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美しい皮肉に満ちた映画 「アナザーカントリー」


時は1984年、私の母がまだ高校生だった頃です。当時の彼女は、大人気だった日本のアイドルたちには目もくれず、イギリスのロックバンドの曲を日夜を聞き漁っていたそうです。彼女お気に入りのバンドの中に、「スタイルカウンシル」がありました。なかなかに洒脱な曲が多いバンドという印象です。

STYLE COUNCIL  My favourite shopのジャケット

さて、二人の背後に気怠げな美青年のポスターが貼られているのにお気づきでしょうか?このポスターこそ、本記事にてご紹介する映画アナザーカントリーのものなのです。(何故このポスターが貼られているのか、詳細については不明です)

母は主役を演じる推し俳優のルパート・エヴェレット目当てに、新宿の小さな劇場に一人足を運んでこの作品を鑑賞したそう。そして35年以上の時を経て、母の思い出の作品に娘の私がどハマりした結果、今この記事が書かれているというワケなのです。

まず簡単にあらすじを紹介します。

1980年代モスクワ。ガイ・べネットという老いたイギリス人二重スパイの男が、彼がいかにして祖国のイデオロギーを捨てるに至ったのか、そのきっかけとなった、名門パブリックスクールイートン校での思い出を語る。
学生時代、成績優秀でカリスマ性を備えていたガイが、一人の下級生に心を奪われたことから順風満帆に見えた彼の人生に翳りが…
といった感じで、ほとんど回想シーンでこの映画は構成されています。
このガイ・ベネットのモデルになったのは、実在の二重スパイであるガイ・バージェス。彼も同性愛者でした。

同性との恋に破れ、それを許さぬ祖国への失望ゆえに共産主義へ…と捉えられ、しばしばゲイ映画としてこの作品が紹介されることがありますが、私個人の意見としては、同性愛は一つのパーツに過ぎないように思われます。同時代の伝説的ゲイ映画、『モーリス』を期待して見た人が違和感を覚えるのは、明らかにこの映画が恋愛を主軸としていないからだと考えられます。

そして彼が二重スパイの道を選んだ理由は実のところより屈折しているのです。
ガイが親友のジャドについて「筋金入りの共産主義者だった」と語るように、本当のところ彼自身は共産主義の真の傾倒者ではありません。
(この辺り語ると長くなりすぎるので、モデルとなったガイ・バージェスと同じように、実在した二重スパイのキム・フィルビーについて書かれた名著『キム・フィルビー かくも親密な裏切り』を読まれることをお勧めします。こちらは確かドラマ化もされていた筈です。この映画におけるガイ・ベネットの心情をなんとなく理解できると思います…!)
おそらく、彼自身の父親に対するモヤモヤとした感情が、父的価値観、即ち祖国のイデオロギーや、自分自身が置かれた階級への反発に繋がったのではないのでしょうか…
前述した「キム・フィルビー かくも親密な裏切り」にも確か記述があったかと思いますが、当時のイギリスにおける強力な家父長制が、彼の歪みの一端を担っているように思えてなりません。
つまり自国のイデオロギーのアンチとして消去法的に選ばれたのが、共産主義、ひいてはソ連だった。
それにしても高尚なお悩みですこと…

また、当時のイギリスにおける政治家や官僚たちはイートンやウィンチェスター出身、その後オックスブリッジで学んだ男たちが名を連ねていました。パブリックスクールで優秀だった生徒が出世をする、というのは既定路線だったそうです。
たかが代表になれなかったくらいで大袈裟な…と映画を見て思われるかもしれませんが、どうやら重要なことのようです。

そして、作中でのガイが、自分の階級に反発しながらも地位は望むというスタンスを取ってるあたりも、屈折していて堪らないです…
(親友のジャドにも欲深いと指摘されていました)
本当に自国のイデオロギーに疑問を呈したいのなら、その仕組みの中での地位などは意味のないものでしょうから、その点やはり彼は自尊心だけは一丁前なエセ共産主義者だったのでしょう。

さて、色々とごちゃごちゃ語ってきましたが、何よりこの映画の醍醐味といえば圧倒的な美です。主役のルパート・エヴェレットのアンニュイな美しさ、そしていつも傍でやれやれ顔をする、親友ジャドを演じるコリン・ファースの破壊的可愛さ…っ…
すごく細かい部分なのですが、ガイとジャドの風貌に彼らのキャラクターが表れている感じが好き過ぎます。
ガイの、アウトロー感がありながら、自分の魅力を理解し最大限生かした無造作なヘアスタイルとどこかルーズな着こなし…
ジャドの、いかにも共産主義者然とした、どう考えても丈が短く、裾がほつれた緑のニットベスト(ずっと同じものを着続けているんだなあ…と想像させられます)、気をつかわれてなさすぎる、空気をふんだんに取り込んだ髪…

全体の色調も、緑と赤、茶色に統一されとてもシックで綺麗です。自然光を生かしたライティングもニュアンスがあってステキ。

他の方のレビューを拝見していますと、冗長で起伏のない作品とのご意見が多数ですが、それで良いのです。その冗長さがイギリスという国の特権階級とその伝統的養成所であるパブリックスクールを表現するアイテムの一つなのです。学校の敷地内に小舟の浮かぶ池があるってどういうこと…
少女漫画…?
優雅も過ぎます…

余談ですが、ガイを演じたルパート・エヴェレットは自身もゲイであることを公表しています。さらに彼の大叔父にあたるドナルド・マクリーンは実際の二重スパイで、納得のキャスティングです。
そしてそのルパートが、この映画の撮影中コリンに恋をしていたという裏話も鼻血ものです。

とにかく見てほしい…
ここまで読んでくださってありがとうございました…


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