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回覧板と男の子

僕はおばあちゃんから回覧板を持っていってくれと頼まれるのがいやだった。
うちの次はイヌイさんという家なんだけれど、裏の森のちょっと奥まで行かないとポストも玄関もない。森の入り口からポストまではすごく細い道をちょっとだけ歩くんだけれど、両端からいろんな木の枝が伸びていて腕や顔にくっつくし、よくわからない虫にさされるし、街灯もないから薄暗い。
僕にとってはコワイ道でしかなかった。

それでもおばあちゃんは足が悪かったし、いつもおやつくれるし、お母さんに怒られたりするとこっそりかくまってくれたりしたから…おばあちゃんのためにがんばりたかった。

ある時、やっぱりおばあちゃんに回覧板を頼まれて僕は持っていくことになってしまった。なんで遊びに行っている時に回覧板は回ってこないんだろう…。そしたらお母さんが持っていくのにと、考えながら森の入り口に立った。
僕はごくりと唾をのみ込んだ。
そして、一気に走った。周りをよく見ないようにしてとにかく走る。
「おい!待て」
急に目の前にだれか飛び出てきた。
「ひっ…!」
僕は恐怖で悲鳴をあげそうになった。
「おい、今行っちゃだめだ」
小学校高学年くらいの男の子だった。こんな子同じ学校にいたっけ?僕は立ち止まった。
「なんで?」
僕はとにかく早く帰りたかったから質問した。
「いいから、こっちだよ」
男の子は僕の腕を掴むと道の脇からガサガサと木々の間へ入ってゆく。いやだなぁと思いながら見ると、小さな道があった。こんな道…あったっけ?
「おい、おまえはこわがりすぎだぞ」
男の子は歩きながら言った。
「え?…」
「おまえはこんなにたくさんのモノから守られてるのに…みんなお前のこと大事にしてるんだぞ…」
「?」
僕はなんのことかわからなくて何も言えなかった。
「お前の中には主様からもらった宝物があるじゃないか。主様に認められる人間はめったにいないんだ」
「なんのこと?」
「まぁいいか。回覧板はおいらが置いておくからお前はここから帰れ」
いつのまにか回覧板は男の子が持っていて、ぼくらは崖の前にでた。目の前には僕の家の屋根が見えた。
「うん」
と言って、崖から屋根に飛び移った瞬間だった。
グラリ
と屋根が揺れた。大きな揺れだった。
「地震だ!」
僕は男の子が気になって振り返った。でもそこには誰もいなくて、いつも回覧板を持っていく小道のあたりに、ゴゴゴと音を立てて木や土砂がくずれていくのが見えた。
「あああっ!」
僕は男の子が消えたことと地震と土砂崩れのショックでしばらく屋根の上でぼうっとしてしまった。

この後、裏の森の入り口にがけ崩れがあったということ、それ以外は誰も被害に遭わなかったということを僕は知った。地震はたまたまこの地域だけ大きかったみたいみたいだ。

あれからあの男の子に会うことはまだない。いつか会ってお礼を言えたらいいなと僕は思った。あのあと、回覧板はちゃんとお隣さんに届いていたらしい。






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