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老人ホームのレストランで働いてきた

新しい仕事が始まった。
職場は近所の老人ホームだ。
私の仕事は、老人ホームの住民に、朝食と昼食をサーヴすることだ。
老人ホームのレストラン?給食みたいな感じじゃないの?
ちょっとイメージがわかない。

初日、ウェイトレスは3人だった。
ひとりは66歳のヒスパニックの・・・名前が難しすぎて覚えられない。ニックネイムの「ヴィー」で呼ぶことにした。
もうひとりは40歳くらいかな?元気いっぱい、メキシコ人の「ヴィクトリア」だ。彼女のニックネイムも「ヴィー」なので、私は「ヴィッキー」と呼ぶことにした。
ヴィーはフロアの仕事が好きではないらしい。ドリンクサーヴィスを終えたら、皿洗いなどの裏方に徹する。
自動的に、ヴィッキーの担当はフロアだ。オーダーを取り、料理を運び、客と会話をする。
初日はヴィッキーから、フロアの仕事を習った。

2日目のパートナーは白人のベッツィーだ。
「学生なの」
1.5センチくらいのつけまつ毛が重そうだ。
休憩を終えたら、目尻と眉間に、ダイヤモンドみたいなキラキラがついて、インド人みたいになっていた。
「キラキラやん」
「キラキラが好きなの。まだ途中なの」
次の休憩が終わると、目の周りにもキラキラが追加されたので、インド人ではなくなった。
「ユミは子供いるの?」
「おらんよ。ベッツィーは?」
大学生かな?と思っていたけれど、こんな質問をするなら、20代半ばなのかもしれない。就職してから学校に戻る人は多い。
返事がないので、年齢を聞いた。
「私、高校生」
・・・私が高校生の時には浮かびもしなかった質問をベッツィーはする。
この日のウェイトレスは二人だ。朝食は私が、昼食はベッツィーがフロアを担当した。

朝食は7時半から始まる。
老人は早起きだし、他に行くところもない。7時を過ぎるとパラパラとレストランにやって来る。彼らは、お気に入りのテーブルでオープンを待つ。
時間になると、ヴィーがワゴンにドリンクとフルーツを乗せて、テーブルを周る。
オレンジジュース、グアヴァジュース、クランベリージュースなど7種類くらいのジュースと、コーヒー、お茶、紅茶などを入れたポットが、大きなワゴンに積まれている。
フルーツは、カンタロープ、メロン、スイカ、パイナップル、ぶどうのミックスだ。
「スイカの多いやつちょうだい」
スイカが人気だ。

ドリンクとフルーツをもらった人から順に、ヴィッキーがオーダーを取りに行く。
目玉焼き、スクランブルエッグなどの卵料理、ソーセージやベーコン、ハッシュドポテト、ベイクドポテト、ワッフル、トースト、パンケーキ、オートミールなど、ザ・アメリカン・ブレックファストだ。
毎朝、同じオーダーをする人もいれば、違うものを食べる人もいる。
ヴィッキーは、住民のオーダーを把握している。
「今日もオートミールとレーズンでいいよね」
「今日はベーコンにする?ソーセージがいい?」
「今日は何にする?」

なるほど、ここは同じ建物の中だけれど、住民にとったら、行きつけの、馴染みあるレストランなんだ。
ウェイトレスがオーダーを用紙に書き込み、裏のキッチンへ行ってオーダーをする。オーダーを紙に書く、昔のスタイルだけれど、まさに普通のレストランだ。
唯一の違いは、お会計がないことだ。
来た人の名前をチェックする用紙があるので、月末にまとめて請求するのだろう。

レストランの経験があれば、仕事の内容は、それほど難しいものではない。
けれども、このレストランは、他のレストランとは少し違う。
ここに来る客は老人で、彼らが自力で行ける唯一のレストランだ。
体が痛い、思うように体が動かない老人たちが、車椅子に乗って、歩行器を押しながら、ゆっくりゆっくり、やってくる。
ウェイトレスや他の住民とおしゃべりをしならが、食事ができる、彼らのソーシャルライフがここにある。
楽しいことが少なくなった彼らは、ちょっとくらい体が痛くても、食欲がなくても、「よいしょ、よいしょ」とやってくる。

これは大変!
彼らに、少しでも楽しい時間を提供するためにも、早く住民(常連客)の名前と好みを覚えてあげたい。
2日目の朝食は、私がフロアを担当したので、オーダーを取るたびに、
「名前教えて~」
とお願いする。
ちなみに、私のニックネイムは「ユミ」にした。あと一文字「コ」が増えるだけだけれど、「ユミ」の方が覚えやすい。
「『You&Me』の『ユーミー』」
自分と相手を指さしながら言う。
「Oh!それは簡単ね!」
簡単にしたものの、老人に名前を覚えてもらって、私が覚えてないのはよろしくない。紙に名前と特徴を書きながら仕事をした。

復習がてらに、数人の住民を紹介しよう。

レストランがオープンする前、一番にやってくるのが、テイクアウト専門の「ロン」だ。料理ができるまでの間、彼は他の住民とおしゃべりをする。そして、ワイフのキャシーと、自分の食事が入った「To-Go Box」を、歩行器に乗せて帰って行く。

