だからシゲル☆ピンクダイヤは勝つと決めた
最近では「顔認証」の上をいく「個体識別」っていうのがあるらしくて、既にある技術ならば、もうどこかの国の情報機関あたりで実用化されているかもしれない。
それはドローンや人工衛星から覗いて地上にいる人の「身体の形状」「歩き方」だけで個人を判別できる物らしい。
逃げ場は地下しかない。傘でも無駄だってさ。
まさに神の目。
だから、命を狙われたら最後。いきなりちゅどんとミサイルが落ちてきて殺られるのだ。
もっと怖いのがあって、うんこ蝿みたいな大きさのAI自律型爆竹ドローンが数千個で群れをなしターゲットの眉間を目掛け高速で飛んでくるってえやつ。
どんなに頑丈な建物に隠れていても無駄で、分厚い鉄扉があったとしても、安心出来ない。そいつ等は鉄板の一点を集中的に狙い小爆発を繰り返し、ほんの数秒でぶち破ってしまう。
なにが怖いって、自律型の奴らはどうやったらターゲットを確実に殺せるか?を数千個のAI同士で連携して瞬時に答えを出し実行に入る。
そのうんこ蝿は電池切れまで標的を追いまわし爆発する。たとえ何個かたたき落とせても数千匹の高速うんこ蝿の連携プレーには誰も勝てない。
最後は眉間に蝿が止まって、ぱーん。
テクノロジーのスペルすら知らない俺はたった1匹のうんこ蝿だけで殺されるん。ぶーん。
ほんとテロリストに就職しなくて良かったなとつくづく思う。
そんなに凄い「個体識別」技術ならば良い事にも是非使って欲しい。
カメラの映像を基に個人の特定をするのだろうから、誰かが「盗撮」をされYouTubeやTwitterなどに動画や画像を上げられても、その収益は「投稿者」にでは無く、その「肖像の本人」に配当されるという仕組みはどうだろう。
それがbuzzったりしたら、たとえ死ぬほど恥ずかしい所をupされても大金がなだれ込んで来るので少しは気持ちが晴れるかもしれず、「投稿者」のほうは地団駄を踏むかもしれない。
で、あれば「性の喜びおじさん」とかは今ごろ吉原で毎晩、喜び三昧である。
もっと言えば投稿前にその被写体の人に最終認証をするシステムとか。
「何処そこの誰々さんが、貴方が映っている動画を公開したいそうですがOKですか?尚、OKでしたら動画の再生による広告収益分配がなされますので振り込み先を教えてください」
みたいな感じで。
そうなったら、撮ってくれと言わんばかりに奇妙奇天烈な行動を取る人が増えるかもしれず楽しい。それに晒されて嫌な思いをする人も居なくなるだろう。
何より悪意を持って「盗撮」する奴らを淘汰出来る。
今は著作権のあるものや申請されたものだけが何らかの方法で削除されているみたいだけれど、それはあくまでも被害者側からのアクションによるものであり不十分だ。
だがGAFAなどの全部持ってる世界的大企業が本気でやろうと思えば多分、そういうシステムは明日のお昼前にでも出来上るだろう。
個人個人がネットワーク上で「タグ付け」されるという事になるので、何だか嫌な気分になるが、いずれそうなる事は多分避けようがないし、もう殆どそれに近い状態なので犯罪が減るのは良い事だと割り切るしかない。
お隣の中国では既に「顔認証」でお買い物出来るコンビニがあって素敵だね〜。というニュースを見たがおそらく本当の目的はコッチだろうし、どこかは忘れたが空港のチェックインにも取り入れた国もあるらしい。
と、まあ競馬と関係の無い事を長々と書いたのは結局、機械には勝てないって事。そういうハイテクノロジーとビッグデータによる全人類監視社会がやって来ると色々と助かる人や困る人が出てくる。俺もどちらかと言うと困る側のその一人って事なのだ。
何故困るのかと言うと、時々小型ドローンを飛ばして覗き見している「シゲル軍団寮」の最新レポートが書けなくなるかもしれないから……………
令和元年5月11日夜12時頃、シゲル軍団寮大広間。
