林野火災対策と湿度観測

はじめに


アメリカLA近郊での大規模な林野火災の記憶が薄れる間もなく、大船渡の林野火災が大変な状況になってしまいました。被災された皆さまにはお見舞い申し上げるとともに、消火活動や避難活動に対応されている皆さまには敬意を表します。気象庁も貴重な温室効果ガスの観測所である大船渡市綾里の観測が休止してしまいました。
林野火災については、気象との関わりもたびたび指摘されています。実は林野火災対策については、私も気象庁職員として20年ちょっと前に関わったことがあり、その当時を思い出しつつ、今後の参考になればとレビューしてみます。
まず、気象と消防との関係についてですが、消防法の第22条にこんな条文があります。
「気象庁長官、管区気象台長、沖縄気象台長、地方気象台長又は測候所長は、気象の状況が火災の予防上危険であると認めるときは、その状況を直ちにその地を管轄する都道府県知事に通報しなければならない。」
この通報が都道府県から市町村にも伝えられて、それを踏まえて火災警報が発せられる、という法令となっています。気象状況が火災発生の一つの要因になっていることからこのような制度設計になっているものと理解しています。

林野火災対策に向けた取り組み(2003年)


2003年3月、地球温暖化に伴う林野火災増加への対策として、消防庁と林野庁で「林野火災対策に係る調査研究報告書」がとりまとめられています。

http://www.rinya.maff.go.jp/puresu/h15-3gatu/0326kasai2.pdf

このとりまとめには、気象庁からスーパー予報官と呼ばれたI主任予報官(当時)が参加しています。気象要素と林野火災との関係がここでは調査されており、もっとも相関が高いのは実効湿度(木の乾燥と相関が高くなるように過去の湿度も考慮した湿度)であり、「林野火災の発生危険を判断するための指標としては、実効湿度を単独で用いることがシンプルでかつ精度上も問題ないといえる」との記載があります。
一方、この調査報告には、こんな記載もあります。
「火災気象通報は、春先の林野火災多発期には何日も継続することもあり、消防機関等による警戒体制の維持や住民の防火意識の継続に問題があるといえる。また、火災気象通報は火災警報を発令するための支援情報として気象台から発表されるものであるが、火災警報が発令されると住民に対して屋外でのたき火や火入れ等の火気使用制限を伴うことから、多くの日数発令することは現実問題として困難になる。」
そこで、地域や発表日の絞り込みができないか、という要望が気象庁に向けられました。
当時、私はで土砂災害警戒情報の立ち上げに向けて故廣井脩座長のもとで検討会の事務局を担当していました。この検討会の報告書は下記にあります。https://www.jma.go.jp/jma/kishou/chousa/030529houkoku.pdf
気象庁と国土交通省の砂防部で共同事務局だったのですが、避難が重要、ということで消防庁からも委員を出してもらって、時折消防庁にも説明と相談に出かけていました。委員だった消防庁の課長は今は国会議員として活躍されています。
土砂災害の話とともに、消防庁からは上記の林野火災対策についての気象庁への要望がありました。実効湿度を使った火災通報の絞り込みにあたり、困ったことに、湿度の観測はアメダスにはなく、気象官署および旧気象官署のみで実施されていました。土砂災害警戒情報を軌道に乗せるためにも、消防庁の要望を何とか実現できないか、とはいえ、貧乏な気象庁にはアメダスに湿度観測を追加するようなことは無理でした。
そこで無い知恵を振り絞っていろいろと調整してこんな提案となりました。
https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-88/01/sankou1-2.pdf
「報告書の中で示された火災気象通報については、各気象台における一ヶ所の観測値をもとに通報されているため、その対象が基本的に県内全域といった広範囲となり、また春先には通報日数が連続して長期に及ぶなど、運用上の問題点が指摘されています。これらの問題点の解決のため当庁と気象庁で協議を行ったところ、全国各消防本部で得ている観測情報を管轄気象台に提供し、各気象台は多地点の情報を集約し、より実態に則した火災気象通報を発表できる見通しを得、現在その運用について調整を図っています。」
土砂災害警戒情報を図情報として提供する準備を進めていたこともあり、火災気象通報も図情報として市町村を明示して提供するようなイメージで考えていました。実際に試行的に取り組んでみたのですが、消防本部での観測はマニュアル観測であり、その結果を毎日消防団員が手入力するというのは、林野火災対策のコストとしては大きかったのかもしれません。さらにいえば、この翌年2004年は台風10個が上陸するなど、気象災害の頻発、そして中越地震が発生し、消防庁も気象庁もそれどころではなくなった、というのもあったのかもしれません。結局、試行だけで終わってしまいました。一方、土砂災害警戒情報は、その重要性が広く認識されて、こちらの試行は全国運用に発展することになりました。

その後の展開


その後、私が気象庁を退職する年(2019年)になって、2016年末の糸魚川での火災を踏まえて、火災気象通報を市町村単位で提供する、という方針が示されています。
https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/items/310208_syo34_kigyo197.pdf

2003年段階で目指していた火災気象通報の細分化は、制度上はこれで解決したことになります。そして、相次ぐ線状降水帯による災害を受けて、気象庁はアメダスで湿度の観測を実施することになりました。林野火災対策としても必要だったきめ細かな湿度観測がこうして実現することになった、ということになります。
もともと線状降水帯の精度向上のために湿度観測が開始したわけですが、林野火災対策としても湿度観測が重要である、ということも再認識して、きめ細かな火災気象通報の精度向上が図られることを期待しています。

今から20年以上前のことなので、関係者が試行錯誤していた状況をどこまで再現できるかと思いましたが、当時の役所の資料がちゃんとインターネット上に公開されているのは素晴らしいなと、思いました。公文書をしっかり保存して公開することの意義はあります。


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