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【医学生・研修医のための実践的症例学習】症例問題の解き方:食道アカラシア
はじめに
医学生・研修医にとって、症例問題を解くことは臨床推論能力を養う重要な学習方法です。本稿では、食道アカラシアの症例問題を通じて、効果的な症例問題の解き方と臨床推論のプロセスについて解説します。
1,症例提示
【症例:食事のつかえに悩む32歳女性】
医師:「今日はどのようなご様子でしょうか?」
患者:「食事の時に食べ物がつかえる感じがして、とても困っているんです。」
医師:「それはいつ頃からですか?」
患者:「去年の春頃からです。最初は固いパンとか肉とか、固形物が特につかえやすかったんです。でも最近は水を飲むときでもつかえる感じがあって...」
医師:「食事にはどのくらい時間がかかりますか?」
患者:「前は20分くらいで済んでいたのに、今は1時間近くかかることもあります。周りの人が待っていることも多くて、外食が怖くなってきました。」
医師:「他に気になる症状はありますか?」
患者:「夜、横になると胸やけがひどくて。それと、寝ている時にむせて咳き込むことが増えました。この半年くらいで服のサイズが緩くなって、体重を測ったら5kgも減っていました。」
医師:「これまでに大きな病気をしたことはありますか?」
患者:「特にないです。タバコは吸わないですし、お酒も付き合い程度です。」
【身体所見】
身長 160cm、体重 48kg
バイタルサイン:体温 36.5℃、血圧 118/72 mmHg、脈拍 72/分、SpO2 98%(室内気)
胸腹部診察:特記すべき異常所見なし
【設問】
Q1. この時点で考えるべき鑑別診断を3つ挙げ、その理由を説明してください。
Q2. 次に行うべき問診項目を3つ挙げてください。
Q3. 診断確定のために行うべき検査とその所見について述べてください。
Q4. 最も考えられる疾患について、以下の説明文を患者向けに分かりやすく完成させてください。
「〇〇という病気が考えられます。この病気は...」
2,症例問題の解き方
■ Step 1: 情報の整理
・主訴:食事のつかえ感
・現病歴の重要点:
1年前からの進行性症状
固形物→液体への進展
夜間症状の出現
体重減少
・身体所見:特記すべき異常なし
■ Step 2: 問題点の抽出
・進行性の嚥下困難
・夜間症状(咳嗽、胸やけ)
・体重減少
・年齢(若年成人)
■ Step 3: 鑑別診断の組み立て方
・解剖学的アプローチ(食道の器質的・機能的障害)
・症状の進行パターン(徐々に進行)
・年齢による疾患頻度の考慮
3,解説
A1. 鑑別診断:
アカラシア
進行性の嚥下困難(液体より固形物が先行)
夜間の誤嚥症状
体重減少
食道癌
進行性の嚥下困難
体重減少
年齢は比較的若いが除外必要
逆流性食道炎
胸やけ症状
夜間症状
A2. 追加問診項目:
「食べ物がつかえた時、炭酸飲料を飲むと楽になったりしますか?」
「症状は食事の時だけですか?それとも唾液を飲み込む時にもありますか?」
「胸の痛みを感じることはありますか?」
A3. 必要な検査:
上部消化管内視鏡検査
食道内腔の拡張
食物残渣の貯留
粘膜面の異常の有無確認
食道造影検査
特徴的なBird's beak sign
食道の拡張像
蠕動運動の消失
食道内圧検査
下部食道括約筋の弛緩不全
食道体部の無蠕動
A4. 患者説明:
「アカラシアという病気が考えられます。この病気は、食道の一番下にある筋肉の輪が上手く緩まなくなり、食べ物が胃の中にスムーズに流れていかなくなる状態です。原因は食道の壁の中にある神経の働きが低下することで起こります。完治は難しい病気ですが、内視鏡を使った治療や手術で症状を良くすることができます。治療法はいくつかありますので、検査結果を見てあなたに最も適した方法を一緒に考えていきましょう。」
【その後の経過】
内視鏡的治療(POEM)を実施し、症状は著明に改善。現在は定期的な外来フォローを継続中です。
4,その他の症例問題
【症例2:夜間の咳で眠れない45歳男性】
医師:「どういったご様子でしょうか?」
患者:「夜になると咳が出て、なかなか眠れないんです。」
医師:「それはいつ頃からですか?」
患者:「半年くらい前からです。最初は気にしていなかったんですが、だんだんひどくなってきて...。それと、食事の時に食べ物がつかえるような感じもあります。」
医師:「食事の症状について、もう少し詳しく教えていただけますか?」
患者:「そうですね...最初は気のせいかと思ったんですが、固いものが特につかえやすくて。食事の時間も昔より長くなりました。それと、胸焼けもあって。」
医師:「体重の変化はありますか?」