この日はシゲル軍団にとって、とてもハッピーな日だった。年長組シゲルヒノクニがJ.G2京都ハイジャンプで勝利したのだ。
で祝勝大宴会が大広間で開かれた。
京都競馬場でシゲルヒノクニはタマモプラネットと最大20馬身あった差を最終コーナーで追いつき差し切ったのだ。
単勝オッズ50倍で勝ち、3連単61万円の大波乱を演出した今日の主役シゲルヒノクニは上機嫌で酔っていた。
彼にとって実に3年振りの勝利であり、しかもそれが重賞での勝利なのだから当馬のみならずシゲル軍団の喜びは半端じゃなかった。
寮生達を孫の様に可愛がる寮母のおばあちゃんは大いに腕を振るい超豪華絢爛多国籍パーリー料理をこれでもかと卓上に並べ、更に寮長のシゲルオヤダマの自腹で「すきやばし次郎」から腕利きの職人さんを呼んでの寿司ざんまいである。
更にオヤダマはカクヤスの店長さんに無理を言ってお店に置いてない高級酒までも持って来させて、つまり「無いなら他所で探してこいや」と輩りズラリと廊下に並べさせた。
オヤダマはそれでも飽き足らず行きつけの銀座のクラブのママにも無理を言い「じゃあ、ここで営業すりゃあええやんか」と土曜日なのにお店の女の子、スタッフ全員を呼んだ。
なのでシゲル軍団にまったく関係の無いクラブの常連さん達までたくさんやって来た。
本当に営業してしまうママさんも流石したたかだ。
大広間にある最新式超大型100インチ8Kプラズマテレビにはシゲルボスザルが夢グループの通販で買った「カラオケ1番」を繋ぎ、そこは歌広間と化した。
喰って、飲んで、歌っての乱癡気大宴会は盛況を極めおおいに盛り上がった。
盛り上がり過ぎて近所迷惑になるだろうとオヤダマはボスザルに命じ向こう三軒両隣に酒や料理を配らせた。
だが日頃からシゲル軍団の寮生達の血反吐を吐く練習を見ている近所の人たちは、どんちゃん騒ぎを怒るどころかヒノクニの勝利を喜んでくれていて、お返しに料理や酒をボスザルに持たせてくれた。
それに感動したオヤダマはそんな近所の人たちも寮に呼び寄せシゲル軍団寮はさながらセレブのホームパーリーみたいににグラスを持った人々と馬とがひしめき合う無法地帯となった。
酔いが回り半裸で歩く人々、元々全裸で歩く馬々。
そんな中カラオケ好きのシゲルボスザルはいつも慕っているヒノクニ兄貴のお祝いの席なので是非とも歌いたくなった。だが彼は緊張しいなのでチャミスルを3本ほど一気飲みして、つまり酒の力を借りて「まつり」を入れた。
前奏が流れだすとべろべろのオーディエンス達がふぉー!と盛り上がる。
するとボスザルは緊張とチャミスルが込み上げてきて超大型最新式100インチ8Kプラズマテレビに「ごぼぁ」とサブちゃんに韓流シャワーをぶちまけてしまった。
ヒノクニは料理の並んだダイニングテーブルに陣取っていた。普段「んあ」しか言わない彼も興が乗るにつれて饒舌になり今日のレースの説明を色んな人にしている。
そも彼は本来、性格が暗い訳でも無口でも無く、このところ殆ど「んあ」しか言わなかったのは、自分の成績が思わしくなく、そんな自分がふざけたり笑ったりしていて良いのだろうか。後輩に何を教える事があるだろうか。そんな思いから無口になって行ったのではないだろうか。そしてそんな日々が3年も続いたんだ。
ウメッシュ片手にシゲル☆ピンクダイヤはヒノクニ先輩の事をそんな風に思っていた。
「無駄に真面目。不器用なんだよ」
そう呟く彼女の持つ高い潜在能力は感情の爆発と上昇志向を自身にもたらせる。
故にこういうなアットホームな雰囲気を嫌ってしまう。
みんな負け癖が着いているんだよ。だからたまに勝ったら大喜びするんだわ。そんなんじゃ駄目でしょ。落ち込んだり喜んだりじゃなくて勝ってあたりまえにならないと。負けたらその要因を分析して次に備える。勝ってもまた次、勝てるように準備と方針を整える。常に高い次元の意識を持たないと駄目じゃない。常勝軍団になりましょうよ。
ダノングループみたいにならないと!
