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歩き続けたバロンの末裔~久世星佳『Nonpolism』~

前回の投稿から一年が経ったが、久世星佳にはまだ心を奪われている。
そんな彼女が大阪のマグノリアホールでコンサートを開催した。

いままで色んなライブに行ったが、実物に触れるということは諸刃の剣だ。
満足して冷めたり、思っていた姿と違って冷めたり、憧れを保つには触れないのが一番だ。
なので、生の彼女を見たら、この一年の熱が冷める気がして怖かった。

しかし、災害や事件で明日生きているのかも不確実な昨今、機会があったのに一度もその姿を拝まなかったことを、死の間際に後悔することも確実だ。
ということで、マグノリアホールの座席で、私は楽しみな気持ちと、これで覚めたらどうしようという不安で妙に緊張していた。

開始時間丁度に、水のペットボトル片手に久世星佳がぶーたれて出てきた。
もうその瞬間、目の前の、生きて動いている彼女に心は持っていかれた。

失礼な話だが、インタビューや8人の女たちでの美しい姿は、照明やカメラの角度や瞬間的なヘアメイクで出来ていると思っていた。
それが、拗ねたり、胡乱な顔をしたり、上を見て、左を見て、右を見て…。
どこに顔を向けても、どんな表情をしても、あの何度も何度も映像で見ていた久世星佳で感動した。

そして女優さんなのに、眉間に皺を寄せたり、驚いて目ん玉を飛び出しそうになったり、柔らかな笑顔を惜しみになく見せてくれたり、何度も素で噴いてくれたりと、くるくる表情が変わる変わる。
舌打ちをしてくれたときには、銀ちゃんが見えて、体温が一気に上がった。

声も、拗ねた声が『Non-Stop』でマーヤに甘えてグチグチ言う正にあの声でちょっと昇天。
優しい話には千秋楽の挨拶のときのような柔らかく、会場全体をふんわりと包むあの声でまた昇天。
そして囁き声なのに、はっきりと聞こえる発声の良さに、彼女の日々の鍛錬を感じてまた昇天と、何かにつけ天に召されてしまった。

そして、どの曲かは忘れたが在団中の一曲で、「聞いて下さい」までは現在の女優久世星佳なのに、ふっと空気が変わり、何度も映像で観た男役の久世星佳の眼差しで歌い出したとき、スコーンと自分の中の彼女への愛とか尊敬の閾値が超えてしまった。

もうその後は、「すき…尊い…ほんとにすき…」と語彙をなくすという体験を本当にしてしまった。

この日の彼女は、肩ギリギリのミディアムを下ろして、全身黒の、肩にポイントがある長袖とロングパンツ。アクセサリーはロングネックレスのみ。
ストンと落ちる素材が、ストイックな体格を滑らかに魅せる衣装だった。

ふっと力を抜くと猫背になるのに、曲が始まると上から糸に引かれたように凛とした立ち姿になり、ステージ分を抜きにしても長身を感じさせた。
今でも十分、燕尾やスーツが様になり、男装の麗人感が増しそうである。

一曲、半分後ろを向きながら歌ってくれた時、人様の背中に恍惚を感じる日が来るとは思わなかったが、本当に格好よかった。
しかもこの日は前髪がオールバックだった。
オールバックに定評のあった彼女のオールバックを拝める日が来るとは思わなかった。男役メイクがなくても、しびれるほど格好よかった。

それでも、決して久世星佳は男性には見えないのが寧ろ不思議だ。
どこを見ても柔らかな女性だ。
声や眼差しや指先の動きに、男性にはない優しさがあり、男役時代と重ねることもあるが、久世星佳という人そのものに惚れているとしみじみ感じた。

歌は、バロンの末裔の「I Wish」「はるかな大地」がやはり印象的だった。
とても丁寧に歌ってくれて、台詞のように歌詞の一つ一つがストンストンと胸に入っていく不思議な体験をした。

在団中から彼女は、作品や役柄を演出家や劇団からのプレゼントと称していたが、この二曲を聞いて、その言葉の意味が感覚的に理解できた。

心をつなぐ人よ 疑わないで 
明日に向かえば いつしか 誰も 旅立つのだから

この歌詞は、ずっとそばにいた人との別れを迎えるキャサリン(風花舞)と、庇護を受けていた場所から新たな世界へ歩き出すエドワード(久世星佳)の二人への、演出家の正塚晴彦なりの励ましの言葉だっただろう。
退団から26年の間、まだ見ぬ世界を歩き続けた久世星佳は、彼女を応援してきたファンや、宝塚時代の仲間を想うかのように大切に歌っていた。

自分らしく 生きてゆける場所 いつの日か きっと巡りあえる

そしてこの一節は、久世星佳からのエールだった。
演出家の正塚晴彦が贈った励ましを、今度は久世星佳が私たちに贈ってくれたように感じて胸に染みた。

その後はホールの支配人朝峰ひかりとのトークだったが、彼女は真琴つばさ並みの適当な記憶の持ち主で、久世星佳の突っ込みが活き活きしていた。

特に、「『WANTED』の相手役は麻乃佳世さんでしたよね」に、「違います。あなたの同期でしょ?名前を言って欲しいの?」と突っ込み、さりげなく風花舞愛を見せていた。
ちなみに真琴つばさは数年前に、風花舞と千紘れいかが同期だと自信満々に風花舞に言い、否定されていた(千紘れいかは次の相手役檀れいの同期)。

