おばけのこ テルヒ・エーケーボム(著)after 30 years辻山良雄
My Book Store 2023
一生に一度といった言い方もするけど、福島県三春の滝桜が満開に咲きほこる姿は、ついにわたしにもそのときがきたかと、自分の死が現実のものとなってそこに現れたかのような美しさだった。
「三春」という地名が、いつかは行きたい場所としてわたしのなかに棲みついたのは、長谷川ちえさんの『三春タイムズ』を読んでからだった。
わたしはこの文章を読み、山が笑うという光景があるのなら、ぜひこの目で見てみたいと思った。
実はそれ以前、三春の近くまでなら一度車で通りかかったことがあった(行ってみたい酒蔵があったのだ)。それは春も終わりという時期で、小雨が降っていた。雨でけむるなだらかな丘の上に、ところどころ大きな木が生えている景色に、こんな桃源郷みたいな場所で暮らしていたら自分はどうしていたのだろうと、その時は想像を膨らませた。
だから「ああ、あそこが三春(の近く)だったのか」と気がついてからは、今年も桜が咲きはじめましたというニュースを耳にすると、近くの善福寺公園や石神井公園、上野といった場所の向こうに、「三春」という自分の中ではまだおぼろげにしか存在しない場所から、おいでおいでと手招きされているような気がしていたのだ。
4月2日の日曜日、台所でスマートフォンを見ていたAがぽつりとつぶやいた。
「三春の滝桜が咲いたみたいね。わたし、フォローしてるんだけど」
悲しい過去を胸にひとり暮らす女性の前に現れた、小さなおばけのこ。
森の国フィンランドからやってきたふしぎな物語。
舞台となるのは、光を求めてさまよう霊魂に溢れかえった暗黒の森―
そんな森の傍に移住した女性は、夜な夜な聞こえてくる霊魂の淋しげなうめき声に耐えかねて、ある夜、かれらを暗闇から解放しようと画策します。
その最中、名前のない小さなおばけのこが現れます。このこは、ほかのおばけたちと違って、暗闇からの解放を望まずに、おばけの姿のままこの世に生きて、女の子になって学校にいきたいのだといいます。
少し変わったこの「おばけのこ」との生活、巨大おばけ解放への挑戦、そして、ついに学校通いの準備が始まり、自分の名前を書く練習をするのですが…。
[ 本書のポイント ]
・図版点数217点に及ぶフィンランド発の絵本。
・パラパラ漫画のように絵を中心にして物語が進行。
・北欧的な冷たく静かな雰囲気を放つ絵のどれもが魅力的。
・妖しい森のなかから登場する主役のおばけのこがかわいい。
・エドワード・ゴーリーのようなモノクロームの世界のエッセンスも感じられる世界観で、アート性の高い作品に関心がある大人から、少し不気味だけどかわいい世界が好きな子供まで、親子で楽しんでいただける作品。
著/テルヒ・エーケボム
執筆/川内倫子
訳/稲垣美晴
B5変型 上製本 256頁(図版217点)
【展覧会情報】
絵本「おばけのこ」刊行記念原画展
会場:ブックハウスカフェ「こまどり」 ≫
会期:2023年4月12日(水)~2023年4月18日(火)
◆テルヒ・エーケボム
フィンランド・ヘルシンキを拠点にアーティスト、グラフィックデザイナー、イラストレーターとして、ミラノやブリュッセル、ニューヨークなど、世界の都市で活動。
2000年にヘルシンキ美術大学(現・アールト大学)を卒業後、視覚芸術とグラフィックデザインを学び、2002年にはヘルシンキ・メトロポリア応用科学大学を卒業。
線描を用いたイラストレーションのほか、ウォールペインティングからコミックまで、さまざまな技術・媒体を用いて作品を制作する。
2014年に、フィンランド漫画協会から高い評価と功績を残したフィンランド人漫画家に贈られるプーパー帽賞を受賞。
日本では『おばけのこ』が初の出版作品となる。
YouTube 絵本『おばけのこ』(テルヒ・エーケボム/著 稲垣美晴/訳)