Senility_老衰患者に点滴していますか? 全国横断研究
Imanaga T. Use of artificial hydration in patients diagnosed with senility as the cause of death by home care physicians: A cross₋sectional study. Journal of General and Family Medicine. 2024;25(3):121–7. https://doi.org/10.1002/jgf2.681
背景
日本では老衰が死因として増加傾向にあり、終末期ケアの一環として老衰患者への対応が求められる。
老衰のケアは緩和ケアの重要な側面であるが、最良のアプローチに関してはまだ明確になっていない。
口からの摂取が減少する老衰患者に対し、人工水分補給(AH)の使用は常に議論の的である。意思決定は非常に複雑で個別化されており、特に困難である。家族の意向も重要な決定要因となっている。
本研究では特に、人工水分補給に焦点を当てる。どの頻度で、なぜ行われ、どの程度の効果があるかはまだ理解が不十分である。
本研究の目的は、人生の最終段階を迎えた老年期の人工水分補給の使用頻度とその理由、およびその有効性と使用に関連する患者関連因子を調査することである。
方法:横断研究
2023年4月から5月に日本在宅ケア支援診療所ネットワークに所属する医療機関719施設に郵送調査を実施した。
対象:2022年1月1日〜12月31日に、死亡診断書Ⅰ欄に「老衰」と記載されたことが証明された事例。
質問内容
患者の年齢、性別、死場所、治療期間、認知症の有無などの患者特性
人工水分補給を行ったか、行ったとすれば何故か、症状は緩和したか
統計分析によりAH使用との関連性を調査した。
結果(n=236)
人工水分補給の使用状況
回答が得られた714ケース中、33.1%(236ケース)で使用された。
使用理由として、家族の希望(46.6%)が最も多く、次いで「症状緩和」(37.7%)や「家族の心理的負担軽減」(22.9%)が挙げられた。
症状の改善・悪化
改善された症状は「渇き」(37.7%)が多いが、「改善なし」が57.2%と最多。
悪化した症状は「なし」が74.6%で最も多く、「浮腫」(14.0%)や「痰」(11.9%)が続いた。
患者特性と人工水分補給使用の関連
年齢と性別の関連:高齢・女性での使用率が低い(年齢:RR=0.98、性別(女性):RR=0.73)
考察
過去の研究では、日本の人工的水分補給の使用頻度は46.2%であるというデータが有る。本研究では、これまで明らかになっていなかったが、日本の在宅療養医が死因として老衰と診断した患者における人工的水分補給の頻度を明らかにした。
家族の意向と心理的負担軽減の役割
本研究では、人工水分補給は症状緩和において利点も欠点も限定的であることを示している。
人工水分補給は、患者自身の利益よりも、家族の心理的安心感を重視した決定が多いかもしれない。
患者の最善の利益と尊厳を慎重に考慮する必要性を強く示唆している。筆者は、老衰の人工水分補給の使用に対する意思決定において、患者家族の心理的負担を医科に軽減するかが重要であると考えている。その結果として、患者の尊厳に焦点を当てた話し合いになるのかもしれない。
事前の意思決定支援の重要性
患者が意思表示をできない状況に備えて、事前のケア計画の必要性が示唆された。
家族の心理的負担を減らし、患者の尊厳を守るための対応が今後の課題である。
研究の限界
サンプリング:日本在宅療養支援診療所ネットワークに加盟する医療機関の症例を対象としているため、対象者は日本の在宅療養医が死因として老衰と診断した患者を完全に代表しているとは限らない。
医療機関からの回答率は12.5%と低く、サンプリングバイアスにつながる可能性がある。
回答率向上のために簡略化のため、輸液量、家族の有無、要介護度などの詳細が質問票に含まれていないことに注意する必要がある。
完全症例解析を行ったため、データの欠損バイアスが生じる可能性がある。 しかし、本研究における欠損データの割合は2.1%であり、一般的に受け入れられている閾値である5%を下回っているため、その影響は最小限であると考えられる。
本研究は医療記録のレビューに基づいており、回答の信頼性を低下させる可能性がある。
結論
人工水分補給は家族の意向や心理的負担軽減が理由で使われることが多い。
老衰患者の尊厳を尊重するため、意思決定プロセスの明確化が求められる。
人工水分補給の利点と欠点についてのさらなる研究が望まれる。
※本研究は、公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の助成を受けた。
読後感想
在宅の現場で、老衰に対し点滴を行うのは3-4割程度。そのうち3-4割は口渇が改善するが5-7割は良くも悪くも変わらないようである。導入数は思ったより少ないと思ったが、在宅の現場ならこれくらいなのかもしれない(今の私は小病院の病棟メイン。在宅はやや少なめ)
終末期の栄養補正は悩むことが多い。特に胃瘻や中心静脈栄養はなおさらだ。しかし末梢〜皮下点滴についてはそこまで悩んだり、導入に抵抗感のある医療者は少ない気がする。
終末期の点滴は「何もせずに乾いて死ぬのがかわいそう」と思う家族、「何かしないと家族や本人に申し訳ない」と何かをしたくなる医療者、どちらのニーズもあるため、対立は起きにくいのだろう。
また胃瘻や中心静脈栄養など、明確に延命になるものと違って、こちらは「多少は良くなるかもしれないが、お気持ち程度」であり、注意すればそこまで害にはならないのもある気がする。
医療において、相手を気遣う「お気持ち」は大事な要素だと思う。(やりすぎるとスタッフの業務負担、医師のヤブ化につながるので注意だが)
何かかしたいという家族の気持ちは尊重しつつ、適切な話をしたり、他のできることをお願いできるような診療をしていきたい(例:口腔ケアのほうが口渇には効くようだ)
老衰はまだ悩まない。フレイルによる嚥下機能障害は、非常に悩む…
参考文献
日本老年医学会. 高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン ~人工的水分・栄養補給の導入を中心として~. 2012
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/guideline.html
家族説明時の資料は下記を愛用している。特に緩和ケア.netの「これからの過ごし方について」は頻用。
以前に終末期の点滴について悩んだとき、ググって最初にこの記事に行き着いたなーと思いだした。