と、彼女は以前シゲルオヤダマに突っかかって言った事があるが、くねくねと老獪さでかわされた。
彼女がウメッシュ片手にぬらぬらしていると同期のシゲルクロダイヤが側へ来て話しかけてきた。
「飲んでる?」
「…ウメッシュ」
「元気ないね」
「だってさ…」
ピンクダイヤの想いを知っている同期の彼は惜敗が続いていてまだ未勝利だ。
「ヒノクニ先輩、勝って良かったよな」
「…良かったよー…けど…騒ぎすぎ」
ふふ、と笑ってクロダイヤはグラスに残っていた氷をカランと口に入れ、ゆっくりと噛み砕きながら目の前の狂乱パーリーを眺める。
「毎週誰かが勝っていたらさ、きっとこんなに騒がないよね」
ふっ。とため息をついてクロダイヤは言った。
「ピンクダイヤさ、俺まだ未勝利だから偉そうな事言える立場じゃないけど聞いてくれる…」
ピンクダイヤは彼のトーンが変わった事に少し身構えた。
「う、うん何?」
「多分…だけど、ピンクダイヤのその不満ってさ、君自身に対するものじゃないかな」
ピンクダイヤも秒でトーンが変わる。
「え?何で?」
「ほらね」
「え?何、何、わかんないんだけど」
「自分でも気がついてるだろ。自己批判を周りに転嫁してるだけだって」
「はぁ、意味わかんないんだけど」
負けん気の強い彼女の語気は荒ぶりだすがクロダイヤはクールに続ける。
「君は実際、凄いよ。速い。だけどさ、まだ結果が出せてない。その焦りのやり場を他にぶつけてる。こないだ言ってた事と矛盾してるよ」
パリーン!ピンクダイヤが床に投げつけたロックグラスの割れる音がするが寮内に響くEDMの爆音に紛れて誰も振り向かない。
「だから意味わかんないんだけど!」
「当たってるから怒るんだよ」
バチーン!ピンクダイヤはクロダイヤにビンタをした。
「ケンカ売ってるの?あんた」
「痛って」
ピンクダイヤは立ち上がってテーブル上のフライ盛りひと皿とウメッシュ2缶を持って部屋に向かおうとする。
が、階段の途中でピタリ立ち止まる。
聡明な彼女は彼が励まそうとしてくれたのだと直ぐに気が付き我に帰った。
ピンクダイヤは振り向きて大声で叫ぶ。
「ヒノクニ兄さんおめでとー」
大音量の中でもピンクダイヤの声に気がついたヒノクニは彼女の方を振り返った。
ヒノクニは彼女の不安と興奮の入り交じったつくり笑顔を見て、あれ?と思いながらも「ありがとう」とだけ応えた。
その後ピンクダイヤはクロダイヤの方を向き、目で「ごめん」と謝った。
クロダイヤはビンタされたところをわざと擦り微笑で応える。
くすっ、と笑った彼女の顔からは、もう燻った色は無くなっていて、二人の無言のやり取りを見たヒノクニは何となく「良かった」と思った。
ピンクダイヤは部屋に戻り、まだ走った事の無い東京競馬場の直線を思い浮かべる。
優駿牝馬に出場する事が決まってから彼女は毎晩の様にウェブ上にある膨大な東京左回り2400メートルのレース映像を何度も、何度も繰り返し見た。
そして、そこを走っているイメージトレーニングを寝落ちするまで毎晩している。
ドンドンと階下からベース音が響く中、ピンクダイヤはAirPodsを耳に刺しiPadとウメッシュ缶を持ってベッドに横たわり、一番好きなレース、ミッキークイーンが勝った2015年の優駿牝馬の映像を流す。
だが、先程の興奮で疲れたのかウメッシュ缶をベッド脇に置き眼を閉じる。
そして子供の様に眠りに墜ちた。
彼女が見る夢はいつも最終コーナーを抜ける手前からだ。
どどどどどどどどどどどどどどど。
場面は必ず馬群の後方を走っている所から始まり彼女は瞬時にそこに入り込む。
ここから東京競馬場名物の長い長い坂が待っていて、全騎手全馬が未だ見えぬゴール版を目指す。
その様はさながらパルティーノの丘のよう。
彼女の選択に大外は無い。前方にいるたくさんの馬達の間に一本の抜け道を見出し、そこへめがけて突っ込んで行く。
最短ルートを塞がれる前に突き抜ける自信が有る上に、なるべく多くの馬の側を通り自分のスピードを間近で魅せつけてやりたいのだ。
