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あの頃のクリス・ジェリコen Mexico'94②(終)

ジェリコとハヤブサ選手、フライングキッド市原選手の4人で練習先のピスタ・レボルシオンに行くべく、フォルクスワーゲンのビートルタクシーに乗り込むと、その風貌から運転手はボクたちがルチャドールであることに気がついた。

「あんたらはルチャドールか?」

それに対しジェリコは、待ってましたとばかりに楽しそうに反応した。まずハヤブサ選手を指さした。

「そうだ。彼の名前はウルティモ・ドラゴン。となりの日本人が獣神サンダーライガー、日本のスペル・エストレージャだ。そしておれの名はペガサス・キッド。」

どうせ本当のことを言ってもわからないだろうから、適当でいいとわりきっているのだ。さらにイスのないビートルの助手席部分の床に、直接座っているボクのことも紹介した。

「そしてそこに座っている日本人は安良岡だ。」

ウソならもっと大きなウソでもいい気がするが、格を意識した絶妙な人選をするあたり、かなりの日本通だ。

試合開催時は大きく入口が開いているピスタだが、試合のない時はシャッターのようなドアが閉まっている。
そのため入口横に設置されている普通の家にあるような呼び鈴をならし、会場に住んでいる管理人に鍵を開けてもらい中に入るのだ。
しかし会場内は広いため、なかなか音が管理人まで届かない。管理人不在で、結局練習ができないということもしばしばあった。
中から何の反応もないと、何とか気づいてもらおうとするのはみんなが考えることで、鍵やコインを使って金属製のドアを突くようにコンコン音を鳴らし音を反響させ、ドアの上部の格子部分から中の様子をうかがうのだ。そのためドアには、無数の金属による傷が残っている。

練習はハヤブサ選手がもっとも力を入れており、新しい技に次々トライする。シューティングスタープレスや、フェニックススプラッシュなど高度な技をいとも簡単に華麗に決めていく。ジェリコはライオン・サルト、ダイビング・ギロチンなど、普段使っている技の精度を高めながら感触を確かめ、ひねりを加えたボディープレスなど、新しい技にも挑戦していた。

金曜日のアレナ・メヒコ定期戦は、EMLLの興行で最も重要な大会だ。
ジェリコと一緒に会場に向かうべくタクシーを止めようとするが、なかなか止まってくれない。
当時のメキシコのタクシーは、週末の夕方から夜間にかけての帰宅ラッシュ時、空車のタクシーは何台も走っているのに、なぜか止まってくれないことが多かった。
ちょうどこの時間帯は、アレナ・メヒコの会場入りにぶつかる。
ようやく捕まえたタクシーの運転手は、こっちが外人だと認識すると、タクシーメータの存在を無視して、ホテルから目と鼻の先ほどの距離のアレナ・メヒコまで、とんでもない金額をふっかけてきた。
こんな時はその場ですぐに下りるのだが、ジェリコはたたきつけるような勢いでタクシーのドアを閉め、さらにその勢いで思いっきりドアにけりを食らわし、暴言まで吐き捨てた。温厚そうなジェリコが、メキシコ人にブチ切れる姿をみると、「この人も一人でずっとメキシコでやってきて、いろいろ大変な目にあってきたんだろうな。」と感じずにはいられなかった。

「トゥー・ボイ・ピスタ・マニャーナ?(明日ピスタに行くか?)」

ハヤブサ選手たちがいなくなってからも、ジムで会うと動詞の活用が独特なスペイン語で声をかけてくれたジェリコだが、やがて日本が主戦場となりメキシコから姿を消した。

そんなジェリコと再会したのは、WWEメキシコ初進出となった04年モンテレイ大会のバックステージだった。10年の間に世界的なスーパースターになったにも関わらず、昔と変わらない様子で再会を喜んでくれた。

「ところで他にもペンションには日本人の道場ボーイがいたよな。なんて言ったっけ…。」

「スペル・シーサーかな?彼は今闘龍門のリングに上がっているよ。」

「おお、シーサーも覚えているよ。アサイのところでやっているのか。でももう一人、えーっと…。」

「○○?」

「いや、そうじゃないな…」

「…ひょっとしてサトルのこと?」

「そうだ!サトルだ!彼はどうしている!?」

サトルとは、のちにみちのくプロレスに参戦したサイキックのことだ。当時まだルチャを始めて1~2か月程度だったサトルのことを覚えていたのは、正直驚きだった。
未だに世界中でトップを張れるのは、まったく偉ぶらない姿勢で、昔の気持ちを持ったままだからなのかも、と感じさせられた。

おわり

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