「ジョージ」は、レストランで食事をした後、ワイフの食事をテイクアウトする。ずっと難しい顔をしているけれど、怒っているわけではないらしい。

「ダナ・R」はいつも本を読んでいる。
「何読んでるの?」
ものすごく嬉しそうに見せてくれた。その笑顔からは連想できない、怖いタイトルだ。忘れたけれど、和訳すると「死ぬときはひとりだ」みたいな感じだった。

「デニス」は眼鏡をかけて、毛糸の帽子をかぶった、ちっこいおじいちゃんだ。小さいけど、ジュース、ミルク、コーヒー、水に加え、食事も毎回、完食する。

「二ータ」はキョトンとした感じのおばあちゃん。「ジーン」は綺麗なご婦人風だ。この二人はオーダーを決められない。
「ん・・・困ったわ。何にしようかしら」
「じゃ、卵はどう?」
「卵、いいわね」
「スクランブルエッグ?」
「スクランブルエッグ、それを頂くわ」
「他には?ソーセージはいる?」
「ソーセージもいいわね」
「1本?2本?」
「1本がいいかしら?」
「そうだね、じゃ、1本にして、ワッフルはいる?」
「ワッフル、美味しそうね」
「じゃ、ワッフル付けとくね」
という感じだ。

「ジョアン」と「メリリン」はいつも一緒に食事をする。ジョアンは背が高くて、気の強そうな女性だ。グアヴァジュースがお気に入り。デザートのアイスクリームに、山ほどチョコレートソースをかけて食べる。
初日、食事の途中でメリリンがいなくなった。トイレかな?と思ったけれど、一向に戻ってこない。ヴィッキーの話では、二人はいつも一緒だけれど、よく喧嘩もするらしい。
この日は、喧嘩になって、怒ったメリリンが食事を放棄して帰ってしまったようだ。

「リチャード」は皮肉っぽい(気がする)。ダイナマイトボディのヴィッキーのおっぱいを見ながらオーダーをする。

「ボブ」はいつも同じ席にひとりで座り、10分置きにたばこを吸いに行く。レストランがオープンする前から来て、クローズしても、ずーっと行ったり来たりしている。ヴィッキーは彼のテーブルをキープするけれど、ベッツィーは、すぐに片付けるので、ちょっとかわいそうだ。

もうひとりの「ボブ」(たぶん、ボブという名前だと思う)は、食べたことを忘れる。9時半に朝食が終わり、ランチの用意をしていると、ふらりと入ってくる。
「あと1時間あるよ」
「そうなの?俺、早かったの?」
腕時計を見て、帰って行く。
ランチが終わり、ディナーの準備をしていると、レストランの入り口に立っている。
「まだディナーには早いよー」
「そうなの?俺、早かったの?」
「あと2時間あるよ」
腕時計を見て、帰って行く。

「ロイス」はいつもミゼラブルだ。ヴィッキーがお手上げで、もう嫌だと言っている唯一の住民。
美しいおばさんだけれど、きっと色々なことが不安で悲しいのだろう。席に座った途端、
「アレルギーで頭が痛くて・・・どうしたらいいのかわからないわ・・・ここのレストランはお願いしても、言うことを聞いてくれないの・・・コスコのチキンスープなら食べられるのに・・・塩からくて、足もむくむの・・・昨日はとても気分が悪くて・・・そうね、コロナかもしれないわ・・・」
蚊の鳴くような声で訴える。今にも泣きだしそうだ。本当に泣いちゃうこともあるらしい。
「あぁ・・・何を食べればいいのかしら?ここには何もないのよ・・・」
「そうやねぇ。フルーツ食べる?」
「そうね・・・本当はブルーベリーがいいんだけど。ここではブルーベリーをくれないのよ・・・」
「そっかー。フルーツのドリンクは?グアヴァなんてどう?」
「グアヴァはいらないわ。アップルジュースがいいの。でも食べ物がないわ」
「スクランブルエッグやったら食べれる?」
「乳製品はアレルギーを悪化させるのよ。スクランブルエッグにはミルクが入ってるでしょ」
「そうなんや」
「あぁ・・・ホントにどうしたらいいのかしら・・・」
そう言いながら、サーモンやサラダなどを注文する。食べ終わると、他の不満が増えている。
「このイングリッシュマフィンは石みたいよ。こんなマフィン、今まで食べたことないわ。こんなの、食べられないでしょ。ブランドを変えた方がいいと思うわ」
「はーい」

それでもロイスが文句を言うのもわかる。
ウォーマーに入っている、ハッシュドポテトを頂いたら、ビックリするほどしょっぱかった。こんな塩辛いものを、老人に食べさせたらあかんやーん!
ヴィッキーの話では、この日のシェフは、住民のリクエストを一切聞いてくれないらしい。
「スモールサイズにしてくれる?」
「そんなことはできない!」
「ブルーベリーパンケーキ作って」
「ブルーベリーがもったいない!住民を甘やかすな!」
という具合らしい。

みんなが老人のことを思って、働いているわけではないらしい。
これから色々見えてくるに違いない。

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るるゆみこ
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