患者:「この半年で7kg減りました。ズボンのベルトの穴が2つ分緩くなりました。」
医師:「お仕事は何をされていますか?」
患者:「システムエンジニアです。デスクワークが多いので、最近は夜遅くまで座って仕事をすることが増えました。」
【身体所見】
身長 172cm、体重 58kg
バイタルサイン:体温 36.6℃、血圧 124/78 mmHg、脈拍 68/分、SpO2 99%(室内気)
胸腹部診察:呼吸音清明、心音整
【設問】
Q1. この時点で考えるべき鑑別診断を3つ挙げ、その理由を説明してください。
Q2. 次に行うべき問診項目を3つ挙げてください。
Q3. 診断確定のために行うべき検査とその所見について述べてください。
Q4. 最も考えられる疾患について、以下の説明文を患者向けに分かりやすく完成させてください。
「〇〇という病気が考えられます。この病気は...」
【症例2の解答】
A1. 鑑別診断:
アカラシア
夜間の誤嚥による咳嗽
進行性の嚥下困難
体重減少
胃食道逆流症(GERD)
夜間症状の増悪
胸焼け
デスクワークとの関連
食道癌
進行性の嚥下困難
体重減少
中年男性での発症
A2. 追加問診項目:
「症状は体位で変化しますか?特に横になった時はどうですか?」
「食事の際、水を飲むと症状は改善しますか?」
「家族歴で食道・胃の病気の方はいらっしゃいますか?」
A3. 必要な検査:
上部消化管内視鏡検査
食道拡張
食物残渣の貯留
悪性所見の有無
食道造影検査
Bird's beak sign
食道拡張
蠕動運動の評価
食道内圧検査
LES弛緩不全
食道体部の運動異常
A4. 患者説明:
「アカラシアという病気が考えられます。この病気は食道の筋肉の動きが悪くなり、食べ物が胃に運ばれにくくなる状態です。特に夜間に症状が出やすく、咳が出るのも食べ物や唾液が少しずつ逆流するためと考えられます。治療法はいくつかありますので、検査結果を見ながら、お仕事の状況なども考慮して最適な治療法を選んでいきましょう。」
【症例3:食事中の胸痛を主訴とする28歳女性】
医師:「どうされましたか?」
患者:「食事をしている時に胸が痛くなることがあって...」
医師:「その痛みはどんな感じですか?」
患者:「胸の真ん中が締め付けられるような感じです。特に固いパンとか肉を食べている時に起こります。」
医師:「それはいつ頃からですか?」
患者:「8ヶ月くらい前からです。最近は水を飲む時でも違和感があります。あと、夜寝る時に枕が濡れていることがあって...」
医師:「枕が濡れる?」
患者:「はい...寝ている間に口から唾液が出ているみたいで。それと、食事の時にみんなより時間がかかるようになって、友達と外食するのが申し訳なくなってきました。」
医師:「体重の変化はありましたか?」
患者:「3ヶ月で4kg減りました。食べるのが怖くなって、食事量も減ってきたと思います。」
【身体所見】
身長 158cm、体重 45kg
バイタルサイン:体温 36.7℃、血圧 110/70 mmHg、脈拍 75/分、SpO2 98%(室内気)
胸腹部診察:特記すべき異常所見なし
【設問】
Q1. この時点で考えるべき鑑別診断を3つ挙げ、その理由を説明してください。
Q2. 次に行うべき問診項目を3つ挙げてください。
Q3. 診断確定のために行うべき検査とその所見について述べてください。
Q4. 最も考えられる疾患について、以下の説明文を患者向けに分かりやすく完成させてください。
「〇〇という病気が考えられます。この病気は...」
【症例3の解答】
A1. 鑑別疾患
アカラシア
進行性の嚥下困難
唾液貯留
体重減少
食道運動異常症
嚥下時胸痛
若年発症
進行性経過
好酸球性食道炎
若年発症
食事中の胸痛
嚥下困難
A2. 追加問診項目:
「胸の痛みはいつが最も強いですか?」
「アレルギー疾患の既往はありますか?」
「温かい飲み物と冷たい飲み物で症状に違いはありますか?」
A3. 必要な検査:
上部消化管内視鏡検査
食道拡張の有無
粘膜所見
食物残渣
食道造影検査
Bird's beak sign
食道拡張
造影剤の通過状態
食道内圧検査
LES弛緩不全
食道体部の運動評価
A4. 患者説明:
「アカラシアという病気が考えられます。この病気は食道の筋肉の動きが悪くなることで、食べ物が胃まで上手く運ばれにくくなる状態です。胸の痛みや食事時間が長くなるのも、この病気の特徴的な症状です。治療法はいくつかありますので、あなたの生活スタイルや希望も考慮しながら、最適な治療法を一緒に考えていきましょう。」
5,おわりに
本症例を通じて、問題解決型の思考プロセスを学ぶことができます。実際の臨床現場でも、同様のアプローチで診断推論を進めていくことが重要です。
【参考文献】
日本消化器病学会ガイドライン
内科診断学(第3版)
症例で学ぶ臨床推論