NPOインターン生が鹿問題を調査してみた ② 

鹿と生態系について

 第1回の記事では鹿の林業に与える影響を見てきましたが、今回の記事では鹿が及ぼす生態系への影響について書いていこうと思います。

 最近よく耳にするようになった生態系という言葉ですが、そもそも生態系とはなんなのか。ざっくりと説明すると、ある環境のなかでのすべての生物と環境との関わりあいのことであり、食物連鎖のような生物同士のかかわりや雨や風、土壌の化学成分のような非生物的なものからの影響なども含んで成り立っている、非常に複雑なシステムのことです。
 たとえば森林のなかに木あり、その葉を食べる虫がいて、さらにその虫を食べる鳥やクモなどの生き物がいて、それらの死体は菌類や土壌動物の働きによって分解されて土に還り、その分解された養分を吸収してまた木が育つといった循環を繰り返しています。この循環はとても絶妙なバランスで保たれていて、バランスが崩れたときに元に戻そうとする働きが生態系にはあります。
 しかしご存知のように、人間の自然の利用によりそのバランスは元に戻せないほど大きく崩されているところもあります。
 そのような状況のなかで、人の影響により数を増やしてきた鹿たちも生態系のバランスを大きく崩そうとしています。では鹿が増えると生態系にはどのような影響がでてくるのかを見ていきましょう。

鹿が増えると○○が増え、○○が減る!?

 前回の記事で鹿が林業に及ぼす被害を見てきましたが、もちろん鹿はスギやヒノキといった林業樹木だけでなくいわゆる雑木と呼ばれるような広葉樹や草本植物(草花)も食べます。ある研究によると、兵庫県の山で鹿の食害が確認された植物の種数は230種にものぼっていたそうです(藤木2012)。このように鹿は多くの種類の植物を食べるために多くの種に直接的に影響を与えており、特にシラネアオイやニッコウキスゲのような高山植物や希少植物が鹿食害に大きな影響を受けています。

• 最深積雪が 3m以上に達する氷ノ山の高標高域では 2007年時点でも目立った植生の衰退は認められなかった。しかし、春季から秋季にかけて高標高域ヘシカが季節移動してくる結果、高標高域でも夏季を中心にシカの強い採食圧にさらされている。
• 山系では 14種のレッドデータブック種 (RDB種)を含む 230種もの植物種にシカの食痕が認められ、一部の RDB種では採食による群落の衰退も認められた。
・すぐ山麓でシカが越冬していることから、高標高域の積雪が多くても、継続的にシカの採食圧にさらされる状況となっている。近い将来、高標高域においても植生が大きく衰退するとともに、多くの貴重な植物種や植物群落が消失する可能性がある。

藤木大介(2012)氷ノ山三系におけるニホンジカの動向と森林下層食性の衰退
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030912686.pdf

日光白根山のシラネアオイが絶滅の危機にある要因は、シカの食害です。日光では、1990年代以降ニホンジカの生息数が急増しています。日光白根山のシラネアオイの群落は、シカに食べつくされ10年もしないうちに姿を消してしまいました。

省エネと環境のことなら グリーンユーティリティ 止まらぬ鹿の食害
https://greenutility.co.jp/post-911/

鹿不嗜好性植物の増加

 希少植物が鹿により減少する一方で、鹿食害の結果増加している植物も存在します。鹿不嗜好性植物と呼ばれる植物で、アセビやトリカブトのように有毒物質や鹿が嫌う物質を含んでいる植物が鹿の食害の多い地域で増加しています。

環境科学国際センターでは、平成12年から現在に至るまで、埼玉県奥秩父にある雁坂峠周辺で、シラビソやオオシラビソなどから構成される亜高山帯森林における環境調査を実施してきました。調査地のある雁坂峠付近へは登山道を歩いて登りますが、その周辺では、ニホンジカの食害の結果として、ハシリドコロやトリカブトといったニホンジカの好まない有毒植物だけの植生になってしまった林床が所々に観察されます。

埼玉県環境科学国際センター埼玉県ではニホンジカの食害による生態系への影響は現れているの?
https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/cess-kokosiri/cess-koko27.html

 このように鹿食害によって植物の種数が減り種構成が単純になると、特定の植物を餌とする昆虫類はもちろん、木の実を食べる鳥やネズミなども減少し、生態系のバランスが崩れていくのです。

鹿に乗ってヤマビルが移動!?

