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【シリーズ第68回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 引越し完了、ついに、シアトルでの生活がスタートする!
 とはいえ、生活に足りないものはたくさんある。
 家具や生活用品は、その都度そろえていけばいいけれど、まずは、”職”だ!!!
 
 職といっても、我々のアパートは郊外にある。
 ダウンタウン以外は、公共交通機関が発達していないので、車がなければ職も得られない。
 学校にも行けない。
 学校までのバスルートを調べたら3回、多いときは4回も乗り換えなければならない。
 絶対に学校へ行かない自信があった。
 そして、人の力を借りず、好きな時に、好きな場所へ行ける自由は手放せない。
 職を得るために、登校するために、そして自由のために、まずは、車購入だ!
 
 とはいえ、車を買いに行くための車がない。
 同居人の力を借り、車探しが始まる。
 今回は、私の車を私が購入するので、彼も積極的だ。
 中古車販売店や、個人が掲載する情報をインターネットでチェックし、予算内で気にいった車があれば、試乗の依頼をする。
 ところが、車に詳しく、慎重な彼のお眼鏡に叶う車など、そうそうない。
 しかも、私の予算は3千ドルだ。
 なかなか試乗に至らない。 

 「俺のトラックは、レイ(ディーラーの友達)から買ってん。
 トラブルもないし、俺がこれまで買った車の中で、一番気に入ってるねん。
 買うまでに、何千回も質問したで。
 鬱陶しかったと思うけど、レイにどう思われるかは問題じゃないねん。
 俺の金やから、当然やん。
 レイが“友達を信用してよ。この車は絶対大丈夫。嘘ちゃう” て言うまで、質問した。 
 俺は誰にも騙されたくないし、誰のことも信用せん!」

 清々しいくらい、きっぱりと言い放つ。

 そう、彼は誰のことも信用しない。
 パパは3歳の時に、ママと彼を捨てて、他の女性の家で暮らし始めた。
 仕事へ行くママに代わり、彼を育ててくれたのは、おばあちゃんだ。
 ママは優しい人だったけれど、ほとんど家にいなかった。
 一緒に暮らすおばさんと、時々家に来るおじさんは、彼を虐めた。
 おばあちゃんは老齢だし、パパもママも、近くにいない。
 彼を守ってくれる人はいなかった。

 「両親にも大切にしてもらえなかった俺を、誰が大切に思う?」

 多くの黒人が抱える心の問題だ。

 13歳のとき、彼は家を出て、ストリートで生活を始める。
 ストリートに出れば、悪い奴だらけだ。
 ギャングにならず、命を奪われず、生き抜く極意は、”他人を信用しない”ことだ。
 
 「家族すら信用できへんのに、なんで他人を信用できるねん。
 俺は、誰のことも信用せん。息子以外は誰も信じへん。
 お前のことも信用してへん」

 このフレーズは、過去に何度か聞いている。
 彼の人生を知れば、そりゃそうだと思う。
 そして、信用していないと言う彼は、嘘つきではない。
 信用もしていないのに、信用していると言う男よりも、正直で、ずっといい。
 
 彼が、他人も私も信用できないことは、彼の長い人生で培われたものなので、仕方がない。
 けれども、今回はちょっと困った。

 果たして、車を買える日は訪れるのか・・・。

 私は、とりあえず走る車を購入し、とっとと仕事を見つけたかった。
 仕事があれば、車も修理できる。
 一方彼は、後々無駄な修理のかからないよう、安全で、安い車を、私のために探している。

 彼の気持ちを尊重しよう・・・。
 でも、どこにも行けない・・・。
 外はどんより、雨がシトシト降っている・・・。
 気が滅入る・・・。
 
 うぁーーーっ!!!もう我慢できなーーーい!!!

 彼が留守の間に、タクシーを30分ほど飛ばして、日本人コミュニティのある町へ行き、日本人ディーラーから、1992年製ホンダシビックを購入した。

 スーパーでりんごを買って帰るように、えんじ色の車で帰宅した私を見た時、彼の目がちょっとだけ大きくなった。 
 けれども、何も言わなかった。
 今回の引越しで、”この女は決めた瞬間に動く””動き出したら止まらない”と、理解したのかもしれない。 

 「痛い目にあって、学習しろ」

 と思っていたのかもしれない。
 トラブルが起こっても、中古車は返品できない。
 
 痛い目にはすぐにあった。
 購入から1週間後、突然車が止まった。
 パーツの交換に、5百ドルほどかかった。

 音楽を聞こうと思ったら、ラジオはAMの2ステーションのみで、CDプレイヤーもなかった。

 夏になって、エアコンの効きが悪いことに気付いた。
 ノースウェストの夏は日差しは強いけれど、湿気もなく、とても爽やか。
 けれども、カンカンに焼き付けられた車内は、まさにサウナ状態だ。

 「エアコンの効きが悪いねん」

 「その車、エアコン付いてないからな」

 「あぁ・・・どうりで・・・」

車買ってきたよー🎵

 自業自得なので、文句は言わない。
 彼も、日本人カーディーラーに騙された私を馬鹿にしたり、責めたりせず、いつも修理に付き合ってくれた。

 やっぱり彼はいい人だ😊
 
 
 

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