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インフルエンザでロックダウン💉ウィルス排除は難しい
私はシアトルにある老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。
先週のことだ。
「ユミ、椅子を全部アルコールで消毒して」
10時頃に出勤してきたリンジーが言った。どうやら、インフルエンザが施設内で流行しているらしい。今回は胃腸の具合が悪くなるタイプだ。インフルエンザに罹った人は、他の人に移してはならないので、部屋から出てはならない。
昼食のサーヴィスをしていると、シャロンがいつものように食事にやってきた。サラダバーからサラダを取り、椅子に座る。シャロンは罹患者のリストに入っていたはずだ。介護士のベイリーに報告する。続いて、メリリンがロイスと連れ立って、食事にやって来た。メリリンがインフルエンザにかかっていることはクリアに記憶していた。
「メリリン!メリリンはお部屋で食事やで」
「ウミ(ユミと言えない)、私は病気じゃないわよ」
再びベイリーに報告すると、メリリンは部屋に連行された。
昼食が終わると、ナースのレスリーが言った。
「ダイニングルームは来週までクローズ!」
それを聞いた住民のダナは、
「あぁ・・・」
悲しそうな顔で、大きなため息をもらした。ダナにとって、住民にとって、ダイニングルームで食事をすることは、私が思っている以上に大切な時間だと改めて気付く。好きなものが食べられるわけではないけれど、他の住民と話をしたり、話をしなくても、動く人を眺めているだけでもいいのだろう。けれども、この日から3日間、体操や映画などのアクティヴィティも制限され、彼らはずっと部屋で過ごさなければならない。
昼食を終えてダイニングルームから住民がいなくなったら消毒開始だ。すべてのテーブルクロスをはがし、テーブルの上の調味料類はすべて撤去し、入れ物を消毒する。テーブルと椅子をアルコールで拭きまくり、サラダバーや壁、あらゆる場所を消毒する。
夕食は各部屋に配達だ。罹患者の部屋へは介護士が届ける。彼らは使い捨てのマスク、帽子、手袋、エプロン、完全防備をして部屋に入る。部屋から出て来ると、着用していた物をすべて脱ぎ、ゴミ箱へ捨てる。コロナのときと同じ状況だ。病人がこれ以上増えてはならない。ウィルスをシャットアウトし、公共の場を安全に保つことに全力を尽くす。
ところが!病人は自分が病人であることを忘れる。私たちがドリンクと食事の入ったボックスをワゴンに乗せて、ひとつひとつの部屋を訪ねていると、退屈をしている住民が、わらわらと部屋の中から出て来る。
「ジョアン!すぐに届けるから部屋に入っといてー!」
こう言うけれど、女王様のジョアンは部屋の前で仁王立ちだ。そもそも、ジョアンが廊下にいること事態間違っている。ここのところ、施設のサーヴィスに不満しか持っていない彼女は、配達をしている私とブルックリンを睨んでいる。介護士の配達を待ちたくないのだろう。こうなったら、とっとと弁当を渡して、部屋に入ってもらうしかない。こちらはとっとと動けるけれど、ドクターから45キロの減量を言い渡されているジョアンが機敏に動くことは不可能だ。彼女がゆっくりと扉を開けると、中から美しいグレーの猫が、悠々と出て来た。歩行器の彼女が、猫を捕まえることはできない。
「ダスティン!部屋に入りなさい!ダスティン!」
ジョアンが叫ぶ。猫は、ジョアンの足元に絡んで甘える気配もない。フラフラと廊下を徘徊する。一緒に配達していたブルックリンは指を鳴らして、猫を誘導する。私は部屋の前でしゃがみ、猫の名前を優しく呼ぶ。ブルックリンと私のソフトな誘導に、猫が興味を示し、近付いてくる。
「ダスティン!このアホ猫め!部屋に入りなさい!」
私の頭上でジョアンが叫ぶ。アホ猫は回れ右をして、再び徘徊を始めた。ジョアンはマスクをしているとはいえ、頭上で叫ばれると、彼女の飛沫が頭にかかってるんじゃないかと不安になる。猫よりもジョアンに部屋へ入って欲しい。
この騒ぎを聞いて、向かえの部屋のメリーが出て来た。
「あぁ、ダスティンが脱走したん?」
「メリー、もうすぐ介護人がごはん届けるから、部屋に入っといて」
「わかったー」
ジョアンとメリーは仲良しで、いつも同じテーブルで食事をする。インフルエンザも同時にかかった。メリーはジョアンほど我がままではないけれど、我々がダスティンを確保するまで部屋に入る気はなさそうだ。
