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習作「今日子さんの話ーコンビニー(2)」
「コンビニのって、あのレジの横のあったかそうなやつでしょう?買ったことないの」
「え?」
「買い方がわからなくて」
「レジでください、って言えば買えますよ」
「タイミングがね、むずかしいでしょ?」
今日子さんが少し恥ずかしそうに語った内容によると、まず、コンビニ自体が苦手らしい。「なんでもあって、ピカピカしている感じがなんとなく怖い」のだそうだ。コンビニが怖いだなんて、考えたこともなかった。店員さんも、なんでもできて万能そうなのがなんとなく怖い、らしい。だから、お弁当や肉まんなど、店員とやり取りが必要なものはなるべく買わないようにしてきたのだそうだ。
「うっかり変なことして邪魔しちゃったら悪いから」
「怒られはしないと思いますけどね、お客さん商売だし」
たまに横柄な店員もいるが、公園近くのコンビニの店員は割と感じがいい人が多い印象だった。
「買ってみましょうか?僕、一緒に行きますよ」
「いいの?」
「大丈夫です。そうだ、予習してから行きましょう」
背負っていたリュックからスマホを取り出し、コンビニのホームページを検索する。
「えーっと、ホットスナックってやつかな?」
スマホの画面を今日子さんのほうに向けると、遠慮がちに画面を覗き込んできた。
「串に刺さってるのもあるけど、あそこのコンビニなら、ころカラくんシリーズがおいしいですよ」
「ころカラくん?」
「丸い小ぶりのから揚げが6個入ってますね。味のバリエーションもあるし」
「へぇ、本当だ。」
ストライプ柄の箱に収まったからあげの写真が、5種類ならんで掲載されている。味の種類によってパッケージの色が違っている。
「赤いのはなに?」
「これはころカラくんホットですね。辛いんですよ、唐辛子系ですね」
「緑のは?」
「レモンハーブ、期間限定商品みたいですね」
ほかにもチーズや期間限定第2弾の地中海トマトもあったが、初めてなので特別な味のついていないプレーンを選ぶことにした。
「飲み物も買いましょうか?飲み物をピッてしてるうちに、ころカラくんプレーンひとつって言えば、店員さんと目が合わないから」
「怖くない?」
目を見てうんと頷いてみせると、今日子さんもうん、と頷いた。
「ころカラくんプレーンひとつ」
「ころカラくんプレーンひとつ」
二人でぶつぶつと呟きながらコンビニまで歩いた。ガラス越しに中を窺うと、まだ昼前だからか空いていた。
「行きましょう。僕はあとからついて行きますから、先に入ってください」「わかった」
今日子さんがコンビニの中に入り、飲料コーナーに向かうのを見届けてから、僕も中に入った。
「いらっしゃいませー」
レジの中から女性の店員が声をかけてくれる。その店員のネームプレートを何気なく見て思わず二度見してしまった。ネームプレートにはカタカナで「カ」と書いてあった。…カ?何人なんだろう。見た目は間違えようもないほど日本人だけど。いや、中国人や韓国人は見分けがつかない場合が多いからな。コンビニで働いているくらいだから、日本語が通じないことはないと思うけど。いらっしゃいませ、にも違和感はなかった。
考えているうちに今日子さんがペットボトルを持ってレジに向かってきた。やり取りが聞こえるように、レジ近くの飴やグミの並んでいるコーナーに陣取る。今日子さんはふたつあるレジのどちらに行こうか悩んでいるのか、レジ前でキョロキョロとしている。カさんが気づいて「どうぞー」と呼びかけた。ペットボトルを差し出して、こちらをちらりと振り向いた。「今です!」と目で合図する。
「えっと、ころカラくん、ください。」
ペットボトルのバーコードをバーコードリーダーで読み取りながら「おひとつですか?お味はどうなさいますか?」とカさんが立て続けに言う。
「えっと、ひとつで…」
そこで今日子さんが黙ってしまう。
「お味は?」
「えっと…」
きっとプレーンという言葉が出てこないのだ。今日子さんの後頭部に向かって「プレーン!プレーン!」と念を送り続ける。
「今なら期間限定のレモンハーブがおすすめですよ」
カさんがうつむいている今日子さんのつむじのあたりに向かって言う。
「えっと…」
…ダメだ、完全に固まってしまっている。助け舟を出そうと足を踏み出したところで「こちら、ご覧になりますか?」とカさんがメニュー表のようなものを差し出した。「カさん、ナイス!」声には出さずに心の中でカさんに向かってサムズアップする。
「あ、これ。これ、ください」
「プレーンですね!少々お待ちください」
程なくして今日子さんのもとに、ころカラくんプレーンがやってきた。
袋はどうするなどのくだりでも、カさんがうまく誘導してくれて、今日子さんは無事に会計を済ませることができた。カさん、本当にありがとう。それにしても日本語がうますぎる。日本語検定何級なんだろう。
「買えたよ!」
今日子さんが心なしか顔を紅潮させてやってきた。
「見てましたよ。よかったですね」
「うん」
「僕も買い物するんでちょっと待っててください」
カルビ焼肉弁当とコーラを選んでレジで会計をする。僕の会計をしてくれたのはカさんではなく、背の高い男性だった。僕と同年代かもしれない。ネームプレートを見ると、やはりカタカナで「コ」と書いてあった。…か行の人しか働いていないコンビニなのかな。そしてやっぱり何人なのだろう。
「お待たせしました」
入り口の近くで待っていた今日子さんの元に向かうと、今日子さんはレジ横のコーヒーマシンを不思議そうに見ていた。初めてすべり台を見た子どもはきっとこんな顔をするんだろうな、というようなあどけない表情だった。
「これは今日子さんにはハードルが高すぎます」
「そうなの?」
名残惜しそうな今日子さんの背中を追い立てるようにしてコンビニを出た。
マンションまで一緒に歩き、エントランスで別れた。
「本当にありがとう。初めて買えた」
ころカラくんが入っているエコバックを大事そうに抱えている。
「あったかいうちに食べてくださいね」
部屋に入って手を洗い、弁当を電子レンジで温める。リュックからスマホを取りだしメッセージアプリを起動すると、相原に返信しかけた画面のままになっていた。スケジュールアプリも起動し、もう一度予定を確認する。早起きをすれば、明後日の講義が始まる前になんとか時間を作れそうだった。
「朝早くても大丈夫だったら、明後日はどう?」
相原に返信をする。メッセージアプリを閉じる前に、相原からすぐ返事が返ってきた。
「明後日OK」「不安だったから助かる!」
今度はウサギがにっこり微笑んでピースしているスタンプがついていた。コーラを一口飲み、炭酸にウッとなった時、電子レンジがチンと鳴った。