あの頃のアントニオ・ペーニャ’97④
デビュー戦にむけてのコメント撮りのためにテレビ局に行くと、ボクの名前を聞いたテレビスタッフが声をかけてきた。
「ゴクウって、ドラゴンボールのゴクウだよね?」
メキシコでドラゴンボールのアニメは、96年からテレビ放送がスタートし、日本同様大人気を博していた。そのおかげでテレビと同じコスチュームを着てゴクウを名のっているぼくにも、ローカル会場ながら子供たちから徐々に声援が飛ぶようになっていた。
アニメの人気はピークといってもいい頃だったので、このままのコスチュームでテレビ中継に出られれば、日本のタイガーマスクのように一躍名が売れるかも、という気持ちもあったが、この時は名前よりコスチュームよりとにかくAAAのリングに上がることが先決だった。
「ドラゴンボールってのはなんだ?ゴクウっていうのは人形の名前だろう?」
話しに入ってきたペーニャの質問に、スタッフが答える。
「いや、ゴクウってドラゴンボールっていうアニメの主人公で、すごく人気があるんですよ。」
「そうなのか?露天で人形を売っているのは見たことあるけど、あれじゃないのか?」
ペーニャはドラゴンボールもゴクウも知らなかった。
街中の露店に並んだ海賊版のインチキっぽい人形は見たことがあっても、アニメは目にしたことがなかったのだ。
しかし人気キャラと同じ名前と聞いて、一瞬ペーニャが色めきたった。
「コスチュームはどんな感じなんだ?お前の新しいやつと似ているのか?」
「…前にボクが使っていたコスチュームがそれです…」
スタッフの間に気まずい空気が流れる。
「……変えないほうがよかったかな?」
そうつぶやきながら、ペーニャはその場を去っていった。
とりあえずテレビデビューを果たし、その後日本に一時帰国していたジライヤさんと新人のトビカゲを加えて、ボクたちは日本人ユニットとして活動を開始した。
途中で筑前選手が抜けて、リギラが加入してからはルード(悪役)からテクニコ(善玉)に転身したが、これはすべてペーニャのアイデアだ。
テクニコとしてアピールするために、またテレビ局でコメント撮りを行うことになった。
「日本人4人はメンバーを替えて、これからはカンペオナートを狙いテクニコでやっていく、というアピールをカメラの前でやってくれ。」
この時、ペーニャは間違いなく「カンペオナート(=チャンピオンベルト)」という言葉を口にした。
この直後にナショナル8人タッグ王座決定トーナメントが控えているのは知っていたが、ナショナル王座はその名の通り、外国人が挑戦できるものではない。
8人タッグに世界王座はないから、ペーニャはここにボクたちをエントリーするつもりなのだ。
「ペーニャさん、ここでナショナル王座を取るぞ、って言った方がいいのでしょうか?」
「ん?」
「ボクたちは外人なので、挑戦できないと思うのですが…。」
「……ああ、そうか、ベルトのことは言わなくていいぞ。」
結局ナショナル王座トーナメントには、カト・クン・リーJr、クンフーJr、ホンコンリー、フルコンタクトという、中身がメキシコ人のインチキ日本人カルテットが出場。
ボクたちはコメント撮影をしたにもかかわらず、新メンバーで始動したのは結局トーナメントが終わったあとだった。あの時余計なことを言わずに、知らないふりをして出ておけばよかったと、あとから思うのだった。
テクニコ転向初戦はいい感じで終われたのだが、第2戦目に誤算が生じた。
クリーンファイトを見せるボクらにはブーイングにあたる口笛が鳴り響き、悪役のメキシコ人チームが汚い攻撃をすると、なぜか大歓声が沸き起こるという、どう対応していいかわからない試合展開となってしまった。
その理由は、この日は9月16日、メキシコの独立記念日だったからだ。
愛国心あふれるメキシコ人は、たとえ悪役であっても外国人と闘うメキシコ人チームを応援する。
日本人チームが悪役から正義の味方に転身するには、タイミングが最悪だったのだ。
その二日後に行われた3戦目ではあまり気にはならなかったが、それでもまだ客席からは「メヒコ」コールが起こっていた。
さらに二日後の4戦目、試合前のバックステージで、ボクたち日本人4人と対戦相手がペーニャに呼び出された。
「私はいいと思ったんだけど、客席の反応を見ていると、思っていたものとは違うようだ。今日はテクニコとルードを入れ替えてやってみよう。」
コメント撮りして正統派に転向とアピールしたのに、この日はなんの前フリもなく悪役として登場することになった。この臨機応変さ、頭の切り替えの早さはペーニャの特徴の一つといえる。
しかしながら結果として、この試合ではうまく観客をつかむことに成功したのだ。
試合を終えて引き返すと、花道の奥にはバックステージから出てきたペーニャが立っていた。ペーニャは興行の最中は、めったなことではテレビモニターの前から動かない。
「なんか怒られるのかな?」
こんなことは今までになかっただけに、そんなことが頭をよぎったが、ペーニャは満足そうな笑みでなにかを呟きながら、控室に向かうボクたちをみていた。
そして全試合終了後ギャラを受け取ると、いつもより多いことに気がついた。
「この間より多いけど…。」
その場にいたヘススに尋ねてみた。
「いらないのか?いやなら返せ。」
せっかくもらったお金を、返すわけがない。
どうやらこの日の試合がペーニャに気に入られたため、いつものギャラにプラスしてボーナスをくれたのだ。
つづく