 登山や山菜取りをした事のある人なら一度は目にしているかもしれないヤマビル。気がついたら足首についていて血をすわれていた、という経験をしたこともあるかもしれません。なぜヤマビルの話なのかというと、鹿の分布拡大とともにヤマビルの分布も増えている可能性があるからです。
 ヤマビルは主に血液を食べ物とする動物で、われわれ人間以外では主にサルや鹿などの哺乳類から血を吸って生きています。つまり、鹿(ほか哺乳類でも同様)が増えればヤマビルが食事にありつける機会が多くなります。またヤマビルがくっついた状態の鹿が移動することで、ヤマビル自身の能力では移動できない距離を動くことになります。ちなみに鹿にくっついたヤマビルは落ちたり、鹿自身が落とそうとするのではと考えられるのですが、なんとヤマビルは鹿の蹄の間にうまく収まることで簡単には落ちず時間をかけて吸血、長距離移動ができるようです。

千葉県の房総半島のニホンジカでは、足に有穴腫瘤(ゆうけつしゅりゅう)といわれる穴をあけて、そこにヤマビルが入り込み、半寄生の状態(調査した157頭のうち63頭(40.1%)に寄生)で吸血していることが明らかになりました(浅田ら、1995)。この穴に入ることによりヤマビルは脱落せずにたっぷりと時間をかけて吸血できるうえ、遠くまで移動・分散ができるわけです。 このようにヤマビルは栄養と繁殖を主としてシカ類に依存しながら山の奥深くでひっそりと生きてきたのです。

ヤマビル研究会 鹿にヒルがくっつくと
http://www.tele.co.jp/ui/leech/why/deer.html

 ヤマビルがどのように分布を広げるかについては、樋口大良氏著の「ヒルは木から落ちてこない。ぼくらのヤマビル研究記」にて詳しく書かれており、ヤマビル分布拡大の一端を鹿が担っていることがわかります。散々ヒルにやられてきた私はこの本を読んでいて足首がぞわぞわしてくるような感覚に襲われましたが、とても興味深く読みやすい内容ですので、一度読んでみてもよいのではないでしょうか。

鹿の影響で山が崩れる

 鹿の影響で植生が大きな影響を受け、植物以外のさまざまな生物にまでその影響が波及することは上で書いてきましたが、鹿の食害は場合によっては直接的に人間の生活に影響を及ぼすことすらあります。
 下層植生の減少により野山の表土がむき出しになると、それまでは植物の根によって保持されてきた土壌が雨で流出することがあります。また、植生の少ない山では土壌が水分をとどめる能力(水分の涵養能力)が大幅に低下し、土砂崩れの原因になり得ます。

東京の奥多摩にある山林では、せっかく植えた苗木がシカに食害されたため、もう一度、植林を行いました。ところが、またシカに食べられてしまい、さらにもう一度植林・・・というようなイタチゴッコを繰り返しているとのこと。そのうちに下草も食べつくされてしまったため、土や岩がむき出しになり、地盤が弱くなってしまいました。そのとき、運悪く集中豪雨に見舞われ、土砂崩壊が起こり、水道の取水口をふさいでしまうという災害が起こりました。

森林・林業学習館 シカ問題-シカも食糧難-
https://www.shinrin-ringyou.com/topics/shika_mondai.php

 大きな樹木は鹿によって一部食べられても枯れはしませんが、鹿食害で低木が育たないと、将来大きくなるであろう木が育たないため、大きな樹木が枯れた後にははげ山になってしまうかもしれません。さらに、鹿は冬眠をしないので、餌の少ない冬は鹿の食害が樹木の樹皮にまで及ぶことがあります。このときに、環状剥皮といって樹皮をぐるっと一周はがされることがあるのですが、そうすると樹木は栄養を通すことができなくなり(栄養を通すための師管が樹皮の内側にあるため)大きな樹木でも枯死してしまいます。

 このように鹿が生態系に様々な影響を与えることが分かっていますが、現在も進行形で鹿による被害は拡大しています。自治体によっては鹿の個体数管理に力を入れているところもあり、少しづつ成果が出てきている地域もあれば、鹿の思うままに食い荒らされた地域も存在します。
 近い将来には増えすぎた鹿が我々の生活に直接悪影響を及ぼすかもしれません。そうならないためにも今、多くの人々に鹿との付き合い方を考えてもらえたらと思います。

次回の記事もお楽しみに。

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