見出し画像

オレンジの午後


日曜日の午後。家族で過ごす部屋に、あたたかい「無音」が流れている。これといって何かが起きるわけでもない、ただいつも通りの、穏やかで、どこかでうたた寝したくなるような午後。けれど、この時間にほんの少し違う空気を漂わせたくなるのが、日曜の不思議なところだ。

今日はルイボスティーに、冷蔵庫で眠っていたオレンジを一切れ入れてみた。切ったばかりのオレンジがぽんと浮かぶと、日常に小さな特別感が加わる。それだけで、「いつもの午後」が少しだけきらきらし始めるのだから、飲み物の魔法すごいと思う。

夫がカップを手に取り、ふとその香りを確かめるように深く息を吸い込む。いつもと少し違う香りに、どこか気持ちが和らぐのだろう。ほんの小さな工夫をひとつ加えるだけで、見慣れた午後がそっと彩りを増す。こんな些細な変化が、日常の空気にやわらかな温もりを広げていくのが感じられる。

テーブルの向かいで、下の子がじっと私のカップを見つめている。思わず笑って、「どうしたの?」と聞くと、「ママのオレンジ、食べてもいい?」と聞いてくる。その瞬間、オレンジの甘い香りが部屋中に溶けていくような気がする。わたしも小さく笑って、「いいよ」と言ってカップを差し出す。こういう何気ないやりとりが、あとになって小さな宝物のように心に残るものだということを、いつの間にか知っていた。

ただ静かに、こんなふうに同じ空気を吸って、何でもない日曜の午後を過ごせるだけで、何かが満たされていく。たぶん、わたしはこうやって、少しずつ、ほんとうに少しずつ「満たされる感覚」を知っていくのだと思う。どんなに特別なことがなくても、わたしたちの日常には、こうした瞬間の連なりが静かに流れている。

窓の外に夕日がゆっくりと姿を現し、薄い雲を透かしながら街を淡く染めはじめている。その光が部屋の中まで届き、静かな午後に少しずつあたたかさが満ちていく。やがて夕方がやってくるけれど、何も焦ることはない。この時間がどこかに流れていくとしても、わたしの中にひっそりと灯る「小さな満足」が、この一週間をまたやさしく支えてくれる気がする。

いいなと思ったら応援しよう!