それはスタート直後では駄目だし、道中でも駄目。
他の馬達が本気のトップスピードを出してからそれを上回る速さで抜き去らないと意味が無いのだ。
だからいつも彼女の本気は最後の直線。
鞍上の和田竜二はその意思を知っている。
だから彼女は彼を好いている。
夢の中では思うように身体のコントロールが効かないものだが彼女の場合は違う。
持ち前の負けん気の強さを夢の中でも発揮しセオリーを跳ね返し他馬をぐんぐん抜いていく。
なので寝相は悪い。
残り1ハロンまでには10頭くらい纏めて片付けている。
メインディッシュは頂いた。
残るはデザート。一馬身先の2頭だ。
そして本当の本気はこれからだ。
右側のスタンドからの大歓声を身体中に浴びる。
彼女にとってその歓声は料理を引き立てるシャンパンかOSAKEの様なもの。
少しそちらに顔を向ける余裕すら魅せる。
その恍惚に充分酔いしれ満足すると彼女は最後のギアを入れ大好物のデザート2頭目掛けて走りだす。
絶対に抜いてやる。
自慢の瞬発力を爆発させる彼女の横には2頭がどんどん近づいてくる。
デザート達との差が縮まってゆくペースと、ゴール板までの残りの距離感とで、まだスピードが足りずに抜ききれないと感じるのも彼女の好きな瞬間。
彼女はトップ・ギアのさらに上にあるゾーンに入り限界を破裂させる。
超絶MAXスピードに乗った彼女は地面の感触すら感じない。
1、2、3、4、5歩でタピオカとバナナクレープ2頭を差し切ってゴール線を突き抜ける。
背中に居る和田竜二の雄叫びが首すじに響く。
掲示板にレコードの赤いランプが点灯し、スタンドには彼女の勝利を祝うハズレ馬券の花吹雪が舞う。
ここで彼女はいつも眼が覚める。
余韻に引きずられても夢に戻る事はせず、ムクリと起きてどくどくと高鳴る魂動を暫く感じる。
それから食器と空き缶を持って階下へ降りていく。
その日が待ち遠しくて堪らない。
喉が乾く。
今日の薄暗い大広間はいつもと違って至る所に誰彼が酔いつぶれている。
流し場では寮母のおばあちゃんが皆んなを起こさない様、音を立てずにウタゲの後片付けをしている。
おばあちゃんは背を向けたままピンクダイヤに声をかける。
「うるさかったでしょ」
「寝てた」
「お腹空いた?」
「ううん、大丈夫」
「はあ、後は朝皆んなが帰ってからだね〜」
おばあちゃんはエプロンで手を拭きながらテーブルの椅子に腰掛ける。
眠れない夜に後片付けをするおばあちゃんの傍にいるのが癒しだった。
大広間を見る。薄暗いのにあちこちに寝ている人たちの中で軍団の仲間達だけはすぐに見分けがつく。
何でだろうとピンクダイヤは思った。
「とうとう来週だね」
「うん」
「応援に行くからね」
「え、いいよー日曜日なんだからゆっくりしてなよ」
「あー何だか緊張してきたわね」
うがあ!とボスザルが暗闇の中から飛び起きた。
「あ、ピンクダイヤまだ起きてんの?…うごっ」
そう言い残してトイレへ駆け出した。
「あらまあ、さっきから3回目だよー。飲み過ぎちゃってね〜」
「…嬉しかったんだよ…」
おばあちゃんは少し俯いたピンクダイヤの手を握りしめて言った。
「ピンクダイヤちゃん。怪我だけはしないでね。それだけでいいんだからね。ね。」
更に強く握り締めるおばあちゃんの手は優しくあたたかい。
「あんたは直ぐに無茶するんだから、おばあちゃん…」
そう話し出すおばあちゃんを遮ってピンクダイヤは堪えきれずに立ち上がった。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。おばあちゃん。」
何故か急に溢れだす涙を見られたくないと階段を駆け上がったピンクダイヤは部屋へ駆け込むとベッドへ飛び込んで枕に顔を埋め、わんわん泣いた。
何で泣いているのかさっぱり分からないまま泣いた。
そしてピンクダイヤは俯瞰と実態を行き来しながらなんで泣いているのか考えた。
