![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/166333436/rectangle_large_type_2_425e81bccf6852c1335f756a84475381.png?width=1200)
ダイバーシティは奥深い。企業の多くは、まだ端緒についたところ(2)
2.支援制度導入の先の更なる打ち手
― たとえば女性管理職比率といった会社としてのダイバーシティ目標が設定され、育児休業などの支援制度は一通り整ってきました。更なる打ち手として、何が必要だとお考えですか。
ひと昔前に比べれば進んできているとはいえ、その進捗は斑模様です。私のところに来る依頼も「ダイバーシティの基礎知識を解説して欲しい」という企業さんもあれば、「どうやって仕事に結びつけてインクルージョンを進めればいいかを指導して欲しい」という企業さんもいます。セミナーの参加者に「LGBTQについて聞いたことがある人」と尋ねると大半の方が手を挙げますが、「説明できる人」と尋ねても挙手する人は少数派です。DDLで取り組んでいた4領域について、「ジェンダーについては一定の理解があるが障害についてはよくわからない」というように、人によって知識にも偏りがあるのが現状だと思います。最低限の知識の普及啓蒙において、まだまだ余地があります。
またアンコンシャス・バイアスの自覚には、さらに伸びしろ大です。ハラスメント研修でNG表現を教わっても自分の場合は許されると勘違いしている人は珍しくありません。基礎知識を得て問題の存在を知っていても、自分が実は偏見に支配され、無自覚にマイノリティの人を傷つけてしまっていることに気づけていないことは少なくありません。
― 伊藤さんが問題意識を強くもって注力されていることはありますか。
2030年までに上場企業の女性役員比率を30%にするという政府の目標はとてもチャレンジングだと考えています。女性リーダーを増やす上で私が必要だと思うのは、管理職像自体を変えてしまうことです。先頭に立ってチームを引っ張っていく強い指揮官をイメージすると、自分はそんなリーダーにはなれないと感じてしまう女性は少なくありません。完璧でなくていい、自分の弱点を認めて自らメンバーに共有し、メンバーの弱い部分や多様性を理解・受容できるハンブル(humble:謙虚な)なリーダー像であればハードルは下がります。DDL時代に、東大先端研熊谷晋一郎准教授と日本エンゲージメント協会代表理事の小屋一雄さんと一緒に「ハンブルリーダー養成講座」を開発しました。「自分のわからないことをメンバーに教えてよ」と素直に言えるリーダー像なら、より多くの管理職予備軍の女性の背中を押せるのではないかとお薦めしています。
3.表面的な理解に留まらず我が事化するには
― 「ダイバーシティ」というキーワードは普及し、その推進に表立って異を唱える人はあまりいません。かといって皆が積極的に取り組もうとしているかというとそうでもない。組織内にも温度差があるのが多くの企業の現実だと思いますが、より多くの人が我が事化するにはどうしたらよいのでしょうか。
多分日本で一番有名なトランスジェンダー活動家に杉山文野さんという方がいます。生まれは女性ですが成人してから性別適合手術を受けたトランス男性です。性移行する前の感覚を杉山さんは著書で「高校時代の自分は、女子高生の着ぐるみを着せられていた」と語っているんです。私はこの「着ぐるみ」という喩えにとても納得しました。「そういう恰好をしているんだから男子とチューしなさい」って言われても嫌ですよね。弱気な人が、お相撲さんの着ぐるみを着せられて、「さあ、闘って」と言われても、中身は相撲取りではないんだから、できませんよね。
― たしかに、トランスジェンダーという抽象的なキーワードだけではピンとこないですが、たとえば杉山さんという当事者の顔を具体的に思い浮かべられると各段に理解と共感がちがってくる。逆にいうと、直接触れたことがない人にはわかりようがないということでしょうか。
そうですね。特に企業の管理職の立場にある中高年男性というのは、同質的なコミュニティで生活している場合が多いのでマイノリティの人について実感をもって理解する機会に乏しい。たとえばLGBTQの人に接したことがないのが普通だったりします。以前LGBTQは全人口の9.7%いるという調査結果を発表したら「嘘だろ、俺は60年生きてきて会ったことないぞ」という電話が来たことがありました。実は会っていたとしても、見た目ではわからないので気づけていない面もあります。
