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愛されない、愛せないのは、あなたが愛さないから

人は、
愛されたい人から愛されることで心が満たされるそうです。

でも、
わたしは誰からも愛されていないとか
愛されたい人からは愛してもらえず、
愛されたくもない人から好意を寄せられたりとか。
うまくいかないと感じる人が多い気がします。
これは恋愛に限らず、家族や、友達関係も含めて。

昔は、わたしもそんな中の1人でした。

保育園の頃に両親が離婚して、
わたしは母方に引き取られました。
当然家計は苦しく、
昼も夜も働いてくれていた母ですが、
母は自分の親と関係性が良くなかったため、
父方の祖母の家によく預けられていました。

「離婚しているのにどういうこと?」と
不思議に思われることが多かった家庭環境でしたが、当時子どもだったわたしは、
その異様さについては何とも思いませんでした。
それから気がつけば思春期になり、部活や友達との時間が増え、母親とは週に1回お泊り、それ以外は祖母の家で暮らす生活になっていました。

思春期というものは、自分のアイデンティティが確立していく大切な時期です。
今ではよく耳にする「自己肯定感」が揺らぎやすい年頃でもあると思います。

そんな頃、今更自分の家庭環境が普通じゃないことが気になり出します。
「わたしは両親から愛されていないんじゃないか。わたしは要らない子どもだったんじゃないか。」
そんなことを考えてしまっていましたが、
事実がどうなのかなんて
親に聞く勇気もありませんでした。
そのまま時が経ち、
なんとか奨学金や親戚の力などを借り、
看護師を目指して大学へ進学することができました。
しかし学生生活の途中で分かったことが、
母親がわたしの学生資金を使い込んでいたことです。
怒りと、虚しさと、寂しさと…、
何て言葉にしたらいいか分からない感情を味わいました。
それと同時に、わたしはわたしで強く生きていこうと決めます。半分諦めた気持ちもあったかもしれません。
無事に国家試験に合格し、就職と同時に家を出ました。就職1年目は、覚えることが沢山ある中での多重業務、毎日3時間は残業し、本当に心身ボロボロになりながら乗り越えました。
看護師という仕事は、日々いろいろな患者さんと出会います。
そんな中で、母親との関係性を見直すきっかけとなった出会いがありました。
入院時に、ご家族から患者さんの既往歴などプロフィールを伺うことがあります。
その患者さんには、発達障害があることを事前に奥さんから知らされていました。
奥さんが言われた例えが、
「薬飲んだ?」って聞くと、
「はい、水飲んだよ」って返事が返ってくることがあると。
なんだかこういうやり取り、身近によくあったぞ?と思い返すと、母とのやり取りはいつもこんな感じでした。
改めて発達障害について調べていくと、
母に当てはまることばかり。
こういう時々噛み合わない会話や、
お金の管理、数字が苦手なところなど…。

これを母に告げるまで、
なかなか勇気が出ずに数年経ってしまいましたが、
ある日母から職場の人間関係や、業務をこなす難しさについて相談があったとき、
今なら…と思い伝えてみました。
すると母の反応は、
「やっぱり…?」でした。

!?!?!?!?

まさかの反応に驚いたのと同時に、
なぜか安堵感…。
聞くと、母自身も周りができていることが自分には難しく感じることが多々あると。

そしてわたしは、
幼い頃に抱いていた気持ちを思い出しました。

それは
「お母さんを守ってあげなきゃ」です。

同時に、
「あぁわたしってこんなに母のことを
愛していたんだ」って
気持ちを思い出しました。
すると、これまでの母との関係性で
抱いていた葛藤が消えていくようでした。
確かにわたしの母は、
母親として「立派」とは
一般的には言われないかもしれません。
でも、母なりに精一杯生きてきたんだなと
思うと、感謝の気持ちが溢れてきたのです。
母はわたしのことを愛してないわけじゃなかった。不器用なだけだったんだって。


そうなんです。愛することをやめてしまったのは、わたしの方だったのです。
幼い頃は、無条件に母のことを愛していたはずなんです。
愛することをやめてしまうと、
人間は注がれる愛情をも無意識に拒んでしまい「愛されていない!」と感じるんだと思います。
愛情表現のスキルも必要ですが、愛情を受け取るにもスキルが必要だと思うんです。
みんな子どもの頃はどちらもできていたにも関わらず、大人になっていくにつれて忘れてしまうのかもしれません。

人は生まれながらにして本能的に
誰かを愛したいし、愛されたい生き物だと思います。

では、改めて「愛する」とは何か。

まずは相手へ関心を寄せることだと思います。
相手の言動が理解できないことって、
生きていれば出くわすことが沢山あります。
でもそんな相手の生きてきた人生、価値観などに心を寄せて理解しようとしてみると、
最初とは違った解釈が出来ることがあるかもしれません。
あなたがわざわざ傷つく必要がないことの方が、ほとんどです。


だからまずはあなたから、
愛してみること。関心を寄せてみること。
そうすると、自然と愛していけるようになり、いつしか愛してほしい人に愛されている日常がそこにあるかもしれません。

どうかそうやって、
この世界が愛で満ちていきますように(^^)

この記事を読んでいただいたあなたも、
愛されていること、誰かを愛していることを思い出していただけたら幸いです。
そんなあなたを、わたしも愛しています。



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