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《生き続ける文化財》『花背松上げ』と『久多の花笠踊』

京都市文化財保存活用・施設整備アドバイザーとして活躍され、当財団アドバイザーでもある松田彰さんが散策した京都の町や見学した行事の記録のコーナーです。今回は『花背松上げ』と『久多の花笠踊』の様子をお届けします。


文章・写真:京都市文化観光資源保護財団アドバイザー 松田彰

京都では8月16日に「五山送り火」が行われますが、この頃北部山間地域では「松上げ」が行われます。京都市内の松上げは花背や広河原など5カ所で行われており、その先陣を切って、五山送り火の前日(8月15日)に行われるのが『花背松上げ』です。桂川上流の広い河原で行われる花背の松上げを一度見たいと思っていたところ、その機会を得ましたので花背に向かいました。この機会に、花背の北方にある大悲山峰定寺(ぶじょうじ)や久多地域も訪ねましょう。
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花背松上げ

左京区花背八桝町の河原に設けられた松上げ会場の燈籠木場(トロギバ)には、高さ20メートルの燈籠木(トロギ)を中心に約千本の地松(地面に刺した松明)が用意されていた。
午後8時過ぎ、花背の村人がお堂に集まり松上げの準備を始める。春日神社の御神火で“お堂”と呼ばれる公民館の前に篝火をたき、各自松明に火をつけて出発。松明をもって進む男たちの行列は橋を渡って河原へと進み、トロギバに到着すると地面に差し込まれた千本の地松に点火。続いて各自持ってきた上げ松【写真5】に火を着け、くるくると回し始める。太鼓の合図とともにその火のついた上げ松をトロギの先端にあるモジ(傘状の籠)目がけて投げ上げる。

左:燈籠木場(トロギバ) 右:上げ松

夜空に上げ松が放物線を描く。何本もの放物線が描かれるが、なかなかモジには入らない。そのうち観ていた客が上げ松を投げる男たちに掛け声を掛けて応援する。20分ほど経過したころ、モジに入った上げ松がトロギの先端で炎を上げる。それを見て観客は、「今年は例年より早かった」などと着火を褒める。その後も上げ松は夜空を飛び交う。しばらくすると、突然モジが激しく燃え上がり、同時に炎が柱をつたって下に燃え落ちる。トロギ全体が大きな火柱となって輝く。燃え落ちた炎が消えたころ、燃え残るトロギが川に向かって倒されていく。

松上げの様子
火柱となるトロギ
倒されるトロギ

「松上げ」は、洛北から若狭へかけての山あいの集落で伝承されてきた、愛宕信仰による献火の行事。精霊送りや農作物の豊作を祈願する行事でもある。市内では花背のほか、久多宮の町、広河原、雲ヶ畑、小塩で行われている。五山送り火の前日に行われる『花背松上げ』を始めとする各地の「松上げ」は、集落あげての、いや京都の一大ページェントだ。河原に点灯する千本の松明、放物線を描く火玉、山に向かって燃え上がる火柱、ゆっくり倒れていくトロギとモジの火。素朴にして雄大な山里の火の行事であった。松上げが終わると、男たちは列をなして“お堂”に戻り、そこで伊勢音頭が躍られる。

堂内で踊る伊勢音頭


大悲山峰定寺

トロギバから鞍馬街道を北に上がり、花背大悲山口を寺谷川に沿って東に行くと峰定寺がある。その門の手前には数寄屋造りの美山荘が建ち、渓流沿いの風情と相まって涼やかな空間を醸し出している。門を入ると、山に向かって仁王門が建ち、そこに二体の金剛力士像が立っている。本堂はそこから山中に30分ほど入ったところだが、昨年の台風7号をはじめとする近年の豪雨の被害により寺は閉門されたままであった。
大悲山峰定寺は、平安末期の1154(仁平4)年に山岳修験者の観空西念が創建したもので、鳥羽上皇の勅願により不動明王・毘沙門天像が奉納されたことに始まる。寺の造営には工事雑掌として平清盛が任命されたと伝えられる。山麓の仁王門や山中崖地に建つ本堂は、鎌倉末期の1350(貞和6)年に再建されたもの。本堂は五間四方の寄棟造で崖に張り出す舞台懸造り、仁王門は入母屋造の八脚門となっていて、重要文化財に指定されている。大悲山は峰定寺の境内として山全体が山岳信仰の地となっており、「花背大悲山京都府歴史的自然環境保全地域」に指定されている。本堂と大悲山の景観を一刻も早く観たいものであり、早期の復旧を期待したい。

