密集陣形ギャル
古来より歩兵同士の戦いは陣形で決まると言われている。中でも有名なのは古代ギリシャのスパルタだろう。右手に槍、左手に盾を持ち、自分たちの体をお互いの盾で庇う程密集するファランクス陣形を用い、10倍ほどもある不利な戦況を覆した。そして現代の歩兵戦闘にもその魂は受け継がれている。
私は普段、戦車〈チャリオット〉に乗るため、車用の陣形編成には慣れている。しかし、複雑な戦況や状況によっては歩兵として戦場に飛び込むことがある。様々な兵科を担えることは兵士としての誉であると言えよう。
普段、金属とFRPの装甲に守られている私にとって歩兵戦闘は恐怖である。今や私を守るものは薄手のTシャツと丈の合ってないジーパンのみだ。心に尖らせたナイフを装備しているが、少し小突かれたり強い言葉を浴びたらポッキリと折れてしまうだろう。何より単独での行動が多い為、突発的に戦闘の起る市街戦において私は限りなく弱者だ。
今も対面から小隊が向かってきている。ギャルだ。3人ほどではあるが右手に携帯、左手にクレープを持った密集陣形で現れた。ギャル・ファランクスだ。これは古代ギリシャのスパルタに勝るとも劣らぬ威圧感を放っている。
ゴテゴテと盛られた携帯は情報戦の発達した現代において強力な武器だ。付属されているカメラレンズの視界内すべてが射程距離となる。左手に持ったクレープを食べるので継戦能力も高い上、お互いのクレープを食べさせあうことで強固な絆を形成している。
直接戦ったことはないが恐らく1対1〈タイマン〉でも勝てないだろう。髪の色を見ればわかる。彼女達はスーパーサイヤ人だ。Z戦士は本気を出すと金髪になるが、彼女たちは常に金髪だ。
お互いの肩が触れ合うような密集陣形ではあるが、歩道を塞ぐには十分だ。この危機的状況をどう乗り越えるか。私は今、選択を迫られている。
一番確実な回避手段は歩道から外れ、車道に身を晒しつつ回避する方法だ。歩道、車道と名は付いていてもそれぞれは歩兵、戦車専用の道ではない。地形を上手く利用した方法であると言えよう。しかし、それはできない。
私は今、車道からもっとも離れた位置を歩いている。開けた道を歩くことに抵抗を感じる私は、擦り付けるくらい壁の近くに寄って歩くからだ。ここから車道を経由して迂回するとアクションが大きくなりすぎる。不自然な動きをすればギャルたちの携帯が火を吹き、マズルフラッシュによって照らされた私の無様な姿がチックトックに拡散されてしまう!
ではどうすべきか。覚悟を決めるしかないだろう。私は少しうつむき歩を早める突撃の体勢に入った。壁とギャルの隙間をこじ開け突破するのだ。クレープとおしゃべりに夢中になっている彼女たちが気付くように若干足音を立てて進む。もう1,2メートル進めばENGAGEだ。心のアラートが激しく警告音を出している。
もうダメだと奥歯を噛みしめていると、中央のギャルが左翼壁側のギャルの肩を叩き陣形を変えた。私は咄嗟に、開いた突破口に身を差し込む。無事に接触することなくやり過ごす。交差する瞬間、左翼から退いたギャルが「ごめんなさーい」と交信してきた。私はギャルの顔が見れず会釈で返した。全身にかいた汗は、夏の熱さだけではないだろう。
ギャル、存外良い子たちだったな。
スーパーサイヤ人とか言ってごめん。
おしまい。
タイトル画像
みんちりえ( https://min-chi.material.jp/ )
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