吉野ヶ里石棺線文字を読み取る~b板を中心とした概観

 エジプトの神聖文字はあの親しみやすい見た目から,当初,解読は容易であると思われましたが,大勢の挑戦者がほどなく迷宮に陥りました。吉野ヶ里の線文字はいきなりの迷宮からのスタートとなりそうです。神聖文字,くさび形文字,インダス文字,甲骨文字のいずれにおいても,水平または垂直のベースラインが存在しています。しかし吉野ヶ里の線文字は並びがランダムで,行の始まりと終わりがあるのか,どの方向からどこへ読み進めるのか定かでありません。水平・垂直に推移していたかなと思った文字列が途中から斜めへ移動するのですが,だからと言って,でたらめの殴り書きであるとは言えません。それは,自ら硬い石に線を刻んでみればわかります。すでに刻んだ線と交差する形で,新たな線を刻むには,ある程度の力が必要,つまり意味を伴う意思をもって交差した線を描いているということです。この曲線を描くベースラインと点在する記号のランダムさには,他の古代文字にない魅力を感じます。その魅力はデスメタルのバンドロゴの,元の綴りに派手な装飾を施した特殊フォントのごとく,華麗な趣があります。つまり本来は水平・垂直なラインに沿って記述される文字を,デコレートした結果,斜めの線やラインが生じたのではないかという印象です。

 下絵のない状態から大きな板面に文字を書く場合,行頭は余裕を持って開始するものの(青囲み),行の末尾が寸詰まりになることがあります。その視点から見ると,上段の”1行目”は左から右へ書いたものと見えます。左端の文字の余裕のある筆致と比べて,右端の文字は詰め込んだ感があります。と同時に,上側もゆったりと余白が空いており(青囲み),下方は文字が途切れる形となっています。この余白を見ても,b板の1行目に最も重要な内容が書かれていると感じられます。
 前述の4種の古代文字の中で,最も意匠が似ているものは甲骨文字です。まず誰もが試すと思われるのが「漢字の書き崩しではないか」という視点ですが,左端の塊は「魏」の字に似ていなくもありません。しかし,倭王の墓石の冒頭に魏の文字が刻まれることはないでしょう。ほかにも耕・歩といった漢字に見えなくもない箇所がありますが,東洋で横書きが開始されるのは近代になってから。横書き文字がはたして東アジア諸国に先んじて日本で生まれたでしょうか。こうした基本的な観点については,表意文字か表語文字かという問題も含め,今後詰めていきます。
 どの古代文字と比べても難易度が高いと思われる,この吉野ヶ里の線文字の解読には,実はエジプトの神聖文字と比べて優位な点もあります。古代エジプト語の話者は数千年にわたり途絶,つまり音が失われていたのに対して,邪馬台国の言語の音は「卑弥呼」など中国の漢字に当てられ,その断片が残存しています。古代イタリアのエトルリア文字は分析の結果,声に出して読むことはできるようになりましたが,その意味がわかっていません。これとは逆に,吉野ヶ里の線文字にまず史料にみられる音を当てていけば,早期に実像が姿を現す可能性もあります。つまり古代日本語の音は全くの謎ではない,古代九州のできごとは中国の歴史書に記されている,墓石に刻むメッセージの中身は限られているという観点からの着手です。石棺に文字が刻まれていれば,それは被葬者の称号,事績,祈祷文であることに疑いありません。たとえば卑弥呼であれば,武勇で征服地を拡大した王ではなく,終生宮殿にこもった呪術師であることから,ロゼッタストーンのように事績に長文を当てる必要はありません。ごく単純な,しかし神聖な称号が書かれているでしょう。卑弥呼以外にも「魏志倭人伝」に名の残る他の人物名もあわせて,今後その音を投射してみたいと思います。
 次に,上段の横1行から脱線するように左下へ円弧を描いて流れていく文字列がみられます(緑線)。最初この円弧状の列はアルファベットのカール装飾のようなものかと思ったのですが,同じく円弧を描く列が右側にもあるので,これら2列は文字列に見えてきます。列が左下方へ流れていくことから,先ほどロゴにたとえた1行目は横書きと見た方が自然な流れに感じられます。全体を90度右回転させ縦書きと見ると,この円弧が左上方へ流れていくことになり不自然さが増します。横書きで左あるいは右から読み進める文字,縦書きで上から下へ読み進める文字はあっても,下から上へ読み進める文字は非常に少ないからです。
 そしてこれら2列の円弧がb板の下辺で途切れている点ですが,果たしてb板とc板は別々の板なのか,それとももともと一枚岩だったのが割れて一部欠けたのか,このあたりの検証が必要になってきます。と,ここで「クローズアップ現代(NHK)」にて,鹿児島国際大学の画像解析により,b・cの2枚の板は1枚の板が割れたものと判明したとの報告がありました。そうなるとこの円弧はc板まで延長した流れとして見ることができます(緑線)。この番組ではb・c板合わせて天体配置図と見る解釈が紹介されていましたが,石板全体を大きく回転させなければならないので,これについては後日考察してみます。

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