大悲山峰定寺仁王門


久多の花笠踊り

大悲山の北方には京都市最北端の地、久多がある。この地域では毎年8月24日に花笠踊が行われる。『久多の花笠踊』は、地元で花笠と呼ぶ、美しい造花で飾った灯籠を手に持ち、太鼓に合わせて歌い踊るもので、中世に流行した風流踊の様子をうかがわせるという。
花笠は、久多に5つある町ごとに決められた「花宿」で各自が造った花弁を持ち寄り、直前の1週間ほどで飾り付け完成させる。1輪の花弁は50本以上、これを32輪集めて灯籠を造るので1基1600本以上の花弁が必要だが、全て手作り。
踊り当日の夜、各花宿に集まった男たちが花笠に火をともし出発。まず上の宮神社に集まり本殿に花笠を供えた後、「より棒」を持った二人が棒を打ち合い、続いて締太鼓を打って歌い、踊る。次に大川神社で奉納した後、志古淵神社に向かう。志古淵神社では既にヤッサ踊り(盆踊)が踊られており、花笠踊の一行が到着し、いったん志古淵明神に花笠を供えた後、拝殿前で「より棒」を打ち合うと盆踊が終わり、花笠踊が始まる。踊りの所作は、体を左右にひねってかがんだり、左右の足を交互に出すなど、簡単な動作を繰り返すものだが、暗闇の中でろうそくの明かりに照らされた花笠が、哀調をおびた曲にあわせてゆらゆらと揺れる姿は幻想的である。この『久多の花笠踊』が2022年に「風流踊」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録された。
山里には山里ならではの伝承がある。

上の宮神社での奉納
志古淵神社でのヤッサ踊り


【参考文献】
◇「花脊松上げ(京都市登録無形民俗文化財)」《京都の祭り・行事―ふるさとの伝統行事を訪ねる》平成31年3月20日
◇「伝統行事『松上げ』における森林資源利用の地域特性」木村栄理子・深町加津枝《研究発表論文ランドスケープ研究》73(5)、2010年
◇「京のまつりと祈りーみやこの四季をめぐる民俗」八木透著、株式会社昭和堂、2015年
◇花背松上げ《京都観光ナビ》【https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=4713
◇花背の松上げ(駒札)《京都観光ナビ》
https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=9&tourism_id=2211
◇花背の松上げ《そうだ京都、行こう》
https://souda-kyoto.jp/event/detail/hanase-matsuage.html
◇森京都 伝統行事 松上げ(花脊,広河原,久多)《京都市情報館(左京区)》
https://www.city.kyoto.lg.jp/sakyo/page/0000012159.html
◇「『花背の松上げ』花背八桝町の河川敷」《京都新聞》2024.8.15
https://www.kyoto-np.co.jp/ud/events/6467229eb5762225c3000000
◇「五穀豊穣願う 炎の放物線『花背の松上げ』」京都《産経新聞》2024.8.16
https://www.sankei.com/article/20240816-K5EIFG5I7JOXVFEXEK74W3W6QI/
◇「京都の奥座敷「花脊」で松上げ…五穀豊穣願い炎のアーチ」《読売新聞オンライン》2024.8.17
https://www.yomiuri.co.jp/local/hashtag-kyoto/CO072596/20240817-OYTAT50000/
◇京都府丹波高原国定公園「花背の里」《現地説明板》京都府・京都市
◇ふるさとの自然観察路 花背大悲山―天然林と渓流沿いの四季《現地説明板》京都府
◇花背大悲山京都府歴史的自然環境保全地域《現地説明板》京都府
◇花背大悲山京都府歴史的自然環境保全地域 昭和60年3月15日指定(京都市左京区)《現地説明板》京都府
◇花背大悲山京都府歴史的自然環境保全地域《京都府公式サイト》
https://www.pref.kyoto.jp/shizen-kankyo/hozen04.html
◇峰定寺《現地説明板》京都市
◇峰定寺(ぶじょうじ)《国指定文化財等データベース》
・峰定寺仁王門【https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1682
・峰定寺本堂及び供水所【https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1680
◇「大悲山峰定寺と修験の世界」《大悲山峰定寺》【https://daihizan.jp/】
◇久多の花笠踊《国指定文化財等データベース》
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/302/638
◇久多の花笠踊(京都の歴史と文化 映像ライブラリー)《京都市文化観光資源保護財団》
https://www.kyobunka.or.jp/library/entertainment/139.php
◇久多花笠踊《京都観光ナビ》【https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=4857
◇久多花笠踊《京都市情報館(左京区)》【https://www.city.kyoto.lg.jp/sakyo/page/0000024567.html
◇(奇祭を行く)⑤久多の花笠踊《京都新聞》2024.8.23
◇(実りに感謝 揺れる明かり)「昨年無形文化遺産京都・久多で花笠踊」《京都新聞》2023.8.26
◇久多里山協会《久多里山協会公式サイト》【https://www.kutanosato.net/
◇(会報No.140)「特集 久多の花笠踊―京都、近江の文化の要衝に花開いた優雅な灯篭踊―」公益財団法人 京都市文化観光資源保護財団 村田典生《京都市文化観光資源保護財団》2024.8.1
◇「特集 京都の文化遺産の保存と継承2 京都市左京区久多 ―生活文化の継承―」
京都造形芸術大学教授・当財団専門委員 伊達仁美《京都市文化観光資源保護財団》
https://www.kyobunka.or.jp/learn/learn_folklore/2371.php
◇志古淵神社《現地説明板》京都市
 

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