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Orbit「軌道」(14)

# Orbit

## 第十四話「共振」

「放射線レベル、予想を超えて低下しています」

ISSのきぼう実験棟から送られてくるデータを前に、藤堂は思わずキーボードから手を離した。モニターには理論値をはるかに超える結果が表示されている。

平岡教授はグラフの特徴的な変化を指さした。「モジュール周辺の磁場が、独自のパターンを形成し始めている。あたかも、より効率的なシールドを自然発生させているかのようです」

つくば宇宙センターの管制室では、世界中の研究拠点とオンラインで結ばれたまま、データの解析が続いていた。

『Incredible』ヒューストンの声に興奮が滲む。『磁気シールドの消費電力、通常の20%まで低減』

技術的成功の高揚感が管制室に満ちる。しかし、歓喜に浸る余裕はなかった。

『緊急報告』瑠璃の冷静な声が響く。『環境制御システムに想定外の動作を確認。自律的な制御パターンの変更が始まっています』

スクリーンに表示される制御プログラムの挙動に、技術者たちが釘付けになる。システムが、人間の設計を超えて、独自の最適化を進めていた。

上島は無言でデータを見つめ、やがて小さく頷く。「私たちの車両制御開発でも似た現象を確認しています。システムが環境に適応し、自ら最適解を見出そうとしている」

時差の関係で日中の実験が始まっていた南極から、通信が入った。

『ブライド湾基地、ローバチームです』中村の声には確かな手応えが混じる。『気温マイナス48度、強風、ブリザード予報。月面を想定した極限環境での実証実験を開始します』

技術者たちの息が止まる。月面ローバでの成功が、理論の正しさを証明する。

『Russian Segment からの報告』予想外の通信が入る。『我々のモジュールでも、異常な数値の低下が観測されています』

平岡は立ち上がり、新しい解析結果を示した。「共鳴現象がISS全体に波及している。理論の予測を超えた規模で」

各国からの反応が相次ぐ。

『即座の技術協力を希望します』ESAの技術主任が身を乗り出す。『火星探査計画にも、応用の可能性が』

『詳細な検証が必要』ロシアは慎重な姿勢を崩さない。『独自の解析データをもとに判断したい』

『技術協力の可能性について』中国からの声。『前向きな検討を開始します』

刻々と変化する状況の中、南極からの新データが届く。

中村の声が震えていた。『信じられない結果です。ローバの電力消費が劇的に改善。制御システムが、想定以上の最適化を実現しています』

会議室のスクリーンに、実験データが集積されていく。しかし、ヒューストンは冷静な判断を崩さない。

『段階的な検証を進めましょう』科学主任が声を整える。『まずは、クルーの退避解除の判断から』

放射線量の数値は安定していた。きぼう実験棟で実証された効果は、確実にISS全体へと広がりを見せている。

『医療データ、すべて正常範囲内』NASAのフライトドクターの報告。

緊張が少しずつ和らいでいく。

速水は静かに目を閉じ、言葉を選んだ。「システムの自律性については、さらなる研究が必要です。しかし、この技術が示す可能性は―」

突然の通信音が、彼の言葉を遮った。

『つくば』瑠璃の声に、いつもの冷静さが揺らいでいた。『環境制御システムが、新たな変化を示し始めています。そして...誰も予測していなかった現象が』

(続く)

*1 自律的な最適化:システムが自ら最適な動作パターンを見出すこと
*2 波及効果:ある場所での変化が、周囲にも影響を及ぼすこと
*3 生体反応:人体の生理的な反応データ

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