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幼少期〜中学時代

滋賀県の田舎で育った僕。
母、父、弟がいて長男として育つ。
小さい頃の好きな物は戦隊シリーズはピンクの真似をし、おままごとが好きだった。
けれど、厳格な父の前ではそんな自分をなるべく見せないようにしていた。
なぜなら、男らしくないと怒られるからだ。
だから、おままごとも友達の家でやったりしていたが、まだ幼い僕にはしっかりと隠し通せず、家で女の子の遊びをすると怒られては殴られた。
今は思えば、そうやって自分を偽ることを覚えたのはこの頃からだったのだろう。
僕は、いつか男の子と遊ぶより女の子と遊ぶ方が楽しかった。
そんなある日、父は『男らしい習い事をしろ』と訳の分からない事を言われ少林寺拳法を習わされた。
最初は楽しくなかったし嫌だったが、父親の機嫌をとれるならと思いながら頑張って通った。
小学校3年の頃、引っ越しをした。
転校した小学校でもやはり女の子と遊ぶ事が多かった。
けれど高学年になると男子、女子と性について意識する。
女子と遊んでいた僕は、いつしか周りから『オカマ』とあだ名を付けられた。
とても嫌だった。何でそんな事を言われないといけないのかわからなかった。
ただ、女の子と仲良くしているだけなのに。
その後も、女子と仲良くしている僕を、良い気分に感じない男子は僕を見つけて『調子乗んなよ』と殴られた。
これも意味がわからなくて、ただ泣いていた。
その頃から、自分を表現するのが怖くなって大人しい子どもになってしまった。
家族にこんな事話したら悲しむ、怒られると思ってしまい相談することもできなかった。
そして、もう一つ言えなかった理由は、家でも孤独だったから。
弟が野球をしていて、遠征によく行っていた。
父は元々野球が好きでプロ野球選手になる夢を弟に託していた。
母も野球好きで弟のユニフォームを毎日洗濯し、お弁当も張り切って作っていた。
朝早く3人で車で出掛け、外が暗くなるまで帰ってこなかった。
帰ってきても、3人で今日の野球の話ばかりで輪に入れなかったが、頑張って笑顔で受け答えして聞いていた。
もうどこにも僕の居場所がないんだと思っていた。
本当は1人でよく泣いていた。
こんな事もあり、家で自分の事を話さなかった。
そんな小学生時代だった。

中学生になり、他の小学校からも知り合いが増えた。
その中で、1番仲良くなった男の子がいた。
その子の名はカズヒラ、今は女の子になっている笑
1番仲良くなった理由は、どこか似ている部分があったのだろう。
女の子みたいな仕草で、女子とよく話していた。
すぐに仲良くなったカズヒラとはよく遊んだ。
学校を抜け出してカラオケに行ったり、プリクラいっぱい撮って、女子中学生の様に遊んだ。
お互いまだゲイとかわからなかったので聞かなかったが、波長があって楽しかった。
そんな僕でも、中1の時は柔道部に入った。
少林寺拳法もしていたので、柔道もできるかと思った。
けど、痛くて1年で辞めた笑
その時に会った柔道部の先輩が後にまた出会う事になります笑
中学生になってからは、男子への想いが強くなっていた。
バスケ部の先輩を好きになり、休み時間グラウンドでバスケをしているのを窓から眺めていたり、緊張しながらも話しかけた事もあったが話しかけた内容は覚えてない笑
けれど中2になって彼女がいる事を知り、初めて失恋で泣いた。
何で男なんか好きになるのだろう、叶わない恋をしなければならないのだろうと初恋の辛さを知った中学時代だった。

つづく

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