しかし、誰が誰と同期とか、特に上級生が下級生に対して忘れて当然の中(それならそれで言わなきゃいいのに、自信満々に言うのが真琴つばさの魅力)、久世星佳は憶えているところに萌え死んだ。

ついでに風花舞のことを「風花舞ちゃん」と呼んだのにも萌え死んだ。
このときは話に出なかったが、真琴つばさのことも「マミちゃん」と呼ぶのも、毎回萌え死にポイントでもある。

花組先輩と同期からはちょっとぞんざいに「マミ」、月組仲間と後輩からは畏敬の念を込めて「マミさん」と呼ばれる、あの男役の中の男役真琴つばさを「マミちゃん」と、ちゃん付けできるのは久世星佳ぐらいだろう。

だからか、先輩と出ているときは花組時代の下級生、後輩と出るときは元月組トップスターと、常に現役男役レベルに肩肘と気を張っている真琴つばさが、久世星佳といるとふにゃふにゃになり、何をしても久世星佳がどうにかしてくれると言わんばかりに、好き勝手伸び伸びと動き出すのにも萌える。

当時は辛かっただろうが、涼風真世ー天海祐希ー麻乃佳世があったからこそ、天海祐希―久世星佳―麻乃佳世のゴールデントリオがあり、久世星佳―真琴つばさ―風花舞のゴールデントリオが生まれたのだから、結果オーライなものだ。

ラストの選曲は「愛の宝石」だった。
涼風真世の『メモリーズ・オブ・ユー』内で、コミカルにカップルを破局させていた久世星佳が、最後天海祐希が歌うこの曲で踊っていたため意外だったが、彼女自身はこの定番曲を在団中に歌う機会がなかったらしい。
そうとは思えぬほど馴染んでいて、彼女の声にとても合っていた。

その後、彼女は横に捌けるも、吉田優子先生がそのまま残ったため、疑いなくアンコールの拍手が起き、もちろん久世星佳はその予定調和なアンコールにも突っ込みながら「One Night Only」を歌ってくれた。

今回はピアノと歌だけのシンプルなもので、男役時代を思い出させる低音から、限界ギリギリの色っぽい高音まで、とても豊かな歌声を味わえた。
そして出だしはお芝居仕立ての久世星佳役、途中からは男役時代から現在までの久世星佳そのもの、そして最後はのんちゃんと、たくさんの『久世星佳』を堪能させてくれた。

真琴つばさが退団挨拶で語った「宝塚とはいつか覚める夢」。

夢から覚めて、病気に悩まされる人。体型や美貌が保てず誹謗を受ける人。
芸能人として消耗されるだけの人、脇役にはなりたくないと仕事を捨てる人、そして表舞台から去っていく人。

必ず現実が、時と共に妖精を人に戻してしまう。
だからこそ在団中の、人が妖精になるまで磨き上げた姿に感嘆と尊敬の想いを抱き、人に戻った後は、静かに心配や励ましの想いを持っていたい。
そして、今でも磨き上げた姿を見せてくれる方々には敬意と憧れと感謝を。

久世星佳はいつも「ありがとうございました」と深く深くお辞儀する。
「こちらこそ本当にありがとうございました。また見に行きたいです。」
語彙をなくした私は、彼女への純粋な感謝の気持ちに満たされた。

ちなみに、今回一番悩んだのが服装だった。
小学生のときに一度地方公演を観たきりで、観劇スタイルがわからない。
ググっても、『ドレスコードはありません。気軽に来てね』が公式アナウンスで、SNSで観劇した人を見てもお洒落度がバラバラだった。

答えは『本当にバラバラ』。
Tシャツ・ジーンズ・スニーカーの人もいれば、素敵なスーツの人もいた。

公演中は薄暗いし、久世星佳はプロとして客席を見ているし、明石家さんまのような客席いじりはあるわけがない。
なにより彼女は、観客の服装でテンションを変える人では絶対にない。
普段着なら「忙しい中なんとか来てくれたのね」と、頑張ったなら「あら、お洒落して来てくれたのね」と、どちらでもさらりと思うだけだろう。

そこで得た、私の最適解は『好きな服で行くべし』。

私の場合は、そこそこ長い人生、『この人こそ運命!』と何度か思い込み、気合を入れたデートもしたが、今回のコンサートが最も気合が入った。
一か月間服に悩み、練習のために毎週ネイルをし、練習のため毎日ヘアアレンジをし、化粧品を新しくし、食事を整え筋トレをした。

いつもだったら『なんで男のためにこんなことしてるんだろう…』と、どこか報われなさを予感した哀しさがあったが、今回は一度も思わなかった。
『一番後ろの席でも、のんちゃんに見られるかも!』と下心が勝った。
次があるなら、やっぱりウキウキで気合を入れていく。

というわけで、久世星佳への熱は冷めなかった。
むしろ帰ってから男役時代の映像を見て余計に「私、この人を生で見てきたんだ!」と前よりドキドキし、「昨日ののんちゃん綺麗だったな~」と女優の久世星佳に余計うっとりするようになっただけだった。

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