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東京ステイケーション / mesm Tokyo

メズム東京の部屋は、小さな秘密基地のようだった。街のどこかに隠れているのに、ここにいるとすべてが見渡せる。窓の向こうには浜離宮の緑が広がっていて、まるで永遠の庭がそっと呼吸をしているみたいだった。都会の喧騒を背に、ここだけが静かに、誰にも邪魔されず時間を紡いでいるような気がした。

何度かここを訪れているけれど、その景色に飽きることはない。都会の真ん中にいるのに、まるでどこか遠い別の場所に連れ出されるような感覚。時には家族と、時には一人で。この空間の静けさは、誰と一緒でも、一人きりでも、いつだって変わらない。そっと寄り添うように、優しく迎え入れてくれる。

昼間はテラスの椅子に腰掛けて、ただぼんやりと外を眺める。家族と一緒のときは、取り留めのない話をしながら、同じ景色を共有する。けれど、一人のときはもっと静かだ。時間がゆっくりと流れていくのを感じながら、緑と水の静けさの中に、自分を溶かしていく。風が葉をかすめる音や、水面がきらめく瞬間だけが、世界の全てになる。

メズム東京に来るのは、たいてい心と体を少しだけ休ませたいときだ。気分転換に外へ出て、芝生の上をゆっくり歩きながら、水面のきらめきに目を細める。ふと、近くの階段に腰掛けて、空がゆっくりとオレンジから紺色に変わっていくのを見つめることもある。都会の真ん中で、こんな穏やかな時間が流れているなんて。何も考えず、ただその景色に溶け込んでしまいたくなる。

少し肌寒い風が頬をかすめる頃、部屋に戻ると、暖かな照明に包まれた空間が待っている。バスタブにお湯を張る間、電子ピアノの前に座り、鍵盤にそっと触れる。音がぽつり、ぽつりと部屋に落ちていく。その音が消える前に、次の音を探して指を滑らせる。何の意味もない、自分のためだけの音遊び。でも、その音が部屋の静けさと混ざり合う瞬間が、なんとも心地いい。

やがて湯がたまり、照明を落としたバスルームに向かう。湯船に体を沈めると、湯気がふんわりと体を包み込む。輪郭が少しずつ溶けていくような気がして、自分がどこか広がっていく感覚になる。目を閉じると、外の夜の緑が、ただそこにいるのを感じる。

こうして、メズム東京での夜はゆっくりと深まっていく。湯音に耳を澄ませながら、ふと考える。この静けさの中で、あの木々は一体何を見つめているのだろう。季節の移り変わりだろうか、人の営みだろうか。それとも、ただ夜の風景を、そのまま受け入れているのだろうか。

きっと答えなんて、どこにもない。ただ湯気に包まれたこの空間で、心が少しずつ軽くなっていくのを感じる。深く息をついて、湯の温もりと静けさに身を任せると、思考はだんだんと溶けていき、時間そのものが静かにほどけていく。

外の木々もきっと、こうして静かに夜を迎え入れているのだろう。何も急がず、ただそこにある。それだけで十分なのだと、私にもそっと教えてくれるような気がした。

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