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【医学生・研修医のための実践的症例学習】胃食道逆流症(GERD):多彩な症状から学ぶ診断アプローチ
はじめに
胃食道逆流症(GERD)は日常診療で最も頻繁に遭遇する消化器疾患の一つです。本稿では、異なる症状で受診する3つの症例を通じて、本疾患の診断・治療アプローチについて実践的に学んでいきましょう。
1,疾患概要
胃食道逆流症は、胃内容物の食道への逆流により様々な症状や合併症を引き起こす疾患です。食道粘膜傷害の有無により、非びらん性胃食道逆流症(NERD)と逆流性食道炎(RE)に分類されます。
2,症例提示
医師:「どのようなお困りごとでしょうか?」
患者:「胸やけがひどくて。特に夜寝る時が辛いんです。」
医師:「それはいつ頃からですか?」
患者:「2ヶ月くらい前からです。最近残業が増えて、夜遅く食事を取ることが多くなって...」
医師:「胸やけ以外の症状はありますか?」
患者:「お腹が膨れる感じと、時々酸っぱい液が上がってくることがあります。あと、咳が出ることもあります。」
医師:「症状は1日のうちでいつが一番強いですか?」
患者:「夜寝る時と、朝起きた時が特にひどいです。」
【症例】
42歳、男性
職業:システムエンジニア
既往歴:特記事項なし
生活歴:喫煙20本/日×20年、機会飲酒
身体所見:身長170cm、体重75kg(3ヶ月で+5kg)
バイタルサイン:特記すべき異常なし
【設問】
Q1. この時点で考えるべき鑑別診断を3つ挙げ、その理由を説明してください。
Q2. 次に行うべき問診項目を3つ挙げてください。
Q3. 診断確定のために行うべき検査とその所見について述べてください。
Q4. 最も考えられる疾患について、以下の説明文を患者向けに分かりやすく完成させてください。
「〇〇という病気が考えられます。この病気は...」
3,症例問題の解き方
■ Step 1: 情報の整理
・主訴:胸やけ
・重要な症状:夜間症状、逆流症状、咳嗽
・増悪因子:夜間の食事、体重増加
・生活背景:残業、喫煙
■ Step 2: 問題点の抽出
・典型的GERD症状の存在
・生活習慣の乱れ
・肥満傾向
・喫煙歴
4,解説
【解答】
A1. 鑑別診断:
胃食道逆流症(GERD)
典型的な胸やけ
夜間症状
生活習慣との関連
虚血性心疾患
胸部症状
危険因子(喫煙、肥満)
中年男性
食道運動異常症
胸やけ
逆流症状
ストレス関連
A2. 追加問診項目:
「症状は食事の内容で変化しますか?」
「姿勢を変えると症状は変わりますか?」
「市販の胃薬を使用したことはありますか?効果はどうでしたか?」
A3. 必要な検査:
上部消化管内視鏡検査
食道粘膜の変化
裂孔ヘルニアの有無
他疾患の除外
24時間食道pH測定(必要に応じて)
酸逆流の頻度と程度
症状との相関
血液検査
H.pylori感染の評価
貧血の有無
A4. 患者説明:
「胃食道逆流症という病気が考えられます。この病気は、胃の内容物が食道に逆流することで起こります。特に夜間の食事や喫煙、体重増加が症状を悪化させる可能性があります。生活習慣の改善と適切な薬物療法で、多くの場合症状をコントロールすることができます。」
5,その他の症例問題
【症例2:慢性咳嗽を主訴とする35歳女性】
医師:「どうされましたか?」
患者:「2ヶ月ほど前から咳が続いていて...」
医師:「どんな時に咳が出やすいですか?」
患者:「特に夜寝る前と、朝起きた時です。あと、声がかすれることもあります。」
医師:「胸やけなどの症状はありますか?」
患者:「実は最近、横になると胸が焼けるような感じがあります。でも咳の方が気になって...」
医師:「お仕事は何をされていますか?」
患者:「声楽の講師をしています。声のことが気になって心配で。」
【身体所見】
身長 162cm、体重 48kg
バイタルサイン:特記すべき異常なし
胸部聴診:肺音清、心音整
【解答】
