見出し画像

Title 辻山良雄


Titleは、JR中央線荻窪駅から青梅街道を西荻窪方面に歩いて、10分とすこし。いちょう並木の横に建つ、古い民家を改装して作った2階建ての店です。

1階が本屋とカフェ、2階はギャラリー。こんな店が自分の暮らす町にあったら楽しいだろうなと思いながら作りました。

小さな店ですが、新刊本の楽しさ・新しさが詰まったような店にしたいと思いうじやます。まったく新しい、けれどなつかしい、木のあたたかさに包まれた店内でお目にかかりましょう。

Title 店主 辻山 良雄


子どものころ、親戚の家の庭で大型犬に尻を噛まれ泣いていたとき、母が両手でわたしのほっぺたを挟み、こう言った。

強い子やな。もう大丈夫。

その時の、母の手の感触はいまでも覚えているが、手で触れるという行為には、その人が思っている以上に何かを伝える力があるのだろう。そしてその励ます力は、直接ではなくても、モノを通してでさえ伝わっていくもののように思う。

さて、書店におけるそうした〈魔法の手〉とは、従業員の手のことである。「さわると売れる」といった書店員のあいだではよく知られたジンクスがある通り、そこにある本に命を吹き込むのは、働いている人の手にほかならない。

店内を整理していると、棚の隅っこなどあまり人の手に触れられていない箇所に、澱みを感じる時がある。そんな時は、その棚に並んだ背表紙の書名を目で追いかけ、並びを少しだけ変えてみるようにする。触られていなかった本を抜き出し、今度は新しい場所に戻してやるだけで、先ほどまでの澱みは解消し、人の手の入った痕跡が残るのだ。よく「手仕事のあたたかみ」といった言い方をするが、それはモノを作る手はもちろん、それを並べる手にも宿っているものなのだろう。


紙風船を膨らませるように、自分の手でくたびれてしまった本に触ること。それはそこで働く人にとってはあまりにもありふれた、自然な動きに違いない。そうした仕事は何か見返りがあるから行うのではなく、その場がその場であるための、店の尊厳にかかわる行為なのである。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?