ようやくダスティン、ジョアン、メリーを部屋に押し込む。配達を続ける。新しい住民のパーラの部屋をノックする。ドアを開けると、パーラが胸を押さえながら飛び出してきた。
「あぁぁぁーー!あなた!こっちに来て!あぁ、苦しい!苦しい!」
「苦しいの?」
「あぁぁぁぁ!!!こっちに来て!」
パーラは悪い人ではないけれど、強引に部屋へ連れ込もうとしたり、オフィスに内緒で用事を頼もうとしたり、ちょっとだけ面倒くさい人だ。とはいえ、胸を押さえて騒いでいる人を放置するわけにはいかない。介護士の部屋まで走り、状況を報告する。
「あぁ、いつものことよ。薬渡せば落ち着くから大丈夫」
「それだけ?」
「それだけ」
注目を浴びるためのパーラの演技らしい。あとのことを介護士に任し、再び配達を継続する。
パットの部屋をノックする。こちらが扉を開けて、中に入ることを気にしない人もいれば、部屋に入られることを嫌がる人もいる。パットは後者だ。扉が開く。
「あんたら、とりあえず食べるけど、不味かったらゴミ箱行きや。私の部屋にはでかいゴミ箱があるからね」
いつもの調子でパットの毒舌が始まる。
「わかったわかった。この上に置くで」
パットの歩行器の上に弁当をのせる。
「じゃあねー。またあとで!」
返事がない。パットを見ると、目が泳いでいる。歩行器の上に乗せたフルーツにパットの手が当たり、床に落ちた。と思ったら、パットの体がぐらりと前に倒れてきた。ビックリして支える。
「パット!大丈夫?」
何度か声をかけると、目の焦点が戻った。
「急に動いたから眩暈がしてん。もう大丈夫」
ブルックリンはパットがハートアタックになったのかと思った。私は、私がハートアタックになるかと思った。パットの無事を再確認して、配達を続行する。
ジーニーの部屋をノックする。ジーニーは掃除の人も部屋に入れない。外で待っていると、中でバタバタしている様子がうかがえる。大急ぎで準備をしたのだろう、扉を開けたジーニーの頭がすごかった。どう考えても、かつらの向きがおかしい。
「ジーニー、すごい頭になってるでー」
「あら、そぉ?」
よく見ると、おっぱいの位置も左右バラバラだ。片方は首近くにある。ジーニーは癌患者だ。かつらのことは知っていたけれど、おっぱいも準備が必要だとは知らなかった。元気でいて欲しいと思った。
2階に移動する。配達をしていると、外出していたゴードンが、私たちのカートを追い越して自分の部屋へ向かう。
「ゴードン、ディーナー持って行くから、部屋で待っててねー」
自分の部屋の前まで行ったゴードンは、回れ右をした。部屋に入らず、じーーーっと私たちを見ている。90歳のゴードンは待つことを知らない。すぐにサーヴィスをしないと、
「あぁ、ずーっとユミのことを考えてたよ」
「俺のことを忘れたんかと思った」
「君たちはストライキをしてるのかと思った」
「俺は重要人物やぞ!」
とすぐに嫌味や文句を言う。仕方がない。他の人のサーヴィスはブルックリンに任せて、ゴードンの食事を先に届ける。
次はホスピスケアを受けているドンだ。ドンは2カ月ほど前にコロナにかかり、2週間ほど寝込んだ。コロナは治ったけれど、足腰が弱り、こけて顔面を数針縫う怪我をして、足も骨折した。それから、どんどん弱ってしまった。
「ゼリーだけ届けて」
とケアギヴァーに頼まれていた。部屋に入ると、ドンはベッドから起き上がり、立ち上がろうとする。
「ドン、立ったらあかんで」
「ユミ、手を貸して!」
貸してあげたいけれど、私たちサーヴァーが彼に触れることはできない。2階から猛ダッシュで介護士の部屋に戻る。介護士と再びドンの部屋へ戻る。介護士に後を頼み、部屋を出ると、メリリンが廊下に出ていた。
「ウミ!私の食事はまだ?」
「メリリン、介護士が届けるからお部屋で待っててー。メリリンは病気やから中におらなあかんねんで」
「ウミ!私は病気じゃないわよ!」
メリリンを部屋に入れ、食事を配り終わってキッチンに戻る。片付けをしていると、クックのジェニファーが目配せをした。振り返ると、メリリンがキッチンの中にいた。
「ユミ!私は食事を受け取ってないわよ!私のことを忘れたの?私はここで待つ!」
メリリンが消毒した椅子に座っている。ウィルス完封は不可能だ。
住民の多くが回復し、月曜日からダイニングルームはオープンしたけれど、次は、介護人がバタバタとインフルエンザでダウンしている。
日本は寒い日が続いているようですが、風邪やインフルエンザにかからないよう、体を大切にしてくださいね💛
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