どうして泣いているんだろう。嬉しいの?哀しいの?高ぶった自分の心に、おばあちゃんの優しさが刺さったのかも。だけどおばあちゃんが優しいのはいつもの事。感情の爆発もしょっちゅうあるある。クロダイヤに心を見透かされたから?それともその情けない自分が仲間に対して思った事それ自体?それかいつも見守ってくれているヒノクニ兄さんが勝ったから?それに喜んでいる仲間?絆とか?それ何?そんなんじゃないと思う。兄さんが勝ったのは嬉しいけど。おばあちゃんの手があたたかいから。うんうん。おばあちゃん大好き。え?ウメッシュのせい?そんな飲んでないし。え?好き?クロダイヤの事好きになった?いやいや無いでしょ理屈っぽいの嫌。じゃ何?何?何?怖い。怖い。何で泣けてくるの。怖い?レース?レースが怖いの?ミッキークイーンさんみたいに出来るのかが怖いの?いやむしろ自信あるし…自信ある?あるの?本当に?絶対に?ある?どうしてそんな事言えるの?勝ったのはまだ1回だけだよ。なのに何でそんなに自信持てるの?直線長いし、めっちゃ練習してし……………………
いろんな想いがぐるぐる頭の中を駆け巡る。
だが、そうしているうちに不思議と気分が晴れている事に気がついた。
このところずっと身体中に蟠っていた何か得体の知れない重たいものがいつの間にか無くなっている。
代わりに目に見えない何か別のあたたかいものに包まれている感じがしてふわふわと体が軽くなった。
泣けばいいんだ。
そう思うとピンクダイヤの涙はピタリと止んだ。
彼女がぴょんと飛び起き階段を降りる頃にはもう外で雀がちゅんちゅら鳴いていた。
おばあちゃんは遠慮なく食器をがちゃがちゃ洗っている。しかし、前夜の散らかり具合いが嘘の様にグラスや食器類はもう殆ど片付けてあった。
「おばあちゃん手伝う」
「いいのいいの。もう終わりだから、も少し寝てなさい」
「もう寝たよ」
見渡すとシゲル軍団の姿は無い。
自分の部屋だろうか。
シゲルオヤダマはソファで数人のホステスの足袋にサンドイッチにされながら鼾をかいて寝ている。
暫くすると客人達はまばらに起きだし這う這うの体で帰って行く。
「朝ごはん食べなさい」
「うん」
おばあちゃんが焼いてくれた目玉焼きをトーストに乗せて冷蔵庫を開くと牛乳が無いことに気が付いた。
ピンクダイヤは取ってくると言って寮の正面玄関に向かった。
するとグラウンドの方からどどどどどどどどど。
馬蹄が聴こえてくる。
月曜日は休みなはずなのに誰だろう。
ピンクダイヤはグラウンドに出た。
すると坂路をダッシュするたくさんの寮生達がいた。
その中にはシゲルヒノクニもいる。
そういえば自分がここに来た1年前からずっとヒノクニ兄さんは毎朝走っていた。
シゲルボスザルやシゲルクロダイヤもいる。
いや、皆んないる。
そして皆んな目一杯に坂路をダッシュしている。
休みの日はいつも昼まで眠っているピンクダイヤは知らなかった。
きっとその前の年も走っていたのだろう。その前の年も、またその前の年も。
ずっと勝てていなかったこの3年間。休まずにただ黙々とヒノクニ兄さんは毎日走り続けてきたんだ。
だから昨日勝ったんだ。
そして勝った次の日もまた何時もの様に走り出す。
ダッシュを終えたみんなの発する汗は、朝日に照らされキラキラ輝いていてダイアモンドのようだ。
何だか今まで自分が思っていたいろんな事が恥ずかしくなった。
誰が何と言おうと、どんなに科学の力を使おうと、最後の最後に限界を突破出来る力は自分の頑く弛まない底意地。
味も痛みも感じない無味無臭のロボットには到底真似が出来ない3次元の向こう側へ行ける事に生命の価値は有る。
そのうち自分は「勝って当たり前」になるだろう。
だから今しか出来ない「勝てるはずがないのに勝っちゃた」の屈辱をアンチに、そして喜びを仲間に味あわせたい。
ヒノクニ兄さんは物語の幕を開いた。
そしてわたしは常勝シゲル軍団の旗を掲げて走ろう。
雲が晴れたように彼女の視線には東京競馬場の丘の向こうの決勝ラインがはっきりと見え、もうそれ以外なにも見えなくなった。
だからシゲル☆ピンクダイヤは《勝つ》と決めた。
to be continued🏇
次回予告「シゲルオヤダマ漢泣き」の巻