日々つれづれ
人間中心設計
多くの人と接する機会があると自分の知らない世界や
新たに興味もてることを知ることができるという利点があります。
近日1年以上悩まされていた会社とのやりとりの形だけの終わりがあり、
そのときに「この仕事が好きなんだよね」と言われました。
そのとき率直に「?」
考えたこともなかった。
会社が好きか嫌いかについては即答「嫌い」。
その姿勢も中身も知れば知るほど嫌い。
外に繕っている100%が嫌いなんだな、とわかります。
元々小さく行っていた「ネガティブキャンペーン」、
以前は力を入れて活動していることもあったが、
今回については機会があれば(思いつけば)力を入れるかな~、と思いつつ
自分ががんばらなくても、自然と表にでることが増えてきている現在、
積極的な広報せずしばらく様子見の予定です。
人とのやりとりについては、嫌いではない。
好きでもない。
色々な考え方にふれることに純粋に興味がある。
相手に純粋に寄り添う←これって偽善でないですか?
100%相手になりきれることはない。
間違いなくない。
何か相談されれば自分なりの考え、
つまりは少し距離を置いた第三者の考えを伝えることはできる。
なりかわること、その身を置き換えることはできない。
この会社の人々はふれたくないことにはふれないで会話をすること
「既読スルー」能力に大変長けている。
一番聞きたいことには回答がないのが常。
これが世の中うまくわたる術でその能力が今まで必要だったところから
(いわゆる「忖度」ですね)
少し様子が変わってきている様子なので、見守りを考えた次第。
そして忖度組と同数存在している行間読めない組。
まったく読めない。
今はやりの病名がつくレベル。
それらがおそらく入社の条件。
そんな会社が人へのサポートを行っている現実。
ああビジネスとして成り立たせるための手段?
人とつながる、
例えば売りたいものを持っていたとしても
どうやったら人に売れるか考えるときに
「使う相手」をイメージし、売り方を考える時代。
一方で関わる人すべてはエンドユーザー。
自分(の仕事)に関係しない人は誰もいないという観点は
次の時代の当たり前になっていくかな。
人との関わりにクローズしない企業ほかは
どんどん淘汰されることを見ながら、
次の自分の仕事を考えたいと思います。