A1. 鑑別診断:
GERDの非典型症状
夜間咳嗽
嗄声
潜在的な胸やけ症状
咳喘息
慢性咳嗽
夜間症状
職業との関連
後鼻漏症候群
慢性咳嗽
声の症状
朝の症状
A2. 追加問診項目:
「咳は痰を伴いますか?」
「アレルギー疾患の既往はありますか?」
「食事の内容や時間帯と症状に関連はありますか?」
A3. 必要な検査:
上部消化管内視鏡検査
食道粘膜の変化
逆流性食道炎の有無
他疾患の除外
24時間食道pH・インピーダンス測定
非酸性逆流の評価
症状との相関
夜間の逆流episodes
呼吸機能検査
喘息の除外
気道過敏性の評価
A4. 患者説明:
「胃食道逆流症の可能性が考えられます。この病気は胃の内容物が食道に逆流することで、胸やけだけでなく、咳や声のかすれなども起こすことがあります。特にお仕事が声楽の講師ということで、適切な治療が重要です。生活習慣の改善と薬物療法で、多くの場合症状は改善します。また、就寝時の工夫として枕を高くするなども効果的かもしれません。」
【症例3:非心臓性胸痛の58歳男性】
医師:「どのような症状でしょうか?」
患者:「胸が痛くて不安で。先週も救急外来を受診したんです。」
医師:「その時の検査結果は?」
患者:「心電図や血液検査は問題ないと言われました。でも、胸の痛みは続いていて...」
医師:「痛みはどんな時に起こりますか?」
患者:「食後に横になった時とか、急いで歩いた後とかです。あと、最近ストレスも多くて。」
【身体所見】
身長 168cm、体重 72kg
バイタルサイン:血圧 138/82 mmHg、その他特記すべき異常なし
【解答】
A1. 鑑別診断:
GERD
体位との関連
食後症状
ストレス関連
冠動脈疾患
胸痛
労作との関連
年齢・性別
食道運動異常症
胸痛
ストレス関連
体位との関連
A2. 追加問診項目:
「胸痛の性質はどのようですか?締め付けられる感じですか?」
「痛みは何か特定の食べ物で悪化しますか?」
「制酸薬の使用経験とその効果はいかがでしたか?」
A3. 必要な検査:
上部消化管内視鏡検査
食道粘膜障害の評価
裂孔ヘルニアの有無
他疾患の除外
運動負荷心電図検査
虚血性心疾患の除外
運動と症状の関連
食道内圧検査(必要に応じて)
食道運動異常の評価
LES圧の測定
A4. 患者説明:
「胃食道逆流症が考えられます。この病気は、胸の痛みの原因となることが多く、時に狭心症と間違われることもあります。幸い、心臓の検査では異常が見られていません。横になった時や食後に症状が出やすいのは、胃の内容物が食道に逆流しやすいためです。生活習慣の改善と適切な薬物療法で、症状をコントロールすることができます。また、ストレス管理も重要になってきますので、一緒に対策を考えていきましょう。」
■ これら3症例の比較から学ぶポイント
GERDの多様な臨床像
典型症状(胸やけ、逆流感)
呼吸器症状(慢性咳嗽、嗄声)
非心臓性胸痛
患者背景による特徴
生活習慣との関連(症例1)
職業への影響(症例2)
心疾患との鑑別(症例3)
診断アプローチの違い
典型例:症状による診断
非典型例:除外診断の重要性
高齢者:器質的疾患の除外
6,まとめ
GERDは多彩な症状を呈する common disease です。以下の点が重要です:
症状による分類
典型症状:胸やけ、逆流感
非典型症状:咳嗽、嗄声、胸痛
診断のポイント
詳細な問診
生活習慣の評価
適切な検査選択
治療アプローチ
生活習慣の改善
適切な薬物療法
継続的なフォロー
【参考文献】
日本消化器病学会:GERD診療ガイドライン2021
Vakil N, et al. The Montreal definition and classification of GERD. Am J Gastroenterol. 2006
Katz PO, et al. Guidelines for the Diagnosis and Management of GERD. Am J Gastroenterol. 2022