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Orbit「軌道」(13)
# Orbit
## 第十三話「臨界」
ハワイのマウナロア観測所から最初の警告が入ったのは、日本時間の深夜だった。
「太陽フレアの規模、通常の10倍以上」スクリーンに次々とデータが映し出される。「しかも、地球方向に正面から向かってくる」
つくば宇宙センターの管制室に、世界各地の観測所からの報告が集まり始めていた。
「従来の予測モデルが、完全に機能していません」藤堂が声を震わせる。「まるで...私たちが発見した共鳴現象が、太陽規模で起きているような」
『ISS、緊急対応プロトコルを開始します』ヒューストンの管制官から指示が入る。『全クルー、放射線シェルターへの退避準備を』
各国の対応は素早かった。
『我々は磁気シールドの強化を決定』NASAからの通信。『ISSの放射線防護レベルを最大に』
『ESAです。探査機群の緊急退避軌道への移行を開始』
『ロシアセグメントも防護体制を強化』
その時、瑠璃からの通信が入った。
『つくば、きぼう実験棟からの報告です。環境制御システムに特徴的な応答が』
藤堂が即座にデータを解析する。「これは...理論が予測した通りの共鳴パターン!」
「提案があります」速水が国際管制会議で声を上げる。『きぼうでの実証実験として、新制御方式の限定的な試験を』
『Risky』NASAの科学主任が首を振る。『クルーの安全が最優先』
「その通りです」速水は同意する。「だからこそ、全クルーが放射線シェルターで待機している間に、自動制御で実験を。きぼう実験棟に限定して」
会議室のスクリーンには、各国の管制センターが映し出されている。厳しい議論が続く中、南極からの通信が入った。
『こちらブライド湾基地』トヨタチームのリーダー、中村の声。『私たちのローバ試験機でも同様の現象を確認。実験データをリアルタイムで共有します』
距離と時差の制約はあったが、世界中の研究拠点がオンラインでつながっていく。
『Very interesting』ヒューストンの判断が下される。『きぼう実験棟での限定的な実証実験を承認。ただし、クルーの安全確保が大前提』
「各社の技術チームを」速水が指示を出す。「オンライン開発体制に移行してください。南極チームとは時差を考慮して」
日立、東芝、三菱電機。そしてトヨタ。地理的な制約を超えて、技術者たちがバーチャル空間に集結していく。
『ISSからの報告』瑠璃の声。『全クルー、放射線シェルターへの退避完了。環境制御システムの自動運転に移行します』
スクリーンには、刻一刻と変化する太陽活動のデータが映し出される。人工衛星群の一部が、すでに異常な挙動を示し始めていた。
「制御プログラムの転送開始」藤堂の声。
「南極チームからのデータ、統合完了」技術者の報告。
『承認』ヒューストンからの声。『実験を許可する。God speed』
ISSでは全てのクルーが最も防護の厚い放射線シェルターで待機し、地上では世界中の技術者たちが見守る中、きぼう実験棟の新システムが起動を開始した。
『つくば、異常な磁場変動、さらに増大』管制官の声が響く。『これは、人類が経験したことのない規模の...』
その時、すべての観測機器が、予想もしなかったデータを示し始めた。
(続く)
*1 放射線シェルター:宇宙船内で最も放射線防護が強化された緊急退避区域
*2 自動運転:クルーの直接操作なしでシステムが自律的に動作する状態
*3 バーチャル開発環境:地理的に離れた開発チームが、オンラインで協力して作業を行うシステム