4.自己開示し合えるようになるために
― 職場でカミングアウトしていないLGBTQの方も多いのでしょうね。社内カップルの片方が転勤になる際、通常の夫婦なら、2人とも仕事が続けられるよう、もう片方の勤務地について会社に配慮してもらうことを願い出ることができるのですが、会社にオープンにしていない同性愛カップルはそれができず、辞めるしかない。こうした「LGBTQ辞職」があると聞きます。カミングアウトしても大丈夫という理解のある職場はまだ少ないのでしょうか。
LGBTQの例に限らず、たとえば、親の介護とか障害のある子どものケアとか、仕事にも影響しかねない家庭の事情があったとしても、それをオープンに言えない職場の方が多いように感じています。介護休職の制度は整備されており、それを取得したらといって本人に不利な扱いにはならないと定められていても、実際のところ、自分が休んだ穴を同僚たちが埋めざるを得ない状況だとしたら、職場に迷惑をかけたくないとか同僚たちから疎まれたくないとか思って、プライベートな事情を言い出せない人は少なくない。上司の理解がない職場であれば、尚更です。
― どうしたら、そうした状況を改善できるのでしょう?
育児でも介護でも休む人が出ても仕事が回るようにするのは経営の責任です。シワ寄せとして同僚に過度な負担を強いることがないよう一定の余裕を見て人員を配置することが望まれます。休んだ人の穴をカバーしてくれた人にはきちんと手当を払って報いるといった処遇面でのフェアネスを担保する。支援対象者ばかりを厚遇し、対象以外の人に不公平感が高まり、互いに助け合う関係を壊してしまっては本末転倒です。
またマイノリティに対する差別的な言動を許さないアライシップ(自分自身はそこに属していなくても社会的に疎外されている集団に属している人びとの擁護者になること)を浸透させることも大切です。この職場には自分の味方がいると思えれば、カミングアウトのハードルは下がります。
― 上司の意識を変えるには、どうしたらよいですか。
実際に効果的なのは、職場のダイバーシティの実現度合いを上司の評価項目に入れてしまうことです。評価に響くとなれば、自分の職場の改善方法を真剣に考えるようになり、そのために必要な知識を学ぼうとするスイッチも入ります。
イントラパーソナル・ダイバーシティ(個人内多様性)という観点を持つことを通じて気づきが得られるかもしれません。日本人、男性、中高年の企業の管理職という人でも、家庭では父親であり、親から見れば自分が息子であり、実は職場では内緒にしている顔があるものです。上司然としなければと意識するがあまり覆い隠している自分の弱さに目を向けてみる。自分の中にある弱者の側面を認められると、自分にも他人にも寛容になれる度合いが高まります。先ほどご紹介した「ハンブルリーダー養成講座」には、そうした内容も含まれます。
― 最後に、今後どんなことをやっていきたいか、伊藤さんのビジョンをお聞かせください。
大それた夢みたいなものはないのですが、表面的な言葉だけではなく、ダイバーシティ推進に関わる一人ひとりが「腹落ち」できている状態に近づけるお手伝いがしたいですね。かつて電通時代に、TEDというスピーチ動画を真似て、職場で「個人TED大会」を開催したことがありました。各メンバーの生い立ちや趣味など考え方の背景にある人となりを知ることができたことで、その後の仕事でも協働機会が各段に増え、多様であることを認めたときに得られるメリットを実感しました。そのときにダイバーシティは探求しがいのある奥深いテーマだと思ったのです。根底にあるのは個人的な好奇心なのかもしれません。
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ」。ブレイディみかこさんのベストセラー『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の中に出てくるフレーズです。そしてこう続きます。「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどうくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと思う」。私の活動も「無知が故に人を傷つけてしまうことを減らす」一助になればと思っています。
― 本日は貴重なお話をありがとうございました。