あの頃のアントニオ・ペーニャ’97①
97年4月、所属していたプロモ・アステカをクビになった。
「今まで一緒にやってくれてありがとう。」
呼び出されたオフィスで、代表のリカルド・レジェスは、つらそうに言葉を発した。増えすぎてしまった選手数を、減らさなければならなかったのが理由だが、別に月給をもらっているわけでもなく、所属していることでコストがかかるわけでもないから、腑に落ちないものがあった。
その夜、同じ日本人レスラーで先輩にあたるジライヤ選手から電話があった。
「事務所でリカルドに会えなくて、ゴクウに話を聞いてくれって言われたんだけど、何かあった?」
「クビですよ、ボクたち。」
まだ代表から直接宣告されたボクはいい方で、あとから事務所に行ったジライヤさんはボクにクビを宣告されたのだった。
さすがにリカルドも一日に二回、クビを告げるのはつらかったのかもしれない。
しばらくの間、もうルチャはやめようかと考えていたが、フリーで何試合かやっているうちに、もう少し続けてみたい方向に気持ちが傾いてきた。
そんな時、東京スポーツのメキシコ特派員であるフクヤマトモコさんが電話をくれた。
「クレイジーがあんたをAAAに紹介してくれるって言ってるよ。」
以前所属していたUWAからの旧知の間柄で、この時トリプレア(以下AAA)のリングに上がっていたスペル・クレイジーが、行き場のなくなったボクに救いの手をさしのべてくれたのだ。
クレイジーにはアレナ・ネッサで行われるAAAのテレビ収録の大会に来るように言われ、当日は早めに会場に向かうことにした。
「ゴクウサン、ゲンキ?ペーニャが来たら、紹介してあげるから、ちょっと待っててね。ダイジョウブ。」
久々に会ったクレイジーは、ボクの不安を取り除くかのように以前と変わらない笑顔で接してくれ、周りの選手たちにも紹介してくれた。
控室のイスに座りみんなと雑談をしていると、奥の扉が開きAAA代表のアントニオ・ペーニャが姿を見せた。
92年5月にテレビ局をバックに旗揚げされたメキシコのAAAは、オクタゴン、コナン、エル・イホ・デル・サントら、カリスマ級のスペル・エストレージャをトップに、あっという間にメキシコマット界を制圧。
オポジションとなったEMLLのアレナ・メヒコや、UWAのエル・トレオからは、見事に観客が消え去ったのだ。
それまでにはなかった、ショーアップされたルチャをメキシコマットに持ち込んだペーニャのアイデアは斬新で、AAAはメキシコの怪物団体、メキシコのWWFなどと呼ばれるようになった。
しかしその巨大帝国も、95年ごろからほころびが見え始めた。ペーニャのワンマン体制に不信感を持つ選手たちが、ぽろぽろと穴から漏れるように団体を離れていったのだ。ボクが所属していたプロモ・アステカ(プロメル)などは、まさにAAAから離脱した選手たちで形成された、反ペーニャ団体だった。
各選手に一声かけながら、こちらに向かってきたペーニャ。すかさずクレイジーがボクのことを説明してくれた。するとペーニャはボクに手を差し出したのだ。
「ビエンベニードス・ア・AAA(トリプレアへようこそ)」
あっけにとられている横で、クレイジーが大喜びしている。
「よかった。もう大丈夫だ。詳しいことがわかったら連絡するよ。」
どうやら面接はこれで終わったらしい。ウソだろ?本当に決まったのか?
しかし一つ問題があった。この日一緒にペーニャに紹介してもらうことになっていた、ジライヤさんがまだ会場に来ていないのだ。
「ジライヤは何やっているんだ。今のうちに話しをした方がいいのに。」
クレイジーがあせっている。そうこうしているうちに、第一試合が始まった。結局ジライヤさんが来場したのは、第二試合が始まったころだった。
ペーニャはディレクターとして、インカムを耳にあてモニターに張り付いて試合をチェックしている最中だ。とても話しかけられるタイミングではない。そこをクレイジーが勇気をもって踏み出してくれた。
「パトロン、もう一人紹介したい日本人がいるんですが……。」
「今忙しい。来週オフィスにつれてこい。」
このくだりで巻き添えを食ったボクも、結局事務所に行かなければならなくなってしまった。
翌週クレイジーに連れられてAAAのオフィスに行くと、待合室は多くのルチャドールで溢れかえっていた。みんな試合がほしくて、ペーニャやマッチメイカーに会うのを待っているのだ。
彼らは散々待たされた挙句、結局ペーニャに会えないことが多い。実際この日のボクたちもそうだった。
翌週あらためて指定された日にオフィスに行き、ジライヤさんとともに待合室のソファーに座って待っていると入口のドアが開き、ペーニャが中に入ってきた。
側近のヘスス・ヌニェスに促され、そのままペーニャの後について社長室に向かう。歩きながらすでに会話は始まっている。
「ところできみたちのビザはどうなっている?」
「プロモ・アステカで取ってもらったものがあります。」
「プロモ・アステカのビザか?じゃあだめだ。この話は終わりだ。」
社長室に入り、イスに座る前に会話は終わってしまったのだ。
ペーニャはイエス、ノーがはっきりしており、即断即決するタイプだ。保留するという考えが一切ない。
このあとジライヤさんが知人に紹介された弁護士に、ビザについて問題がないことを説明してもらおうと事務所に一緒に行ったりもしたが、ペーニャに会うことは叶わなかった。
つづく