戒なのかもしれません。
新たな日常に向けた論点
まず、合唱練習を換気の悪い密室である程度の時間続けた場合にエアロゾル感染が発生するほどの飛沫核濃度になるのか、これは室内実験でも数値シミュレーションでも確認することはできます。どの程度の濃度だと感染力があるのか、という見極めが難しいのかもしれませんが。これで感染リスクが確認できないようであれば、エアロゾル感染ではなく、飛沫感染や会話、食事会、接触感染でたまたま過半数以上に感染させたという結論になると思います。
もしエアロゾル感染するリスクが高いのであれば、換気をどの程度の基準で実施することで、そのリスクを大きく軽減することができるのか、換気施設、あるいは窓開け等の頻度をどの程度取れば良いのか、というのを飛沫感染や接触感染対策と合わせて再開に向けたガイドラインに入れる必要がありそうです。(注釈、ガイドラインではそのような記述が入っているようです)
さらに、感染力のあるマイクロ飛沫について、マスクがどの程度リスクを軽減できるのか、です。完全に防御することは難しいことはわかりますが、一方で、麻疹と違って新型コロナのエアロゾル感染は濃度が重要であるようなので、8割と9割防御すればそれでリスクは大きく軽減されると考えて良いのではないでしょうか。感染側と被感染側の双方でマスクの有効性を評価が必要かと思います。日本エアロゾル学会では、マスクの隙間が粒子よりも大きいとしても、ブラウン運動等を通じて粒子を補足することができる、という趣旨の声明を出しています。さらに換気をしないとマイクロスケールのエアロゾルはどんどん蓄積されていく趣旨の説明もあります。
再開に向けてはマスクやフェイスシールドの活用が推奨されることになるのでしょうが、飛沫感染だけを考えるのであればフェイスシールドが有効ですし、マイクロ飛沫感染への対策が必要であれば、フェイスシールドは空気の出入りをあまり防御できないでしょうから有効性が低い可能性があります。でもマスクは鬱陶しいし、いつになるかあるいは成功するかわからないワクチンの実用化まで、当面は仕方ないとして、他に選択肢はないのかと思います。
ここからは怪しげな推論を交えた話となりますが、SARSーCoV-2ウィルスは唾液PCRで精度良く検査できると言われています。これは唾液中にウィルスがインフルエンザよりも相対的に多く存在することを示唆しているのかもしれません。このことが逆に発声や会話で感染が起こりやすい要因なのかもしれません。一方では唾液で検査ができることで、医療行為ではなく、体温を図るように気軽に検査ができる可能性を秘めています。もちろん、精度はPCRよりも劣るでしょう。そんな検査意味あるのか、と思われるかもしれません。もし、発症日直前の感染力旺盛な時期、スーパースプレッダーになりかねない時に、豊富なウィルスが唾液中にあるのであれば、それをある程度の精度で自己確認できれば、練習やイベントへの参加を避けるなど、クラスタ発生リスクを低減できると思います。できれば数百円くらいで検査できるような簡便検査キットの開発に期待しています。
ごく少数の感染者が引き起こすクラスターさえ止めれば、感染爆発は防げるという前提からも、感染拡大のキーとなる事象を防止することに重点を移していくべきだろうと思います。普通は多分何も起こらないでしょうが、運が悪いとクラスターを発生してしまう、というロシアンルーレットのような状況を避けたいです。簡便検査の普及、おそらくワクチンよりも技術的には手の届くところにあるはずなので、期待しています。
本題からは外れ、全く願望的な期待なのですが、東アジアでは、BCGや従来型コロナ、あるいは遺伝子の違い等により、欧米のようなことにはならない、という研究結果が積み重なっていくと、新しい日常への階段が低くなり登りやすくなります。生活習慣と人種や地域的な特性もあります。
ここで論点にしたことは、合唱だけでなく、屋内で声を出す、会話する、あるいは深く呼吸する活動の多くに関係することだろうと思います。それぞれの分野でガイドラインの精度を高めていくとともに、このような活動に使われる施設の換気施設の改善が今後進むことも期待したいところです。